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23話 奇跡のクッキー
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地獄の厨房での、俺とリリシア様の奇妙な共同作業は、数日にわたって続いた。
最初は、いつ正体がバレるかと緊張で張り詰めていた俺だったが、次第にその作業にある種の「慣れ」が生まれていることに気づいてしまった。
「アランくん、そちらのお砂糖、取ってくださる?」
「はい、どうぞ。……リリシア様、また鼻にクリームがついてますよ」
「まあ、いやだわ。ふふっ、ありがとう」
そんな、まるで新婚夫婦のような穏やかな会話。
リリシア様は、俺が隣にいるせいか、終始ご機嫌で、時折、綺麗な声で鼻歌まで歌っている。
その、あまりにも無防備で、あまりにも「普通」の姿を見ていると、俺の胸は、ちくちくと痛んだ。
俺はこの人を騙している。
この穏やかな時間も、全ては、俺の逃亡計画のための偽りの時間なのだ。
そうして俺の罪悪感とリリシア様の純粋な愛情と俺の必死のレシピ改竄が練り込まれて完成した「新生・祝福のクッキー」は、ついに王都の民へと配られることとなった。
◇
「おい、聞いたか!? 教会の新しいお菓子、今度はマジで美味いらしいぞ!」
「聖なる炭じゃなくて、『奇跡のクッキー』って呼ばれてるんだと!」
「うちのじいさんが食ったら、あまりの美味さに感動して長年の手足の痺れが治ったってよ!」
結果は、俺の想像を遥かに超えていた。
俺たちのクッキーは、瞬く間に王都中で大評判となったのだ。
「聖女様の愛と、その寵愛を受けし英雄アラン様の真心が込められている」
という、尾ひれどころか龍の体まで生えた噂と共に。学園の喫茶店の準備を進める教室も、お祭り騒ぎだった。
「アランくん、すごいよ! このクッキー、本当に美味しい! 聖女様って、お菓子作りの天才だったんだね!」
エマさんが目をキラキラさせながら、俺にクッキーを差し出してくる。
クラスメイトたちも、「これでうちの喫茶店の勝利は確定だな!」「ありがとう、アラン! お前のおかげだ!」と、俺を英雄のように称えた。
違うんだ。天才なのはリリシア様じゃない。
彼女の生み出す物体Xを食べられるものへと変えた、俺の機転とスパイ技術なんだ。
……なんて、言えるはずもない。
俺の計画は、またしても裏目に出ていた。
クラスの危機を救う、という目的は達成できた。だが、そのせいで、俺は、さらに注目される存在になってしまったのだ。
「奇跡のクッキー」を聖女様と共に作り上げた重要人物として。
そして、その日の放課後。
今回の騒動の元凶であり、最大の功労者と本人は思っているが、俺の元へやってきた。
「アランくん、聞きましたか?」
リリシア様は、頬を上気させ子供のようにはしゃいでいた。その笑顔には、いつものような狂気や独占欲の色合いはなかった。
ただ、純粋な一点の曇りもない喜びと達成感が輝いていた。
「私たちの愛の結晶が、街中の人々を幸福にしているそうですわ」
彼女は、俺のすぐ目の前まで来ると、そっと、俺の手を握った。
「これも全て、あなたが私の愛を理解し、協力してくれたおかげですわ。……ふふっ、本当にあなたは、私の……最高のパートナー、ですわね」
その言葉は、俺の胸に、鋭く、そして、深く突き刺さった。
最高のパートナー。
俺は、その言葉を、騙し、裏切り、そして一人で逃げようとしている。
握られた手が熱い。
彼女の屈託のない笑顔が眩しい。
罪悪感が洪水のように、俺の心を押し流していく。俺は、この笑顔を裏切って、本当に逃げることができるのだろうか。
手の中に、いつの間にか握らされていた一枚のクッキー。バターと砂糖の、甘い香りがした。
だが、今の俺には、それが自分の罪の味がするような気がしてならなかった。
