23 / 39
ここにいてもいいですか
第23話 蝦蟇と鏡
しおりを挟むため池へと向かう今の遥香は、悲しみに押しつぶされそうになっている。
だってこの集落では悲しいことばかりあった。それに姿見は、母の正体が露見するきっかけになった物だ。
それは十年前。稲荷の祭りのために人が集まった時だった。
奥の部屋で巫女装束に着替えていた天音のところに無遠慮に押しかけたのが、佳乃の母。そこの姿見には狐の本性が映っていて、見るなり悲鳴を上げ金切り声でふれ回った。
それからは、あれよという間だった。
化け狐だという口車にのせられ、誰もが鬼の形相で石を投げ、ほうきを振るって天音を叩き出した。父は必死で遥香を守ってくれたが、あの時のおそろしさを遥香は忘れられない。
「……だめですね。ここに来ると私、いろいろなことを思い出してしまって」
やや息をふるわせて、遥香は小さく弱音を吐いた。
こんなことじゃいけない。もう遥香には他に居場所があって、力を必要としてくれる人たちもいる。それに今日は、魔物を清めるためにここに来たのだった。昔の悲しみにとらわれている場合ではない。
だけど遥香は、幸せを知ってしまった。
そのせいで、心を殺して生きていた昔の自分をなんて哀れだったんだろうと思うようになった。変えられない過去は、両親の思い出とともに遥香をさいなむ。
「……俺たちが何とかするから、おまえは仕上げだけやれ」
ぞんざいな言い方だが、彰良の本心は伝わった。無理をするなと言ってくれている。遥香はホッとして、かすかにほほえんだ。
「はい。ありがとうございます」
「よーし、元気出していこうぜ。蝦蟇が出てこないうちに現地を確認だ」
明るく言った喜之助は、シンとするため池に近づいた。
道に面した手前半分は、水辺をすこし埋めようとしたらしい。ぬかるんでいて、足を乗せたらジクジクする所もあった。
奥側は木立に囲まれていて、伐ろうとしたのはそこだろう。人の寄りつかないそちらが蝦蟇の棲みかだったに違いない。
「あっちの奥にいるのかな。掘ったり埋めたり伐ったりされりゃ、暴れるのもわかる」
「足場が悪いぞ。おびき出さないと」
乾いた場所に鏡を置くと、彰良は立ち位置を確認した。
「おまえはいったん横に逃げていた方がいいな。俺がこっちに蝦蟇を引き寄せ足どめする。釘づけできたら清めろ。喜之助は遊撃」
「了解」
「お願いします」
小さく頭を下げる遥香が端に待機すると、その前に喜之助が立った。
九字を唱えながら、二本の指で空中に四縦五横の格子を描く。
「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女。急急如律令!」
これは破邪の法。そこに結界を作り出し遥香を守ってくれる。
「この後ろにいれば、ある程度は平気なはずだから」
「わかりました」
小声で会話し、喜之助は反対側に走った。万一の時に蝦蟇の注意を遥香からそらすつもりだ。
「行くぞ」
彰良はため池に近づき、服の隠しから出した小石を放る。池の奥にポチャンと沈んだその石には呪が掛かっていた。蝦蟇を追い出すためだ。
グラ、と水面が動く。遥香は思わず感嘆の声をもらした。
「わ……」
現れた蝦蟇は岩のようだった。小山とまでは言わないが、遥香からすればじゅうぶん大きい。ぬらぬら光る肌はイボにおおわれていて、清めるにはあれに触れるのかと思うとぞっとした。たしかに雨蛙とは違いそうだ。
呪を嫌がり陸に上がる蝦蟇を、彰良は剣を抜きにらんだ。注意を引くだけなので緋い炎はまとっていない。魔物に気圧される風をよそおいジリジリと退がるのは、足場のしっかりした所までおびき出すためだった。
剣は、最後まで使わないつもりだった。清めるという遥香の願いはできるだけ叶えてやりたい。鏡の効果があればいいのだが。
その鏡の所へと蝦蟇を誘う。警戒する蝦蟇は動きを止めて喉をふくらませた。グゴゴ、と大きな音がした。
蝦蟇を注視していた遥香は後ろから走り寄る気配に気づくのが遅れた。ハッとなってふり返る。
ドン!
