付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと

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15話 公爵令嬢の勘違い

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エマさんとの束の間の交流は、俺の荒んだ心に一筋の光を灯してくれた。

そうだ、俺はまだ終わっていない。
諦めてなんかいない。

だが、現実という名の怪物は、そんな俺のささやかな希望を嘲笑うかのように、次なる試練を用意していた。

「アランくん。本日は、王城で開かれる貴族の茶会に出席いたしますわよ」

リリシア様は、俺の返事も聞かずに完璧に仕立てられた礼服を差し出してきた。

【アラン様・英雄化計画書】に記載された、
『上流階級とのコネクション構築』という項目を実行するつもりらしい。

「俺はただの貧乏貴族の三男です。そんな華やかな場所は性に合いません」

「あら、何を仰いますの。あなたは、この私が認めた英雄。堂々としていればよろしいのです。それに……」

リリシア様は、俺の耳元で悪魔のように囁いた。

「もし、あなたが恥をかくようなことがあれば、それは私の顔に泥を塗るということ。その時は……わかっていらっしゃいますわよね?」

脅迫だ。これは、紛れもない脅迫だ。
俺は大人しく礼服に着替えるしかなかった。



王城の庭園で開かれた茶会は、想像を絶するほどきらびやかな世界だった。
美しいドレスを纏った令嬢たち。高価な装飾品を身につけた貴公子たち。俺のような下級貴族は、隅の方で息を殺しているのがお似合いの場所だ。

……なのだが。

「まあ、あの方が、体育祭で奇跡を起こされたというアラン様……!」

「聖女リリシア様が、いつもお側に……」

俺は、リリシア様のエスコートという、これ以上ない悪目立ちな形で、会場の中心にいた。
四方八方から注がれる好奇の視線が、針のように突き刺さる。胃が、キリキリと痛んだ。

リリシア様は、そんな俺の様子などお構いなしに有力な貴族たちに俺を「私の秘蔵っ子ですの」と紹介して回っている。俺は、愛想笑いを浮かべるだけの置物と化していた。

もう帰りたい。
寮のベッドで、天井を眺めていたい……。

俺が現実逃避をしかけた、その時だった。

「――アラン・ウォルトン様で、いらっしゃいますね」

凛とした、それでいて柔らかな声がした。
振り向くと、そこに立っていたのは、一人の美しい令嬢だった。
波打つプラチナブロンドの髪に理知的な紫色の瞳。その佇まいからは、育ちの良さと、他の令嬢たちとは一線を画す気品が溢れていた。

彼女は、ソフィア・フォン・ラングフォード公爵令嬢。現宰相の娘にして、学園でもトップクラスの才媛と名高い完璧な貴婦人だ。

「ソフィア様……」

「お噂はかねがね。体育祭でのご活躍、素晴らしかったと聞いております」

ソフィア様は、俺に優雅に微笑みかけた。
その瞳には、他の貴族たちのような下世話な好奇心の色はなかった。あるのは、純粋な尊敬と知的な探究心だけ。

「ウォルトン様。あなた様が、リリシア様の特別なご寵愛を受けていらっしゃる理由……私、少しだけ分かったような気がいたします」

「え……?」

ソフィア様は、俺と、俺の隣に立つリリシア様を交互に見つめ、そして、確信に満ちた声で言った。

「リリシア様は、あなた様に『神の器』としての大いなる可能性を見出していらっしゃるのではありませんか?」

……かみ、の、うつわ?

俺が呆然としていると、ソフィア様は一人で納得したように、うんうんと頷いた。

「常人には理解しがたい、聖女様の過剰とも思えるほどの御身への執着。それは、あなた様という類稀なる才能を俗世の穢れから守り、正しく導こうとする、深遠なる神聖な使命感の表れ……。そう考えれば、全ての辻褄が合いますわ」

勘違いだ。
とんでもない壮大なスケールの勘違いだ!

この人は、リリシア様のヤバいストーカー行為を全て高尚な宗教的行為だと誤解している。
だが、その勘違いは、今の俺にとって一筋の光明だった。

初めてだ。
俺を同情や好奇の目ではなく、真摯な尊敬の眼差しで見てくれる人間が現れたのは。

「ソフィア様……!」

「もし、あなた様がその重責に苦しむことがあれば、いつでも私にご相談ください。ラングフォード家は、代々、教会との繋がりも深いのです。微力ながら、きっとあなた様のお力になれるはずですわ」

女神だ! 
エマさんに続き、ここにも本物の女神がいた!

俺はソフィア様の優しさと、その致命的なまでの勘違いに心の中で泣いた。

しかし、この状況を隣で聞いていたリリシア様は、どう思ったか。彼女は、ソフィア様に対して、いつものような牽制をしなかった。
それどころか満足げに微笑んでいる。

「まあ、ソフィア様。さすがは宰相閣下のお嬢様。物事の本質をよく理解していらっしゃる」

リリシア様にとってソフィア様のこの勘違いは、自分の異常な行動を正当化し、さらに俺を神格化するための願ってもない追い風だったのだ。

こうして、俺は、新たなる味方を手に入れた。
それは、俺の状況を全く理解していない、心優しき公爵令嬢。彼女の存在は、俺の逃亡計画に、一体何をもたらすのか。

一難去って、また一難。

俺の周囲の人間関係は、ますます複雑でカオスな様相を呈し始めていた。
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