スキルなし、聖女でもない。ただの「聞き上手」な私が異世界で幸せを探して旅に出ます~気づけば氷雪の騎士様に溺愛されています~

咲月ねむと

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2章 薬草の町、臆病な魔女の処方箋

3話 万能薬よりも効く言葉、広場の実演販売

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 決戦の朝が来た。
 私たちは夜通し準備をして、町の中央広場に小さな露店を出していた。
 テーブルの上には、水で百倍に薄めて小瓶に詰めた、色とりどりの液体が並んでいる。

​「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 本日限りの大特価! 『ミラの魔法水』の実演販売だよ!」

​ 私の声が朝の広場に響き渡った。
 最初は遠巻きに見ていた人々も「なんだなんだ?」と足を止め始めた。
 ただ、彼らの視線は私よりも、隣に仁王立ちしている大男――ジークさんに釘付けだったが。

​「……おい、エマ。俺は本当にここに立っているだけでいいのか?」

 ジークさんが小声で聞いてくる。
 彼は今日、看板持ちの係だ。

「はい! ジークさんのその威圧感……じゃなくて存在感が、客寄せパンダになるんです!」

「パンダ……?」

「あ、えっと、珍獣……でもなくて、人気者ってことです!」

​ 人が集まってきたところで、私は第一の商品を取り出した。泥と油で真っ黒になったボロ布だ。

「皆さん、旅の汚れって落ちにくいですよね? ゴシゴシ洗っても落ちない、そんな頑固な汚れにこれ一本!」

 私は透明な液体が入った瓶――昨日の「強すぎた洗剤」を百倍に希釈したものを掲げた。

「使い方は簡単、一滴たらして、水ですすぐだけ!」

​ 私はバケツの水に液体を一滴垂らし、ボロ布を浸した。

 一瞬だった。
 引き上げた布は、まるで新品のように真っ白に輝いていた。

​「おおっ!?」

「なんだあれ、魔法か?」

 観客からどよめきが起きる。

「いいえ、魔法じゃありません。錬金術の粋を集めた『ピカピカ洗浄水』です! 生地を傷めず、手にも優しい。今ならなんと、銀貨一枚でのご提供!」

​ 安い。本来なら錬金術師ギルドで金貨単位で売られるレベルの洗浄液だ。それが銀貨一枚。
 主婦たちの目の色が変わった。

「私に一つおくれ!」

「こっちもだ!」

 飛ぶように売れていく小瓶。
 カウンターの下で商品を補充していたミラが信じられないという顔で震えていた。

「す、すごい……あんなに薄めたのに……みんな喜んでる……」

​ 次は一番の目玉商品だ。

 私はジークさんに目配せをした。
 彼は深く頷き、腰の短剣を抜くと――自分の指先を少しだけ切った。赤い血が滲む。

「ひっ!」

 観客の女性が悲鳴を上げる。

「ご安心ください! 冒険者の皆さん、傷の治療って痛いですよね? 染みる薬、嫌ですよね?」

 私は昨日の「元気が出る薬」をさらに調整した治癒薬をジークさんの指にかけた。シュワッ、と優しい音がして傷が一瞬で塞がった。
 ジークさんは涼しい顔で指を動かしてみせる。

「……痛くない。それに、疲れが取れた気がする」

 彼の低いバリトンボイスが説得力を倍増させる。
 サクラとしては百点満点の演技だ。いや、本心かもしれないけれど。

​「すげぇ! あんな深い傷が一瞬で!」

「おい、俺にもくれ! 次の遠征に持って行く!」

 今度は男性客が殺到した。
 売上用の革袋がみるみる重くなっていく。
​ これならいける。金貨十枚、夕方までに達成できるかもしれない。
 私が安堵の息をついた、その時だった。