「あっ!」
いきなり突き飛ばされた。悲鳴に反応し蝦蟇の舌が伸びる!
遥香と蝦蟇の舌との間がパシィッと光った。破邪の結界だ。
「な……何よ今の!」
佳乃が叫んだ。遥香を突き飛ばしたのは中森家の娘だったのだ。
「遥香さん、そっちへ!」
喜之助が彰良の後ろを手振りで指示した。破邪は一度きりしか効かない。仕方なく喜之助は蝦蟇の足もとに呪符を飛ばした。
足どめの結界。蝦蟇はいちおう捕らわれたように見えるが位置が悪い。まだそこはぬかるみだ。
遥香は転がるように走った。その後を追って舌がヒュンと伸びるが間一髪届かない。
蝦蟇は怒りの矛先を、立ちすくむ佳乃に向けた。
「ぎゃッ!」
舌で打たれ跳ね飛んだ佳乃はぬかるんだ地面に倒れ込んだ。
ピクリとも動かないが、今は助けに行ける者などいない。
遥香は息をのみながら、喜之助の方へとじりじり回りこんだ。
彰良は剣を大きく振って蝦蟇の注意を自分に向ける。切っ先を下げてあおった。
「来い!」
蝦蟇は大きく体を揺する。動かない足に怒りを覚えたのか、吠えるように鳴いた。
グゴ、ゲゴゴッ。
メリリ、メリ!
「うえ、結界破りやがった!」
動き出した蝦蟇は彰良へとドスドス迫る。遥香を背にかばい、喜之助は真言を唱えた。
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん!」
渦巻く真言に苦しむ蝦蟇。
彰良は舌の届かぬ距離まで跳びすさり、剣のかわりに鏡を手にした。大きな姿見を蝦蟇に向ける!
ぴたり。
怒り狂っていた蝦蟇が動かなくなった。
嘘だろ、と彰良も喜之助も思った。試して駄目なら斬ればいい。そう考えてやってみた遥香の作戦。まさかハマるなんて。
じわり。じわり。
蝦蟇は鏡を見つめ、あぶら汗をかいているのかいないのか。
わからないが今なら遥香が近づける。ちょうどよくぬかるみからも出てきてくれていた。
喜之助はそっと手を動かし、行け、と合図する。遥香はうなずいて走った。
後ろから駆け寄った遥香は、その滑る肌に手を押し当てる。蒼白い光があふれた。
「――ごめんね。眠ってください」
白く白く、光り薄れていく蝦蟇。
魔物には死んで成ったわけではないが、年経った魔の力を清めれば、体はもう保たない。そこに訪れるのは死だ。
せめて安らかに。自分が殺したようなものなのに、遥香は願わずにいられなかった。
「――やった、か」
ふたたび静まった池のほとり。
彰良は鏡を下ろし、フウと息をついた。無事に終わってよかった。
遥香はじっと蝦蟇を送った手を見つめている。
「――待ってください、もしかしたら!」
蝦蟇から受け取った何かを探っていた遥香が顔を上げた。
――ガササ、と池奥の木立が鳴った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。
たろ
恋愛
今まで何とかぶち壊してきた婚約話。
だけど今回は無理だった。
突然の婚約。
え?なんで?嫌だよ。
幼馴染のリヴィ・アルゼン。
ずっとずっと友達だと思ってたのに魔法が使えなくて嫌われてしまった。意地悪ばかりされて嫌われているから避けていたのに、それなのになんで婚約しなきゃいけないの?
好き過ぎてリヴィはミルヒーナに意地悪したり冷たくしたり。おかげでミルヒーナはリヴィが苦手になりとにかく逃げてしまう。
なのに気がつけば結婚させられて……
意地悪なのか優しいのかわからないリヴィ。
戸惑いながらも少しずつリヴィと幸せな結婚生活を送ろうと頑張り始めたミルヒーナ。
なのにマルシアというリヴィの元恋人が現れて……
「離縁したい」と思い始めリヴィから逃げようと頑張るミルヒーナ。
リヴィは、ミルヒーナを逃したくないのでなんとか関係を修復しようとするのだけど……
◆ 短編予定でしたがやはり長編になってしまいそうです。
申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる