29 / 46
29話 英雄の帰る場所
しおりを挟む
俺が貴賓席に背を向け、友人たちの元へと歩き出すと、観客席からは、再び大きな歓声が上がった。
それはクレインを打ち負かした時とは、また違う種類の温かい声援だった。
聖女の寵愛という得体のしれない力にではなく、一人の学生が自らの意志で困難に立ち向かったことへの純粋なエール。
「アランくん!」
最初に駆け寄ってきたのは、エマさんだった。彼女の目には、まだ涙の跡が残っている。
「すごかった……! 本当に、すごかったよ! 私、信じてた!」
「ああ。……心配かけて、ごめんな」
俺がそう言って笑うと、彼女は「ううん!」と力強く首を横に振った。
次にジュリアス様がやれやれといった表情で、俺の肩を軽く叩いた。
「フン。ようやくお飾りの人形から少しはマシな男になったようだな、ウォルトン」
その口調は相変わらず皮肉っぽい。だが、その声には、確かな賞賛の色がこもっていた。
「礼を言うぞ、ジュリアス様。あんたが時間を稼いでくれたおかげだ」
「勘違いするな。僕は、僕の友人が侮辱されるのが気に食わなかっただけだ」
彼が初めて俺のことを「友人」と呼んだ。
俺は、照れくさくて何も言えずに、ただ鼻の頭を掻いた。
そして、最後にソフィア様が侍女を伴って静かに俺の前へと進み出た。
彼女は、うっとりとした熱に浮かされたような瞳で俺を見つめていた。
「アラン様……! ああ、やはり私の目に狂いはありませんでしたわ!」
「ソフィア様……」
「神の器は、試練を経て、ついにその真の力を覚醒させたのです! 聖女様の過保護なまでの守護を振り切り、自らの意志で奇跡を体現する……! なんて、なんて、尊い物語なのでしょう!」
……勘違いは、さらに斜め上の方向へと加速していた。だが今の俺には、その勘違いすらも、ありがたく思えた。
彼女もまた、俺を信じ、応援してくれていた、大切な友人なのだから。
俺たちは、四人で顔を見合わせ、そして自然と笑い合った。
そうだ。ここが俺の居場所だ。
俺が守りたかった帰るべき場所。
◇
俺たちがクラスの喫茶店の準備に戻ると、そこは英雄の凱旋を迎えるかのような大騒ぎになっていた。
「アラン! よくやった!」
「お前、マジで見直したぜ!」
「うちのクラスから、英雄が出たぞー!」
クラスメイトたちが、俺の肩を叩き背中を押し手荒い祝福をしてくれる。もう、誰も俺を「聖女のペット」だなんて思っていない。
俺は、ようやくこのクラスの本当の一員になれたのだ。喫茶店の営業が始まると、店はすぐに満員になった。
「武術大会の英雄がいる店」という噂があっという間に広まったらしい。
俺は、ウェイターとして注文を取ったり、料理を運んだり大忙しだった。
「アラン様! 『奇跡のクッキー』を、一つ!」
「俺にも! あの勝利のパワーにあやかりたい!」
客たちは口々にそう言って、俺に笑顔を向けてくる。
俺は、その一つ一つに「はい、喜んで!」と、心の底からの笑顔で、応えることができた。
しかし、その喧騒に満ちた幸福な光景を教室の入り口の影から、じっと、見つめている人影が一つあった。またしてもリリシア様だ。
彼女は、店の中には入ってこない。
ただ、遠くから忙しそうに立ち働き、友人たちと笑い合う俺の姿を静かに見つめているだけ。
その表情は、誰にも読み取ることができなかった。
彼女はどう思っているのだろう。
自分の知らない場所で、自分の知らない顔で笑う、俺を見て。自分の手を離れ、自分の世界を築き始めた、俺を見て。
俺は、ふと、彼女と視線が合ったような気がした。彼女は、驚いたように少しだけ肩を揺らすと、ふいっと顔を背け、その場から音もなく立ち去ってしまった。
その背中は、どこか迷子の子供のように小さく寂しげに見えた。
俺は、胸の奥にまた、ちくりとした痛みを感じた。戦いは、まだ終わっていない。
本当に向き合うべき相手はクレインのような分かりやすい敵じゃない。
俺は、賑やかな店の中で一人静かに決意を新たにしていた。本当に救うべきは彼女の、その孤独な魂なのかもしれない、と。
それはクレインを打ち負かした時とは、また違う種類の温かい声援だった。
聖女の寵愛という得体のしれない力にではなく、一人の学生が自らの意志で困難に立ち向かったことへの純粋なエール。
「アランくん!」
最初に駆け寄ってきたのは、エマさんだった。彼女の目には、まだ涙の跡が残っている。
「すごかった……! 本当に、すごかったよ! 私、信じてた!」
「ああ。……心配かけて、ごめんな」
俺がそう言って笑うと、彼女は「ううん!」と力強く首を横に振った。
次にジュリアス様がやれやれといった表情で、俺の肩を軽く叩いた。
「フン。ようやくお飾りの人形から少しはマシな男になったようだな、ウォルトン」
その口調は相変わらず皮肉っぽい。だが、その声には、確かな賞賛の色がこもっていた。
「礼を言うぞ、ジュリアス様。あんたが時間を稼いでくれたおかげだ」
「勘違いするな。僕は、僕の友人が侮辱されるのが気に食わなかっただけだ」
彼が初めて俺のことを「友人」と呼んだ。
俺は、照れくさくて何も言えずに、ただ鼻の頭を掻いた。
そして、最後にソフィア様が侍女を伴って静かに俺の前へと進み出た。
彼女は、うっとりとした熱に浮かされたような瞳で俺を見つめていた。
「アラン様……! ああ、やはり私の目に狂いはありませんでしたわ!」
「ソフィア様……」
「神の器は、試練を経て、ついにその真の力を覚醒させたのです! 聖女様の過保護なまでの守護を振り切り、自らの意志で奇跡を体現する……! なんて、なんて、尊い物語なのでしょう!」
……勘違いは、さらに斜め上の方向へと加速していた。だが今の俺には、その勘違いすらも、ありがたく思えた。
彼女もまた、俺を信じ、応援してくれていた、大切な友人なのだから。
俺たちは、四人で顔を見合わせ、そして自然と笑い合った。
そうだ。ここが俺の居場所だ。
俺が守りたかった帰るべき場所。
◇
俺たちがクラスの喫茶店の準備に戻ると、そこは英雄の凱旋を迎えるかのような大騒ぎになっていた。
「アラン! よくやった!」
「お前、マジで見直したぜ!」
「うちのクラスから、英雄が出たぞー!」
クラスメイトたちが、俺の肩を叩き背中を押し手荒い祝福をしてくれる。もう、誰も俺を「聖女のペット」だなんて思っていない。
俺は、ようやくこのクラスの本当の一員になれたのだ。喫茶店の営業が始まると、店はすぐに満員になった。
「武術大会の英雄がいる店」という噂があっという間に広まったらしい。
俺は、ウェイターとして注文を取ったり、料理を運んだり大忙しだった。
「アラン様! 『奇跡のクッキー』を、一つ!」
「俺にも! あの勝利のパワーにあやかりたい!」
客たちは口々にそう言って、俺に笑顔を向けてくる。
俺は、その一つ一つに「はい、喜んで!」と、心の底からの笑顔で、応えることができた。
しかし、その喧騒に満ちた幸福な光景を教室の入り口の影から、じっと、見つめている人影が一つあった。またしてもリリシア様だ。
彼女は、店の中には入ってこない。
ただ、遠くから忙しそうに立ち働き、友人たちと笑い合う俺の姿を静かに見つめているだけ。
その表情は、誰にも読み取ることができなかった。
彼女はどう思っているのだろう。
自分の知らない場所で、自分の知らない顔で笑う、俺を見て。自分の手を離れ、自分の世界を築き始めた、俺を見て。
俺は、ふと、彼女と視線が合ったような気がした。彼女は、驚いたように少しだけ肩を揺らすと、ふいっと顔を背け、その場から音もなく立ち去ってしまった。
その背中は、どこか迷子の子供のように小さく寂しげに見えた。
俺は、胸の奥にまた、ちくりとした痛みを感じた。戦いは、まだ終わっていない。
本当に向き合うべき相手はクレインのような分かりやすい敵じゃない。
俺は、賑やかな店の中で一人静かに決意を新たにしていた。本当に救うべきは彼女の、その孤独な魂なのかもしれない、と。
1
あなたにおすすめの小説
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。
彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。
そして....彼の身体は大丈夫なのか!?
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる