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28 絆 ジェフリー
しおりを挟む私は今、兄が国から賜った領地で、平民として農作業の仕事に携わっている。
──十五年前。
クララが義兄と過ごしていた期間に借金を作り、それも私の名を使用していた。
借金を私に押し付けたいクララは、私との離縁を申し出た。
だが、私はアナスタシアの想いを汲んで、クララがどんな性悪女でも人生を共にするつもりでいた。
話し合いの際に久々に顔を合わせたクララに、なぜ私を陥れるようなことをしていたのかを聞くことにした。
クララは、醜い顔でフンと鼻を鳴らす。
「そんなの決まってるじゃないっ! ジェフが、私よりアナスタシアを愛していたからよっ!」
膨れ面をするクララに、目が点になった。
まさか、この女だけが、私がアナスタシアを最も愛していることに気付いていたとは。
どんなに語っても誰にも信じてもらえなかったが、悪の元凶だけは私の気持ちに気付いていたことに、なんだか笑えてしまった。
話を聞けば、アナスタシアが結婚記念日を楽しみにしていることを知っていたからこそ、会えないように妨害していたのだ。
一年目は仮病。
二年目は観劇後に婿入り先に挨拶に行くことを、事前にブラッドに連絡していた。
決して偶然ではなく、ブラッドは劇場まで私達を迎えに来ていたのだ。
三年目は私の意志が固かった為、ワインに薬を盛っていたらしい。
どうしてそこまでするのか理解出来なかったが、全ては私が原因だった。
クララと睦み合っている際、私は時折「ナーシャ」と呼んでいたらしい。
そのことが、クララの矜持を傷付けていたそうだ。
「ハハッ……。私は、相当な屑だな」
「はぁ?! 笑い事じゃないんですけど!」
失礼な男。と忌々しげに唾を撒き散らすクララは、相変わらず行儀が悪い。
「君は、本当に私を愛していたのか?」
「…………貧乏伯爵夫人になってあげても良いって思っていた頃もあったわ」
上から目線のクララだが、私のことは愛してくれていたらしい。
だが、その期間は学園時代だけだった。
私が婚約してから、逢瀬の度に私がアナスタシアの話をしていたことに腹を立てていたそうだ。
悲壮感を漂わせ「三年後に必ず迎えに来るよ」と自分に酔っている私を、デリカシーのない顔だけ男だと思っていたらしい。
お互い同じことを思っていたんだな、と思うと腹が捩れるほど笑ってしまった。
「貴方とは離縁するわ! 私は、クラウスお義兄様の治療費の為にお金を借りたの。真っ当なお金なのよ! 必要経費だわっ!」
「なるほど……。彼と婚姻するのか?」
「ええ、その予定よっ! 愛し合っているの」
「不貞行為だが……。まぁ、それなら仕方ないか。ナーシャもそう言うだろう」
「っ、だから! なんでそこでまたアナスタシアが出てくるのよっ!」
「決まってるだろう? 私はナーシャだけを愛しているのだから」
「チッ。話にならないわ、この屑ッ!」
盛大に舌打ちをしたクララは、暴言を吐きながら去って行った。
借金の件は、クララが罪を犯したことは明らかで、私が責められることはなかった。
離縁したとしても、妻の起こした問題だからと共に返済することにしたのだが、私の想像を超える額だった為、すぐに支払うことは到底不可能だった。
家族に迷惑をかけたくないので縁切りし、地道に返済していくこととなった。
そして当の本人は、義兄に騙されているとも知らず、金と引き換えに、加虐趣味の爺さんの後妻になった。
爺さんと言っても、相手は元軍人である。
生き延びることは出来るだろうが、今頃殺してくれと叫んでいる気がする。
しっかり躾けられて、いずれは会話も出来なくなるだろう。
歳を取れば犯罪に利用され、始末されて終了だ。
私のしたことは無駄になったってわけだ。
それでも、どこか清々としている。
あるべき道に戻ったからだろうか。
そろそろ借金の返済も終わる頃。
仲間達との仕事帰りのことだった。
小さな我が家の前に、花束が置かれていた。
澄んだ青色の花が愛らしく、妖精のように見えた。
なんで我が家に花束が?
よくわからないまま手に取った。
隣の家と間違えたのだろうか、と足を動かそうとしたが、ふと思い出すことがあり、体はぴしりと固まった。
「ネモフィラ……」
そうだ。アナスタシアの好きな花だ。
確か、ジョナサンがそう言っていた。
アナスタシアからなのかはわからないが、どうして今、この花束が私の元に届いたのだろう。
──貴方を許します。
頭にほわりと秘められた言葉が浮かぶ。
「っ…………そうか、やっぱりナーシャだっ」
日付を思い出せば、二十二日。
忙しさのあまり、忘れていた。
今日は、二人の大切な記念日だ。
あんなに傷付けてしまったのに、私を許してくれるのか……。
可憐な彼女にこそ似合う、ネモフィラの花束を抱きしめた。
「あぁ……ありがとう……ありがとうっ、ナーシャ……」
仕事仲間達に囲まれて、地面にへたへたと座り込んで感涙に咽ぶ。
「まぁた、アナスタシア様のことか?」
「本当飽きない奴!」
励ますように強めに肩を叩かれて、顔を上げてにっこりと笑った。
「やっぱり精神的に繋がっていた! 私たちの間には、強い絆があったんだ……」
「あー、はいはい!」
「みんなでアナスタシア様の幸せを願おうぜ?」
「今日はジェフリーのおごりな?」
任せろ! と頷けば、皆の目が丸くなる。
借金返済の為、ギリギリの生活をし続けていた私は、一切の贅沢をして来なかった。
真面目に働き続けていたおかげか、気付けば領民達からも温かい目を向けられるようになっていた。
「借金は良いのかよ?」
「ああ。今日はお祝いの日だからな」
「めっずらしぃ~! 高級な酒、頼もうぜ?」
「けけっ、そんなこと言いながら、ジェフリーの為に安酒にするくせにっ!」
「っ、うるせぇよ!」
けらけらと笑う気さくな仲間達に肩を組まれ、大衆酒場に向かった。
私を揶揄って楽しむ彼らは、アナスタシアと私の兄の仲睦まじい話を延々とし続ける。
そのことが、私を喜ばせているとも知らずに。
左胸の衣嚢に手を伸ばし、肌身離さず持ち歩いている大切なお守りを握り締める。
彼女に贈った時よりも随分とくすんでしまった栞だが、二人で過ごした大切な思い出は、生涯色褪せることはない。
──彼女の幸せを、心から願っています。
「罪人だった私の、唯一の願いが叶ったな……」
「なんだって?」
「いや……。なんでもない」
「ほら! 飲めよ、ジェフリー! 今日はお前の話もちゃーんと聞いてやるよっ!」
「ではお言葉に甘えて。あれはそう、私とナーシャが出会った日のこと……」
「おーい! 始まったぞー!」
仲間達が居合わせた客に声をかけて、賑やかなお祭り騒ぎとなる。
結局、私の話を聞く気のない仲間達に揶揄われながら、最高の笑顔で酒を酌み交わした。
(完)
───────────────────────
最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
スカッとしなかったお方にはご期待に添えず、申し訳ありませんでした。m(_ _)m
応援して下さった方々には、感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。
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