24 / 39
ここにいてもいいですか
第24話 紫の炎
しおりを挟むザワザワと木の葉を鳴らし、降ってきたのは蛇だった。
蛇はため池の水面を泳ぎ陸に上がり、蝦蟇の消えたあたりまでシュルシュルとやって来る。
長さは十尺ほどもあろうか。大蛇というほどでもないが、普通の生きた蛇というには長いし太かった。喜之助が面食らって叫ぶ。
「なんだよ! これも魔物か!?」
「たぶんそうです!」
シャアと三人を威嚇する蛇。遥香と蛇の間に彰良が割り込んだ。彰良は無言で剣をかまえる。
それを見て息をのんだ遥香は、蝦蟇から読んだことを伝えた。
「この子は蝦蟇の友だちです。とても仲よしで」
でも遥香にもおぼろげにしかわからない。言葉を持たない蝦蟇の感じていたことは、あいまいな感情としてしか遥香に伝わらなかった。
「蝦蟇がいなくなって怒ったのかと」
「どうでもいい。向かってくるのなら祓う」
言い切る彰良の剣が、緋い炎をまとった。蛇はシュルと身をちぢめる。逃げられぬよう喜之助が後ろに回り呪符をかまえた。
いきなりのことに戸惑う遥香を守るためならば、滅するのも仕方ないと彰良は切っ先を蛇に向けた。
怒った蛇が彰良に向かう。
間一髪で薙ぐ剣。蛇もギリギリでかわした。だが逃げた蛇を呪符が捕らえた。
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん!」
ふたたび光明真言を唱える喜之助。蛇は嫌がるように鎌首を振り、暴れる。
捕らえはしたが、のたうつ蛇に遥香が触れることなどできない。滅するしかないとみて、彰良は剣をかまえ近づいた。
「だめ!」
遥香があわてて制止するのは蛇のためではない。
彰良に、魔物を斬らせたくなかった。
きっと彰良は、魔物である父と対峙する日のために剣をふるい続けている。目の前の魔物にまだ見ぬ狼の姿を重ねていると遥香には思えた。
昼日中でもくっきり燃える緋い炎が痛々しい。斬れば斬るほどに彰良自身も傷だらけになっているような気がした。
剣を握る腕に遥香は夢中ですがりついた。彰良も引きはがそうとするが、乱暴にはできない。
「危ない、放せ!」
「やめてください、待って!」
遥香は彰良の腕に体ごとしがみつき、もみ合う。と。
ふわり。
緋炎が色を変えた。
「――何!?」
緋に、加わる蒼。
炎は紫を帯びた。
見たことのないおのれの剣に、彰良は目を疑った。遥香も何があったかわからずに腕をゆるめる。
シィィッ!
その隙をついて蛇が二人に向かう!
「危ねえッ!」
向こうで喜之助が叫んだ。
ギィィャァッ!
投げられた呪符が蛇に貼りつきシュウウと煙になる。彰良はハッとして紫炎の剣を蛇に振り下ろした。
「いやっ――!」
遥香が遅れて悲鳴を上げる。だが彰良の剣は蛇を両断した後だった。
蛇は斬られ、黒く燃え崩れ――ることはなかった。
白く輝き、ホロホロと形をなくしていく。
「え――」
斬った彰良も、見守る遥香も喜之助も目を見開いた。
蛇が白い光になり、散る。
それがゆっくり見えなくなるまで、三人は神妙に見送った。
「――今の、は?」
あたりが静まって、彰良はボソッとつぶやいた。何が起こったのだろう。遥香もぼうぜんと首をかしげるばかり。喜之助が眉根を寄せ考え込んだ。
「……もしかして、彰良が清めたのか?」
「どうして俺が。俺は斬っただけだ」
「遥香さんの力と合わさったとか」
喜之助の指摘はもっともらしいが、そんなことができるのか。だが考えた末に彰良もうなずいた。
「……そんな感じだった、な」
「だよ」
「そんな、私は何もしていません」
遥香はうろたえたが、彰良にはひとつ心当たりがある。だが少々口にしづらいことなので、ひとまず結論だけ言い切った。
「……いや。おまえだ」
「え」
確信ありげに言われ遥香は困ってしまった。彰良は怒ったような顔で、そんな遥香から視線をそらした。
紫の炎に気を取られて忘れかけたが、中森家の佳乃が蝦蟇に倒されていたのだった。確認したら生きていたので人を呼び、泥だらけの佳乃を運ばせる。