​「待てぇい!!」

 群衆をかき分けて、あの男が現れた。
 錬金術ギルドの支部長、ガリウスだ。後ろに強面の男たちを引き連れている。

​「騙されるな! その薬は『呪いの魔女』が作ったインチキ品だ!」

 ガリウスの大声に広場が静まり返った。

「呪いの魔女だって……?」

「あの、店を爆発させたっていう……」

 客たちが不安そうに顔を見合わせ、商品を戻し始めた。ガリウスは勝ち誇ったように鼻を鳴らし、私の前に立った。

「こんなガラクタ、認可されていない! 副作用で肌が溶けるかもしれんぞ! さっさと店を畳んで、違約金を払え!」

 彼は杖で商品をひっくり返そうとした。

​「……やめろ」

 ジークさんが前に出ようとする。
 でも、ここで彼が暴れたら、それこそ「危険な店」のレッテルを貼られてしまう。

 私が止めようとした瞬間。

​「……違いますっ!」

​ 震える、でも芯の通った声が響いた。
 カウンターの下からミラが立ち上がっていた。
 いつも目深に被っていたフードを脱ぎ、大きな眼鏡の奥の瞳で真っ直ぐにガリウスを睨みつけている。

​「これは……インチキじゃありません。私が、みんなのために作った、最高の薬です!」

「な、なんだと? この落ちこぼれが!」

「落ちこぼれでも……成分は完璧です! 肌が溶けるなんてこと、絶対にありません!」

 ミラは一歩前に出た。その足は震えていたけれど、もう逃げていなかった。

「私が濃度の調整を間違えていたのは事実です。でも、エマさんが教えてくれました。薄めれば、みんなの役に立つって。……だから、これは安全なんです! 私が保証します!」

​ 彼女の必死な叫び。
 それは、今まで「怖い」「呪い」と遠ざけられてきた彼女が、初めて自分の言葉で人々に訴えかけた瞬間だった。
​ 群衆の中から、一人の主婦が声を上げた。

「……そういえば、さっき買ったこの洗剤、すごく手触りが良かったわよ」

「ああ。俺の傷も、本当に綺麗に治ったぞ」

 冒険者の一人が完治した腕を見せた。

「呪いどころか、教会で売ってる聖水より効くんじゃねぇか?」

​ ざわめきが肯定的なものへと変わっていく。
 ガリウスは顔を真っ赤にして狼狽えた。

「え、ええい! 黙れ黙れ! これはギルドへの反逆だぞ! お前たち、店を壊せ!」

 彼は部下の男たちに命令した。
 男たちが棍棒を振り上げ、商品へ襲いかかる。

​ ガキィンッ!!

​ 金属音が響き、男たちの棍棒が宙を舞った。
 ジークさんが鞘に入れたままの大剣で、一瞬にして全員の武器を弾き飛ばしたのだ。
 あまりの神速に誰も動きが見えなかった。

​「……商品に手を出すなと言ったはずだ」

 ジークさんの瞳が、絶対零度の冷気を放つ。

「それに、この薬の安全性は元王国騎士団長の俺が保証する」

​「……は?」

 ガリウスが間の抜けた声を出した。

「お、王国騎士団長……? まさか、その銀髪に黒の大剣……『氷の英雄』ジークフリートか!?」

​ 広場が爆発したような騒ぎになった。

「おい、あの英雄様だぞ!」

「本物だ! 本物が使ってる薬なら間違いない!」

​ 形勢逆転。
 ガリウスは顔面蒼白になり後ずさった。

「ひ、ひぃぃ! お、覚えてろよ!」

 捨て台詞を吐いて逃げ出すガリウスと部下たち。
 それを見送る暇もなく、客たちが再び殺到した。

​「英雄様ご用達の薬くれ!」

「私にもちょうだい!」
 
 ミラが呆然と立ち尽くしている。
 私は彼女の肩を叩き、満面の笑みを向けた。

「ミラちゃん、ぼーっとしてる暇はないよ! 完売目指してラストスパート!」

​「……は、はいっ!」

 ミラが眼鏡を光らせて頷いた。
 その顔にはもう怯えの色はなかった。

​ 夕日が広場を赤く染める頃。
 私たちの手元には、空っぽになった木箱と金貨十枚を優に超える売上が残っていた。

​ ミラが重たい革袋を抱きしめて泣いている。
 ジークさんが、いつものように無愛想に、でも優しく私の頭に手を置いた。

「……よくやったな、エマ」

「ジークさんこそ、あの『元騎士団長』って本当ですか?」

「……過去の話だ」

 彼は気まずそうに目を逸らした。
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