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18 懺悔
しおりを挟む辺りが薄暗くなり、僅かな夕焼けの赤色に照らされた歴史ある教会を見上げた。
今からアナスタシアに会えるというのに、なんとも物悲しい気持ちになった。
街外れにあるウェイル教会は、今は寂れて利用する者も少ない。
愛する彼女と言葉を交わすのは、およそ十ヶ月ぶりだろうか、と頭の片隅で数えながら、ゆっくりと扉を押した。
大きな十字架が目に飛び込んで来る。
内部の装飾は華美ではないが、壁は白く気品に溢れていた。
年季の入った木製の長椅子が、左右に四列。
祈りを捧げる事の出来る人数は、およそ二十名程だろう。
最前列に座る金色の髪の男性が、私に気付いて振り返る。
兄にはいろいろと聞きたいことがあるのだが、今はアナスタシアの婚約者だ。
愛し合っているのかはわからないが、私のことを良く思ってはいないだろう。
もう弟と思って貰えているのかもわからないが、兄上、と自信なさげに呟けば、立ち上がった兄、ジェラルドはいつものように肩を竦めた。
いつも通りの反応をしてくれたことに安堵する。
それから教会の中を隅々まで視線を巡らせたが、私と兄だけだった。
「兄上……その……ナーシャは?」
「私の愛する人の名を馴れ馴れしく呼ぶな」
「っ…………すみません」
瞬時に攻撃的な目付きになる兄に見下ろされ、直様謝罪した。
この場を用意してくれた兄に対して感謝の言葉を述べる前に、ついアナスタシアのことを聞いてしまった。
それに私が愛称で呼んだことに酷くご立腹の兄の態度からして、兄は彼女を心から愛していることが伝わってきた。
「念の為に聞いておくが。ナーシャと復縁を望んでいるわけではないよな?」
「もちろんです」
「一応聞いたまでだ。まぁ、望んだところで不可能だがな?」
「……はい」
再婚が出来ないことは、言われなくても分かっている。
今まで愚かなことをして来たが、学園ではきちんと法も学んできたのだ。
ただ悪女に騙されただけで、私は根は真面目なのだ。
だが、今までの私の行動から、頭が空っぽだと馬鹿にされたような気がして、頬が引き攣る。
承知していると頷けば、兄はフッと笑った。
「法の問題ではないぞ? 相手が私だからだ」
「っ……」
自信たっぷりに口角を上げた兄に、悔しくて歯噛みする。
以前までは私の方が優秀だと確信していたし、両親からも褒められていたはずなのに。
国の英雄にまでなった兄と、敵しかいない愚かな私の今の状態では勝負にすらならない。
それに兄は、十年ぶりに恋をしたのだ。
それはそれは大切にすることが目に見えている。
愚かな私ではなく、相手が兄ならば、愛するアナスタシアも幸せになれるだろう。
手も足も出ず惨敗することが悔しくてたまらないが、彼女の幸せの為なら、私のちっぽけなプライドなど、容易に捨てられる。
「彼女のことをよろしくお願いします」
深々と頭を下げると、兄の手が私の肩に触れる。
「お前に言われずとも」
「っ……」
「むしろ、お前の後なら誰でも最高な夫になれるだろうけどな?」
顔を上げて恨めしげに見るが、全く気にしていない素振りの兄に鼻で笑われた。
「ここで祈りを捧げることを許すが、決して振り返るな。彼女のことを愛していたならば」
そう告げた兄に、静かに頷いた。
私が十字架の前で膝を折った様子を確認した兄は、入口に向かって歩いて行く。
靴の鳴る音が消え、教会を出て行ったことが分かった。
胸の前で手を組み、深呼吸をして十字架を見上げた。
「私は、三年もの間、愛する人を傷付けてしまいました。彼女を傷つけるつもりはなかった。彼女の為を思っての私の行動は、全て彼女を傷付ける行為だったことに気付きました……」
アナスタシアと婚姻して、クララを迎え、離縁することになった日々のことを全て語った。
クララが元凶だったことも、クララだけではなく、彼女に振り回された私が原因だったことも。
「本当は、彼女のことを最も愛していました。でも、二人を平等に愛すると話していた為、その約束は守らなければ、と……。それなのに、私のしていた行動は、平等でもなんでもなかった。他人に言われるまで気付くことが出来なかった……っ、」
目頭が熱くなるが、必死に堪える。
アナスタシアが聞いているかはわからないが、最後まで話したい。
「彼女を守ることが出来るのは、自分だけだと思っていました。彼女が私の元から離れて行った日まで……。私は、彼女が追い詰められていたことに、全く気付くことが出来ませんでした。彼女を追い込んだ相手が、自分自身だったことにも……。それが私の罪です」
懺悔を終えて目を伏せれば、アナスタシアの微笑みが瞼の裏に浮かんだ。
「私は許されないことをしました。でも、彼女には幸せになって欲しい……。彼女の幸せを、心から願っています」
私の気持ちを全て語り、立ち上がろうと組んでいた手を解いた。
「貴方を許すことは出来ません」
愛おしい人の声が聞こえてきて、全身が震える。
会話をしても良いのだろうか、と戸惑いながらも、ああ。と小さく答えた。
──なぜなら、私も罪人だから……。
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