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20 守るべき存在 ジェラルド
しおりを挟む教会からゆっくりと足を踏み出した愛する人を出迎えて、優しく抱きしめる。
華奢な体は、僅かに震えていた。
「行こうか」
俯きながら頷いた彼女に寄り添い、待たせていた馬車の前に立つ。
私の手を取る前に、ふと教会に振り返った彼女の横顔は、暗がりでよく見えなかったが、きっと優しく微笑んでいるだろう。
というのは私の願望で、実際は無表情かもしれないし、嘲笑っているのかもしれない。
離縁後の彼女は、夫だったジェフリーの話題に触れることはない。
ただ「あまり悪く言わないでください」と微笑むだけで、心情を吐露することはなかった。
私も無理に聞き出すつもりはないし、彼女が話したいときには聞くつもりだ。
話したくないのであれば、一生聞かなくても良いと思っている。
私の腕に頬を寄せて、珍しく甘えるアナスタシアは、ようやく心の整理がついたように感じた。
二人が何を話したのかはわからないが、これからは私だけを見て欲しいと願いながら、綺麗な髪に口付けを落とした。
私とアナスタシアが出会ったのは、彼女が私の弟──ジェフリーと婚姻してから一年半が経った頃だった。
三年に及ぶ隣国での任務を無事に終えて、我が家に顔を出した時に出迎えてくれたのが、アナスタシアだった。
ジェフリーは第二夫人と旅行に出かけているらしく、丁寧に謝罪された。
その時は、弟が第二夫人を娶っていることに心底驚いたものだ。
彼女に何か欠点でもあるのだろうかと探ってみたが、むしろ良い点ばかりが目立つ結果となった。
非の打ち所の無い女性を妻に迎えているのにも関わらず、何が不満なんだと弟の考えていることが一切理解出来なかった。
あいつは兄弟の中で自分が一番優秀だから、クルーズ伯爵家の当主に指名されたと勘違いしている。
実際は、私が国王陛下から直々に仕事を依頼され、成功すれば叙爵する予定だったからだ。
だが、そのことを弟が知ればやる気がなくなるかも知れないからと、両親に口止めされていた。
今思えば、あの時に教えてやれば良かったと思う。
お前は自分が思っている程、優秀ではないということを……。
何度かクルーズ伯爵邸に顔を出すのだが、出迎えてくれるのは必ずアナスタシアで、ジェフリーは第二夫人と出掛けている。
アナスタシアに領地の仕事を押しつけて、あの馬鹿は一体何を考えているんだ、と頭を抱えたくなった。
私が弟を注意すると瞬時に察したであろうアナスタシアは、ジェフリーのことを庇ったのだ。
「元々は第二夫人がジェフリー様の恋人だったのです。ジェフリー様の好きなようにさせてあげてください」
手本のように答えたアナスタシアは、やつれてはいるが、女神のように優しく微笑んでいた。
五年間婚約関係だった、かつての婚約者──エレーヌを思い出して身震いしそうになった。
だが、目が全く違う。
儚く散ったエレーヌの虚な目とは違い、薄紫色の瞳には光が宿っていた。
私の尊敬する父──フリオ・クルーズは、一般的な貴族男性とは異なる思想の持ち主だ。
男尊女卑が根強い社会だが、父は女性は尊く、守るべき存在だと主張していた。
それは父の母親、つまり私の祖母が祖父から躾けという名の暴力を振るわれていたからだ。
体罰だけではなく、言葉の暴力も日常茶飯事で、「女の癖に」が口癖だったそうだ。
そんな祖父を反面教師として育った父は、男性より立場も力も弱い女性を蔑ろにすることは絶対にしてはいけない。
子が産まれてくるのは、全て女性のおかげなんだと熱く語っていた。
だから私達三兄弟は、同じ思想を受け継いでいる。
ただ、ジェフリーはどうやら勘違いをしていたらしい。
小柄なクララは、確かに一人では生きていけないような見目だが、父が話していた内容は、外見の問題ではない。
そのことを理解しているのかはわからないが、ジェフリーは、彼女を守ることによって、自分が道徳的な行いをしていると思い込んでいるようだ。
私の目から見るに、守ってあげなければならないのはアナスタシアではないのか、と思った。
弟に蔑ろにされる彼女を放っておくことが出来ず、何度も様子を見に行くうちに、彼女に興味を持った。
心を病んでいるにも関わらず、彼女はいつも微笑みを絶やさない。
アナスタシアのことは、弟の妻であるし、異性として見ていたわけではないのだが、彼女が何を考えているのか知りたくなったのだ。
別邸に追いやられ、使用人達から嫌がらせを受け、第二夫人の子を可愛がっていた。
周囲からは、精神を蝕まれながらも、なんて健気な女性なんだと、哀れみの目を向けられていた。
だが、私の目から見れば、強靭な精神の持ち主に他ならなかった。
このままではいけないと思ったのだが、本人が離縁を望んでいない為、どうすることもできなかった。
そして、私は両親に会いに行くことにした。
ジェフリーがアナスタシアを蔑ろにして、第二夫人に夢中になっていることを報告する為だ。
もし知っていて放置しているのであれば、二人も
ジェフリーと同罪だ。
母を大切にしている父だから、事実を知らないのだろうと思いながら、二人が過ごす邸に向かおうと軍部を出た。
「そろそろ動くだろうと思っていたよ」
柔和な目元の美丈夫に、にこやかに声を掛けられて唖然とする。
濃い紫色の瞳の彼は、私より一つ歳上で、私と同じく国王陛下の覚えがめでたい。
だが麗しい顔で、何を考えているのかわからない笑みが苦手だった。
カーティス・キンバリー。
アナスタシアの兄だった。
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