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狐の巫女
第2話 軍人と妖怪
しおりを挟む「茶などいい」
どうもてなせばいいか迷って台所をうろうろした遥香に、彰良は素っ気なかった。
仕方なくそうっと座った遥香を見据え、名乗る。
「俺たちは帝国陸軍の準特務機関、特殊方技部の者だ」
「うんうん。俺は吾妻喜之助。こいつは芳川彰良ね。二人とも階級はいちおう、軍曹ってことになってるよ」
「篠田、遥香です……」
遥香も小さく言ってぎこちなく会釈する。
いちおうも何も、遥香にとって軍人は軍人だ。
端正な顔をピクリともさせない彰良も、にこやかな喜之助も、なんだか怖い。
「あの、軍人さんが、どんな御用でしょうか……?」
「怪しの者を使役する女がいると聞いた」
つらぬくような彰良のまなざしに遥香は観念した。やはり、通報されたのか。
何が耳に入ったのだろう。最近なら……いたずら化け狸に「つかまったら狸汁なのよ」と説教したこと。それとも宵の口に出くわした幽霊にびっくりし、突きとばしたら成仏して消えた件かも。
「その女とはおまえだな?」
「……そう、かもしれません」
「いやいやいや、だから彰良、わかるように話そうな? あのさ、俺らの特殊方技部ってのは、人に悪さをする怪異を祓う仕事をしてるんだよね」
人当たりよく喜之助が話を引き取ったが、それは遥香にとって死刑宣告だった。泣くまいとして唇がふるえる。
「――私を、祓いに来たんですか?」
「なんでそうなるの!?」
思い詰めたように言われ喜之助はあわてる。
だが彰良の方は部屋のすみの暗がりで気配が動いたのを見逃さなかった。遥香の悲痛な声に反応したものなのか。
彰良は静かに剣を手に取り、遥香よりもそちらを注視する。視線に気づいた遥香はますます青ざめた。
闇にいるのは、かくれんぼ好きな妖怪。友だちから意識をそらしたくて口がすべる。
「だ、だって私――狐の子ですから」
「へ? あっさり白状する感じ?」
「やっぱり私、殺されるんですね!?」
拍子抜けした喜之助と、泣き声になる遥香。そして闇はさらにゾワリとする。
彰良は射殺すような目を闇に向けた。怪異を祓うのが仕事。そう言ったのは本当のようだ。
遥香はけんめいに涙をこらえる。
私はきっと死罪なのだ。でも仲良くしてくれた妖怪だけでも守らなくては。
その遥香の決意をよそに、彰良が片膝を立て身がまえた。
「常闇にひそむのは何者だ。出て来い!」
ダン、と立ち上がる彰良に、遥香は悲鳴を上げた。
「出ちゃだめ! 逃げて!」
決死の覚悟で腕をひろげ、彰良の前に立ちふさがる。だが彰良は片腕だけであっさり遥香を羽交いじめにした。
遥香を押さえながらも剣を抜かんばかりにし、彰良は告げる。
「この女を殺されたくなければ姿を見せろ」
「や……はな、して」
彰良の腕の中でもがく遥香はピクリとも動けない。
間近に見上げる彰良の顔は冷ややかだ。なのにチラとこちらにくれる涼しげな瞳が透きとおっていた。
このひとは、なんて強いまなざしをしているの――。
こんな場合なのに見惚れて開いた目から、遥香はぽろりと涙をこぼした。すると彰良は息だけでささやいた。
「悪いようにはしない」
「え」
ギラリ。
遥香の体のすぐ横で刃が鞘走る。反射的にヒッ、と息をのんだところで闇から男の子の声がした。
「やめてよう! ハルカは、ハルカはとってもいいひとなんだからあっ!」
小さな影がスウと浮かび上がる。子どもの姿だ。
頭には笠。その下のつぶらな瞳に涙を浮かべ、手に持つ白い物がふるふるとゆれ――。
「……え、何この子。いやまあ、誰なのかはたぶん当てられるけど」
ぼうぜんとした喜之助は、言いながら笑い出す。
ベソをかいてそこに立ち尽くしていたのは、妖怪・豆腐小僧だった。
「――とうふちゃんは、私の友だちなんです」
おずおず紹介すると、彰良が眉間にしわを寄せるのがわかった。脅迫した怪異がこんなに可愛らしい相手で拍子抜けしたのかもしれない。
遥香の隣でぺたりと正座する豆腐小僧は、その名の通り男の子の姿だ。笠はぬぎ、盆にのせた豆腐を今は膝の前に大事に置いている。
あらわれたかと思うと遥香を守るため身がまえた豆腐小僧。彰良が剣を置いたことでひとまず座ってくれたが、むん、と軍人二人をにらんでいる。
愛らしい友だちにかばわれるばかりではいけない。遥香はふるえそうになるのを我慢し、必死で訴えた。
「とうふちゃんは何も悪いことなんてしてません。どうか祓ったりしないで下さい」
「怪異だからって何でもかんでも滅するわけじゃないからさ。ほんと安心してくれるかい?」
おびえながらも凛とあろうとする遥香に、喜之助は苦笑いだった。だが彰良は冷たい。
「豆腐小僧など暗がりに立つだけで何もしないのはわかっている。どうでもいい」
「どうでも――そんな言い方はひどいです!」
「ハルカ――ぼくのことはいいってば」
気づかい合う遥香と豆腐小僧。弱いものいじめをしたような気がして喜之助は口をへの字にした。
「彰良はもう少し言葉を選ぼうぜ。ええと、順に話すよ。俺らはね、怪異を祓う巫女がいると聞いたんで、協力してもらえないかと来たんだ」
「……協力、ですか?」
「そう。うちの特殊方技部って陰陽寮の流れの部局で」
遥香は目をパチパチさせる。喜之助の言葉はわからないことだらけだった。
――占い、星見、暦などを司ってきた陰陽寮は、明治になって廃止された役所だ。
しかし実は陰陽寮というのは、闇にうごめく怪異とも長らく戦ってきていた。文明開化だからといって怨霊だの魔物だのが急にいなくなるわけではない。なので人に害をなすそれらを祓う仕事だけは、軍部にまぎれ込む形で続けられているのだそう。
ヘラヘラと明るい喜之助も、これで陰陽師なのだとか。だが、と彰良は言った。
「俺は陰陽師じゃない。それでも方技部に属し怪異を滅しているのはかわりないが」
「まあそんなわけで、陰陽師じゃなくとも怪異に対処できるなら大歓迎っていう組織なんだよね。どう? 働いてみない?」
「どう、と言われましても……」
いきなりのことに遥香は言葉をなくした。どうやら牢に入れられるわけでも死罪になるわけでもないらしい。
だけど自分に何ができるのか。稲荷の内を清くととのえ、つつましく暮らしているしか能がない自分など。
「私なんて、お役に立てません……」
「そうかなあ? うわさが帝都に届くほどなんだよ、まあ報告してきた横浜総監はここからわりと近いんだけど。ええと、遥香さんは狐の子だって言った?」
「……はい。母が」
「お父上は?」
「人です。この稲荷の跡取りで」
「おお、んじゃ半妖ってことだ。あれ、でもご両親はいないと聞いたな」
「――母の正体が露見して逃げた時、父もあとを追ったんです」
「おお、純愛」
目を丸くされ、遥香はうつむいた。
そういう昔話はだいたい、「忘れ形見の娘を大切に育てました」で終わるのに。
自分は両親に捨てられた子。
祖父にもうとまれ、集落の皆から嫌われる忌み子なのだと思うと遥香の胸は苦しかった。
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