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21話 地獄の厨房
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リリシア様が去った後の教室は、まるで集団葬儀の会場のように静まり返っていた。
部屋の隅に置かれた、巨大な木箱。
『祝福の炭塊《ブレスド・チャコール》』と名付けられた、悪魔の所業の結晶。あれが俺たちの青春の思い出を黒く塗りつぶすのだ。
「……どう、するの、これ」
誰かが、か細い声で呟いた。
クラスメイトたちの視線が、恐る恐る、俺へと注がれる。その目には、非難と、恐怖と、そして、わずかな期待が入り混じっていた。全ての元凶である俺が何とかしてくれるのではないか、という、あまりにも無責任な期待が。
「ごめん……」
俺は絞り出すように言った。
「ごめん、みんな。俺の、せいで……」
エマさんがふるふると首を横に振る。
「アランくんのせいじゃないよ! 悪いのは、その……不可抗力だよ!」
彼女の優しさが逆に俺の胸を締め付けた。
そうだ。俺が、何とかしなければ。
俺が始めた、この地獄なのだから。
逃げ出すための計画がいつの間にか、誰かを守るための戦いへと変わっていた。
俺は顔を上げた。
その目にはもう迷いはなかった。
「……一つ、考えがある」
◇
俺は、その足で教会の大厨房へと向かった。
扉を開けると、甘いというより、何か物が焦げる異臭に近い香りと、むっとするような熱気が襲ってくる。
厨房の中心では、リリシア様が鼻歌交じりに巨大なボウルの中の黒い液体をかき混ぜていた。
「あら、アランくん。どうしましたの? 私の愛の創造を、見学に来てくれたのかしら?」
「はい。そしてリリシア様にお願いがあって参りました」
俺は、まっすぐ彼女の目を見て、そして深く、深く、頭を下げた。
「どうか、俺を、あなたの助手にしてください!」
「……助手?」
リリシア様のかき混ぜる手がピタリと止まる。
俺は、この瞬間のために用意した最高の台詞を熱を込めて一気に捲し立てた。
「あなたの、その聖なるお菓子作りを一番近くで拝見し、神聖な技術の一端を学びたいのです! そして……ただ学ぶだけではありません!」
俺は顔を上げて彼女の手を取った。
「俺のこのリリシア様への愛と、信仰の全てをこのお菓子に込めたいのです! あなたの愛と俺の愛。二人の愛が合わされば、きっと、今よりもっと、もっと素晴らしい『祝福の炭塊』が生まれるはずです!」
『二人で』『愛を込めて』『共同作業』。
ヤンデレな彼女が、最も好むであろうキーワードをこれでもかと散りばめた渾身の口説き文句。
リリシア様の翠色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
その反応は、俺の予想を、遥かに超えていた。
「ア、アランくん……!」
彼女は、持っていた泡立て器――黒い液体でドロドロを放り出すと、俺の胸に力いっぱい飛び込んできた。
「ああ……! なんてこと! なんて素晴らしい申し出なの! あなたが、そこまで、私のことを……! 私たちの愛の結晶を、二人で、この手で生み出すですって……!?」
それは、まるで長年待ち望んだプロポーズを受けた乙女のような反応だった。
彼女は、俺の胸に顔を埋め、くぐもった声で嗚咽交じりに言った。
「夢のようですわ……! ええ、ええ、もちろんよ! やりましょう! 二人で、最高の愛の形を、作り上げましょうね!」
……チョロい。
あまりにも、チョロすぎる。
愛という言葉の前で、この聖女はあまりにも無防備だ。
こうして俺は地獄の厨房への入場許可を得た。
リリシア様は、大喜びで俺に揃いのエプロンを着けてくれる。
「さあ、アランくん! まずは、この『闇の聖水』と『焦熱の小麦粉』を混ぜ合わせることから始めましょう!」
食材の名前からして、もうおかしいだろ!
俺は内心で絶叫しながら、にこやかに頷いた。
『作戦コード:厨房介入』、開始。
目的は、リリシア様に気づかれぬよう、レシピを改竄し、あの殺人級の物体Xを少なくとも「食べられる何か」へと変えること。
地獄の厨房へようこそ、か。
だが、ここで負けるわけにはいかない。
クラスのみんなの胃袋と俺たちの青春の思い出は、この俺が絶対に守り抜いてみせる。
新たな戦いの火蓋が、今、切って落とされた。
部屋の隅に置かれた、巨大な木箱。
『祝福の炭塊《ブレスド・チャコール》』と名付けられた、悪魔の所業の結晶。あれが俺たちの青春の思い出を黒く塗りつぶすのだ。
「……どう、するの、これ」
誰かが、か細い声で呟いた。
クラスメイトたちの視線が、恐る恐る、俺へと注がれる。その目には、非難と、恐怖と、そして、わずかな期待が入り混じっていた。全ての元凶である俺が何とかしてくれるのではないか、という、あまりにも無責任な期待が。
「ごめん……」
俺は絞り出すように言った。
「ごめん、みんな。俺の、せいで……」
エマさんがふるふると首を横に振る。
「アランくんのせいじゃないよ! 悪いのは、その……不可抗力だよ!」
彼女の優しさが逆に俺の胸を締め付けた。
そうだ。俺が、何とかしなければ。
俺が始めた、この地獄なのだから。
逃げ出すための計画がいつの間にか、誰かを守るための戦いへと変わっていた。
俺は顔を上げた。
その目にはもう迷いはなかった。
「……一つ、考えがある」
◇
俺は、その足で教会の大厨房へと向かった。
扉を開けると、甘いというより、何か物が焦げる異臭に近い香りと、むっとするような熱気が襲ってくる。
厨房の中心では、リリシア様が鼻歌交じりに巨大なボウルの中の黒い液体をかき混ぜていた。
「あら、アランくん。どうしましたの? 私の愛の創造を、見学に来てくれたのかしら?」
「はい。そしてリリシア様にお願いがあって参りました」
俺は、まっすぐ彼女の目を見て、そして深く、深く、頭を下げた。
「どうか、俺を、あなたの助手にしてください!」
「……助手?」
リリシア様のかき混ぜる手がピタリと止まる。
俺は、この瞬間のために用意した最高の台詞を熱を込めて一気に捲し立てた。
「あなたの、その聖なるお菓子作りを一番近くで拝見し、神聖な技術の一端を学びたいのです! そして……ただ学ぶだけではありません!」
俺は顔を上げて彼女の手を取った。
「俺のこのリリシア様への愛と、信仰の全てをこのお菓子に込めたいのです! あなたの愛と俺の愛。二人の愛が合わされば、きっと、今よりもっと、もっと素晴らしい『祝福の炭塊』が生まれるはずです!」
『二人で』『愛を込めて』『共同作業』。
ヤンデレな彼女が、最も好むであろうキーワードをこれでもかと散りばめた渾身の口説き文句。
リリシア様の翠色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
その反応は、俺の予想を、遥かに超えていた。
「ア、アランくん……!」
彼女は、持っていた泡立て器――黒い液体でドロドロを放り出すと、俺の胸に力いっぱい飛び込んできた。
「ああ……! なんてこと! なんて素晴らしい申し出なの! あなたが、そこまで、私のことを……! 私たちの愛の結晶を、二人で、この手で生み出すですって……!?」
それは、まるで長年待ち望んだプロポーズを受けた乙女のような反応だった。
彼女は、俺の胸に顔を埋め、くぐもった声で嗚咽交じりに言った。
「夢のようですわ……! ええ、ええ、もちろんよ! やりましょう! 二人で、最高の愛の形を、作り上げましょうね!」
……チョロい。
あまりにも、チョロすぎる。
愛という言葉の前で、この聖女はあまりにも無防備だ。
こうして俺は地獄の厨房への入場許可を得た。
リリシア様は、大喜びで俺に揃いのエプロンを着けてくれる。
「さあ、アランくん! まずは、この『闇の聖水』と『焦熱の小麦粉』を混ぜ合わせることから始めましょう!」
食材の名前からして、もうおかしいだろ!
俺は内心で絶叫しながら、にこやかに頷いた。
『作戦コード:厨房介入』、開始。
目的は、リリシア様に気づかれぬよう、レシピを改竄し、あの殺人級の物体Xを少なくとも「食べられる何か」へと変えること。
地獄の厨房へようこそ、か。
だが、ここで負けるわけにはいかない。
クラスのみんなの胃袋と俺たちの青春の思い出は、この俺が絶対に守り抜いてみせる。
新たな戦いの火蓋が、今、切って落とされた。
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