『大脱走計画』の決行予定日である、学園祭初日が、刻一刻と迫っていた。
最初は、いつ正体がバレるかと緊張で張り詰めていた俺だったが、次第にその作業にある種の「慣れ」が生まれていることに気づいてしまった。
「アランくん、そちらのお砂糖、取ってくださる?」
「はい、どうぞ。……リリシア様、また鼻にクリームがついてますよ」
「まあ、いやだわ。ふふっ、ありがとう」
そんな、まるで新婚夫婦のような穏やかな会話。
リリシア様は、俺が隣にいるせいか、終始ご機嫌で、時折、綺麗な声で鼻歌まで歌っている。
その、あまりにも無防備で、あまりにも「普通」の姿を見ていると、俺の胸は、ちくちくと痛んだ。
俺はこの人を騙している。
この穏やかな時間も、全ては、俺の逃亡計画のための偽りの時間なのだ。
そうして俺の罪悪感とリリシア様の純粋な愛情と俺の必死のレシピ改竄が練り込まれて完成した「新生・祝福のクッキー」は、ついに王都の民へと配られることとなった。
◇
「おい、聞いたか!? 教会の新しいお菓子、今度はマジで美味いらしいぞ!」
「聖なる炭じゃなくて、『奇跡のクッキー』って呼ばれてるんだと!」
「うちのじいさんが食ったら、あまりの美味さに感動して長年の手足の痺れが治ったってよ!」
結果は、俺の想像を遥かに超えていた。
俺たちのクッキーは、瞬く間に王都中で大評判となったのだ。
「聖女様の愛と、その寵愛を受けし英雄アラン様の真心が込められている」
という、尾ひれどころか龍の体まで生えた噂と共に。学園の喫茶店の準備を進める教室も、お祭り騒ぎだった。
「アランくん、すごいよ! このクッキー、本当に美味しい! 聖女様って、お菓子作りの天才だったんだね!」
エマさんが目をキラキラさせながら、俺にクッキーを差し出してくる。
クラスメイトたちも、「これでうちの喫茶店の勝利は確定だな!」「ありがとう、アラン! お前のおかげだ!」と、俺を英雄のように称えた。
違うんだ。天才なのはリリシア様じゃない。
彼女の生み出す物体Xを食べられるものへと変えた、俺の機転とスパイ技術なんだ。
……なんて、言えるはずもない。
俺の計画は、またしても裏目に出ていた。
クラスの危機を救う、という目的は達成できた。だが、そのせいで、俺は、さらに注目される存在になってしまったのだ。
「奇跡のクッキー」を聖女様と共に作り上げた重要人物として。
そして、その日の放課後。
今回の騒動の元凶であり、最大の功労者と本人は思っているが、俺の元へやってきた。
「アランくん、聞きましたか?」
リリシア様は、頬を上気させ子供のようにはしゃいでいた。その笑顔には、いつものような狂気や独占欲の色合いはなかった。
ただ、純粋な一点の曇りもない喜びと達成感が輝いていた。
「私たちの愛の結晶が、街中の人々を幸福にしているそうですわ」
彼女は、俺のすぐ目の前まで来ると、そっと、俺の手を握った。
「これも全て、あなたが私の愛を理解し、協力してくれたおかげですわ。……ふふっ、本当にあなたは、私の……最高のパートナー、ですわね」
その言葉は、俺の胸に、鋭く、そして、深く突き刺さった。
最高のパートナー。
俺は、その言葉を、騙し、裏切り、そして一人で逃げようとしている。
握られた手が熱い。
彼女の屈託のない笑顔が眩しい。
罪悪感が洪水のように、俺の心を押し流していく。俺は、この笑顔を裏切って、本当に逃げることができるのだろうか。
手の中に、いつの間にか握らされていた一枚のクッキー。バターと砂糖の、甘い香りがした。
だが、今の俺には、それが自分の罪の味がするような気がしてならなかった。
『大脱走計画』の決行予定日である、学園祭初日が、刻一刻と迫っていた。
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