付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと

文字の大きさ
14 / 46

14話 英雄の代償

しおりを挟む
体育祭の翌日。
俺は、自分が完全に「過去の自分」ではなくなったことを痛感させられた。

「あ、アラン様だ……!」

「体育祭のMVPの……!」

「おい、道を開けろ!」

俺が廊下を歩くだけでモーセの奇跡のように人垣が割れる。
下級生たちは憧れの眼差しを向け、同級生たちは畏怖と好奇の入り混じった目で俺を遠巻きに見ている。昨日までの、ただの貧乏貴族の三男坊アラン・ウォルトンはどこにもいない。

そこにいたのは、「聖女の寵愛を受けし奇跡の子」「風を操りパンを口に召喚する伝説の英雄」という、とんでもない肩書を背負わされた一人の男だった。

「サインください、アラン様!」

「どうすれば、あなたのように神のご加護を賜ることができるのですか!?」

群がってくる生徒たちに、俺は引きつった笑顔を返すことしかできない。

匿名性。
それは、俺の『大脱走計画』における、最も重要な要素だったはずだ。それが、今や完全に失われてしまった。この名声は、俺の逃亡生活にとってあまりにも重い鎖だ。
そして、その鎖を、さらに太く、強固にする人物が、もちろん黙っているはずもなかった。

「アランくん。昨日のあなたの活躍、本当に素晴らしかったですわ」

放課後、リリシア様は満面の笑みで俺の前に現れた。その手には、羊皮紙の巻物が握られている。

「あなたの輝かしい功績を祝して、私から特別な褒美を授けます」

「ほ、褒美、ですか……?」

嫌な予感しかしない。金や物であるはずがない。この人が与える褒美は、いつだって俺の自由を奪うものだ。

「ええ。これからのあなたの学園生活は、この私が全て管理プロデュースしてさしあげることにしましたわ!」

リリシア様が、ファサッと羊皮紙を広げる。
そこには、びっしりと、恐ろしい文字が並んでいた。

【アラン様・英雄化計画書】

・起床時間、食事メニュー、トレーニング内容の指定
・授業態度の監視と放課後の補習(二人きり)
・週末の過ごし方(教会での奉仕活動、または私とのデート)
・学園祭における武術大会および夜会の演目、衣装の指定

「……これは、なんですか」

「あなたの英雄としての品位を保ち、さらなる高みへと導くための愛の道標ロードマップですわ。光栄に思いなさい」

俺の人生は、聖女様によって完全にパッケージ化されようとしていた。



その日のうちに、俺は人気のない大講堂へと引きずられていった。

計画書の第一項目、『夜会に向けたダンスの練習』を実行するためだ。

「さあ、アランくん。私の手を取りなさい」

「……はい」

リリシア様に手を取られ、腰に手を回される。

近い。あまりにも、距離が近い。

彼女の甘い香りと柔らかな体の感触が、俺の理性をじわじわと蝕んでいく。

音楽が流れ始め、俺たちはゆっくりとステップを踏み始めた。
もちろん貴族の嗜みとはいえ、貧乏貴族の俺にまともなダンスが踊れるはずもない。俺の足は、もつれ、乱れ、無様にリリシア様の足を踏みつけた。

「いっ……!」

「す、すいません!」

「ふふっ。不器用ですことね、アランくん。本当に、私がいないと何もできない、ダメな子ですわ」

リリシア様は少しも怒る素振りを見せず、むしろ嬉しそうに囁いた。

「でも、ご安心なさい。私が手取り足取り……あなたの全てを、私の望む形へと導いてさしあげますから」

その言葉は、恋人への甘い囁きなどでは断じてない。
粘土をこねる陶芸家が、自らの作品に語りかけるような、絶対的な支配者の言葉だった。

俺は、彼女の腕の中で、ただただ無力だった。
練習が終わり、心身ともに疲れ果てた俺がふらふらと寮への道を歩いていた時だった。

「――アランくん」

呼び止められて顔を上げると、そこに立っていたのはエマさんだった。
彼女は、心配そうな顔で俺に小さな紙パックのジュースを差し出した。

「これ、よかったら……。なんだか、すごく疲れた顔してるから」

「エマ、さん……」

「……本当に、大丈夫なの?体育祭の時も、今も……あなた全然笑ってないよ」

その何の裏もない純粋な心配の言葉が、俺のささくれた心にじんわりと染み渡った。

そうだ。俺は、ずっと笑っていなかった。
聖女様のペットを演じるため、魂の抜けた顔を貼り付けていた。

本当のことを話すわけにはいかない。
だが、この優しさだけは、無下にしたくなかった。

俺は、差し出されたジュースを受け取ると、彼女の目をまっすぐ見て、ほんの少しだけ口の端を上げた。
完璧な偽りの笑顔じゃない。不器用で、ひきつった。しかし、ほんの少しだけ本当の感情がこもった笑みなのだ。

「……ありがとう」

それだけ言うのが精一杯だった。

エマさんは、俺のその表情に何かを感じ取ったのか少しだけ驚いた後、ふわりと微笑んだ。

「どういたしまして。……無理、しないでね」

彼女はそう言うと、ぱたぱたと走り去っていった。

俺は、その場に立ち尽くし、手の中のジュースを握りしめた。

そうだ。
俺が取り戻したいのは、こういう日常なんだ。誰かと気兼ねなく笑い合える当たり前の毎日。

「見てろよ、リリシア様……」

俺は夜空を睨みつけた。

「俺、あんたの人形なんかで、絶対に終わらない……!」

手の中のジュースは温かくなっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。 で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか? 異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕! 異世界帰りのハーレム王 朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

処理中です...