「蝦蟇に向かって遥香さんを突き飛ばしたのを、しかと見ました。殺そうとしたとみなすべきですね。追って沙汰があると思って下さい」
中森の家の前で、喜之助はいつもの笑顔を引っ込め人々に向けて宣言した。佳乃の蛮行を聞き、集まった人々がざわついた。
だが嘘ではない。九字の破邪がなければ遥香は蝦蟇の舌に貫かれていたかもしれないのだ。やや遠くにいた佳乃ですら、蝦蟇に吹っ飛ばされて骨が折れ、顔まで傷だらけになっていた。
佳乃にどんな恨みをかっていたのか遥香は知らない。ずっと前から憎まれていたのかと思うとつらくなった。でももう佳乃はボロボロなのだし、許してあげればと思う。
「私はなんともありませんでしたから……」
「結界がなかったら、おまえは死んでいたんだぞ。そのせいで蝦蟇を清められず、あのまま人家に暴れ込んだらどうなっていたと思う。度しがたい馬鹿女だ」
彰良は憎々しげに吐き捨てた。本当は遥香がいなくても彰良が斬り祓っていただろうが、それは言わない。
危険が集落に及ぶこともあったかもと聞き、人々の視線が中森の当主に向いた。非難の声が上がるのを、喜之助は制止した。
「まあ、遥香さんをさんざん貶めてきたという点で、みなさん同罪なんですけどね。篠田家を村八分にという扱いが、佳乃さんを増長させた。中森家だけを責めていいと思うのは大間違いなので」
冷静な指摘に誰もが黙り込んだ。言われたことは当たっている。軍にそんな調べがついているのなら、稲荷ヶ岡ごと罰せられるのか。皆の背すじがこおった。
「それじゃ、こちらの任務は完了しましたので失礼」
有無を言わせずに喜之助はきびすを返した。彰良にうながされ、遥香も後ろ髪引かれながら歩き出す。残っても何を言えばいいのかわからないが、なんとなく申し訳ない気分だった。
人々の目も耳も届かなくなってから、フ、と彰良が肩をふるわせた。遥香は驚いて隣を見上げる。吹き出す彰良なんて、めずらしすぎる。
「……喜之助のくせに、辛辣だったな」
「だーってさあ。くっそ腹立ったわ、さすがに」
喜之助も腹が立ったと言いつつ笑い出した。きょとんとする遥香に、二人はやさしい目を向ける。
「まさか蝦蟇とやり合ってるところに乱入する女がいると思わないよ。遥香さんのことは守れたけどさ、ちょっとあれは」
「まあ処分が下るかどうかはともかく、おどしておくべきなのは確かだ」
「おど、おどし……だったんですか?」
「まあいいじゃん、いいじゃーん!」
混乱する遥香を連れて、機嫌を直した彰良と喜之助は丘を下った。
遥香のふるさとの連中に釘を刺し、遥香が初めて魔物を清め――そして不思議な紫の炎が発現した。
今回はなかなかに実り多い任務だった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。
たろ
恋愛
今まで何とかぶち壊してきた婚約話。
だけど今回は無理だった。
突然の婚約。
え?なんで?嫌だよ。
幼馴染のリヴィ・アルゼン。
ずっとずっと友達だと思ってたのに魔法が使えなくて嫌われてしまった。意地悪ばかりされて嫌われているから避けていたのに、それなのになんで婚約しなきゃいけないの?
好き過ぎてリヴィはミルヒーナに意地悪したり冷たくしたり。おかげでミルヒーナはリヴィが苦手になりとにかく逃げてしまう。
なのに気がつけば結婚させられて……
意地悪なのか優しいのかわからないリヴィ。
戸惑いながらも少しずつリヴィと幸せな結婚生活を送ろうと頑張り始めたミルヒーナ。
なのにマルシアというリヴィの元恋人が現れて……
「離縁したい」と思い始めリヴィから逃げようと頑張るミルヒーナ。
リヴィは、ミルヒーナを逃したくないのでなんとか関係を修復しようとするのだけど……
◆ 短編予定でしたがやはり長編になってしまいそうです。
申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる