付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと

文字の大きさ
22 / 46

22話 厨房の攻防

しおりを挟む
教会の大厨房は、まさしく地獄と天国が同居する空間だった。鼻を突く、得体のしれない薬品のような匂い。その中で、リリシア様だけは、至上の幸福に満ちた表情で聖なる儀式(料理)に没頭している。

「さあ、アランくん! まずは、この『嘆きのカカオ』と『絶望の砂糖』を、聖なる釜へと投入しますわ!」

「はい、喜んで!」

俺の返事と同時に足元に置いておいた「普通のカカオ」と「普通の砂糖」の袋をリリシア様の死角から素早く釜へと滑り込ませる。
彼女が「嘆き」と呼ぶ黒い粉の正体は、どう見ても薬草の炭だし、「絶望」という名の白い粉は、塩と何かザラザラしたものを混ぜた代物だ。こんなものを使えば、悪魔しか喜ばない物体が錬成されてしまう。

俺の戦いは情報戦であり、時間との戦いだ。

「あら、アランくん。次は、この『悪魔の涙』を100ccほど……」

「あっ! リリシア様、大変です! 釜の火が神々しく燃え盛っております! 今こそ、祈りを捧げる時では!?」

俺が、わざとらしく叫ぶと、リリシア様は「まあ、本当!」と、喜び勇んで釜の前にひざまずき目を閉じて祈りを捧げ始めた。
その隙に俺は『悪魔の涙(正体はたぶん酢)』を流しに捨て、代わりに用意しておいた新鮮な牛乳を寸分の狂いもなく計量カップに注ぐ。

スパイ映画の主人公もかくや、というほどの、完璧なすり替え作戦。

俺は自分の才能が逃亡計画ではなく、こんなところで開花していることに若干の悲しみを覚えた。そんな血の滲むような攻防を続けていた時だった。

「ふう……。アランくんと、こうして二人きりで作業できるなんて、本当に夢のようですわ」

リリシア様は、額の汗を拭いながら、ふっと、幸せそうに息をついた。
その時、俺は、彼女の頬に白い粉が付いているのに気づいた。たぶん、俺がこっそり使った普通の小麦粉だ。

「リリシア様。ついてますよ」

俺は、何を思ったか、ほとんど無意識に彼女の頬へと手を伸ばしていた。
そして、その柔らかな肌に付いた小麦粉を指でそっと拭ってやる。

「……え?」

リリシア様の翠色の瞳が驚いたように大きく見開かれた。いつもの、全てを見透かすような、狂気を孕んだ輝きはない。
ただ、一人の女の子が、不意の優しさに戸惑っているような、そんな、ごく普通の表情。

その顔を見て、俺の心臓が、ドクン、と大きく鳴った。

……なんだ、今の……。

彼女の顔がほんのりと赤く染まっている。
そのあまりにも無防備で、あまりにも可憐な表情に俺は、自分の顔まで熱くなるのを感じた。

――ヤバい女だ。ストーカーで独善的で人の話を聞かない、とんでもない女だ。でも、なんだか、このまま、放っておけない、かも……。

俺の中に今までなかった、奇妙で、温かい感情が芽生え始めていた。



「……あら? いつものような、深い漆黒の輝きがありませんわね……」

数時間後。
オーブンから取り出されたクッキーの第一弾を見て、リリシア様が不思議そうに首を傾げた。
そこに並んでいるのは、黒い炭塊ではない。きつね色に焼けた、ごく普通の美味しそうなクッキーだ。
まずい。ここで俺の妨害工作がバレるわけにはいかない。

「そ、それはきっと! 俺の未熟な愛が混じってしまったせいです!」

俺は咄嗟に叫んだ。

「リリシア様の100%純粋な闇のように深い愛と違って、俺の愛は、まだ、太陽のような光の色をしているのです! だから、二人の愛が混ざり合って、このような夕焼けのような色合いに……!」

我ながら何を言っているのか分からない。
だが、詩的でロマンチックな響きに弱いリリシア様には、効果てきめんだった。

「まあ……! なんて、なんて詩的な表現なのでしょう、アランくん!」

彼女は、うっとりとした表情でそのクッキーを一枚つまみ上げた。

「これが、私とあなたの、愛のグラデーション……! 素晴らしいですわ!」

勘違いしてくれて本当にありがとう。

「さあ、アランくん。記念すべき、私たちの最初の共同作業の結晶です。あなたが、最初に味見なさい」

「は、はい……」

俺は、恐る恐る、そのクッキーを一口かじった。

サクッ。

口の中に広がるバターの香りと優しい甘さ。

……美味い。

普通に美味いクッキーだ。

俺の必死の妨害工作は、見事に成功したのだ。
俺は、安堵のため息を悟られぬように、そっと吐き出した。地獄の厨房での戦いは、ひとまず俺の勝利に終わった。

だが、俺の胸の中では、リリシア様の、あの、不意に見せた少女のような表情が、ずっと消えずに残っていた。
それは俺の計画を、そして俺自身の心を静かに、しかし確実に蝕み始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。 で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか? 異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕! 異世界帰りのハーレム王 朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!  杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...