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30話 祭りの終わり
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俺たちのクラスの喫茶店は、最終的に学園祭の売上レコードを大幅に更新して、最優秀クラス賞を受賞した。
『英雄アランと聖女リリシアが愛を込めて作った、奇跡のクッキー』は、伝説のアイテムとして閉会後も高値で取引されているらしい。
俺はクラスメイトたちに胴上げされ、ジュリアス様には「まあ、やるじゃないか」と肩を叩かれ、エマさんには「最高の思い出ができたね!」と満面の笑みを向けられた。
嬉しかった。
心の底から笑うことができた。
俺が自分の意志で守り抜いた、かけがえのない日常。だが、その輪の中心にいればいるほど、俺の心は一人の人物のことで重くなっていた。
◇
学園祭の最後の夜。
全ての出し物が終わり、フィナーレを飾る記念夜会が大講堂で開かれていた。
優雅なワルツの調べ、きらびやかなドレスと礼服。まさしく貴族学園のクライマックスに相応しい光景だ。
俺は、ジュリアス様やエマさん、ソフィア様たちと談笑しながら、その輪の中にいた。
もう、誰も俺を遠巻きに見たりはしない。俺は英雄として、そして一人の友人として、そこにいた。
その時、俺の視線はふと、ホールの一番奥、柱の影に立つ一人の人影を捉えた。
リリシア様だ。
彼女は誰とも言葉を交わさず、ただ一人で壁の華になっていた。友人たちと笑い合う俺の姿をどんな気持ちで見つめているのだろう。
俺が彼女の手を振り払い自分の世界を築いている、この光景を。
以前の彼女なら間違いなく、ここに乗り込んできて俺の腕を取り、「さあ、踊りますわよ」と有無を言わさずに連れ去っていただろう。
だが、今の彼女は動かない。
寂しそうに、そこに佇んでいるだけ。
……ちくしょう。
俺は心の中で悪態をついた。
なんで、俺がそんな顔を見て、罪悪感を覚えなきゃならないんだ。
全部、あんたのせいじゃないか。
そう思うのに。
俺の足は、勝手に彼女の方へと向かっていた。
友人たちの驚いたような視線を背中に感じながら、俺は彼女の前へと歩みを進める。
俺が目の前に立つとリリシア様は驚いたようにびくりと肩を揺らした。
「……リリシア様」
俺は貴族の作法に則って、恭しく片手を差し出した。
「……一曲、踊っていただけませんか」
それは俺から彼女への初めての誘い。
支配されるのではなく、対等なパートナーとしての申し込みだ。
リリシア様は目を丸くして、俺の顔と差し出された手を交互に見つめている。
長い、長い沈黙の後。
彼女は、こくりと頷くと震える指先でそっと、俺の手に自らの手を重ねた。
俺たちはダンスフロアの中央へと進む。
海割りのように周りの生徒たちが、俺たちのために道を開けた。ワルツの、三拍子のリズムに合わせて、ゆっくりと踊り始める。
俺のリードは、まだぎこちない。
だが、もう彼女の足を踏むことはなかった。
「……どうして?」
リリシア様が囁くような声で尋ねた。
「あんたを、一人にしておくのは、なんとなく、寝覚めが悪いんで」
俺の不器用な答えに彼女は何も言わなかった。
「俺は、あんたの人形にはならない」
そう彼女の目を見てはっきりと告げた。
「俺は、俺のままで、あんたの隣に立つ。対等なパートナーとして。……それが嫌なら、それでもいい」
これが俺の答えだ。
彼女の全てを拒絶するのではなく、かといって全てを受け入れるのでもない。
新しい関係を俺から築くのだ。
リリシア様は俺の胸に顔をうずめるように俯いた。その表情は、見えない。
やがて曲が終わりを告げる。
俺たちが動きを止めると彼女は、ぽつりと呟いた。その声は、今まで聞いたことがないほど、か細く脆かった。
「……昔、いたのです」
「え……?」
「私が守れなかった人が。どうしても救えなかった、たった一人の人が。……あなたに、少しだけ、似ていました」
その言葉の意味を俺が問い返す前に、リリシア様は俺の手をそっと離した。
「……おやすみなさい、アランくん」
彼女はそう言うと、俺に背を向け夜会の喧騒の中へと一人消えていった。
もちろん俺はその場に立ち尽くすしかない。
しかし守れなかった人。
俺に、似ている、誰か。
彼女の、あの常軌を逸した執着の、その根源に初めて触れた気がした。
やがて学園祭は終わった。
『英雄アランと聖女リリシアが愛を込めて作った、奇跡のクッキー』は、伝説のアイテムとして閉会後も高値で取引されているらしい。
俺はクラスメイトたちに胴上げされ、ジュリアス様には「まあ、やるじゃないか」と肩を叩かれ、エマさんには「最高の思い出ができたね!」と満面の笑みを向けられた。
嬉しかった。
心の底から笑うことができた。
俺が自分の意志で守り抜いた、かけがえのない日常。だが、その輪の中心にいればいるほど、俺の心は一人の人物のことで重くなっていた。
◇
学園祭の最後の夜。
全ての出し物が終わり、フィナーレを飾る記念夜会が大講堂で開かれていた。
優雅なワルツの調べ、きらびやかなドレスと礼服。まさしく貴族学園のクライマックスに相応しい光景だ。
俺は、ジュリアス様やエマさん、ソフィア様たちと談笑しながら、その輪の中にいた。
もう、誰も俺を遠巻きに見たりはしない。俺は英雄として、そして一人の友人として、そこにいた。
その時、俺の視線はふと、ホールの一番奥、柱の影に立つ一人の人影を捉えた。
リリシア様だ。
彼女は誰とも言葉を交わさず、ただ一人で壁の華になっていた。友人たちと笑い合う俺の姿をどんな気持ちで見つめているのだろう。
俺が彼女の手を振り払い自分の世界を築いている、この光景を。
以前の彼女なら間違いなく、ここに乗り込んできて俺の腕を取り、「さあ、踊りますわよ」と有無を言わさずに連れ去っていただろう。
だが、今の彼女は動かない。
寂しそうに、そこに佇んでいるだけ。
……ちくしょう。
俺は心の中で悪態をついた。
なんで、俺がそんな顔を見て、罪悪感を覚えなきゃならないんだ。
全部、あんたのせいじゃないか。
そう思うのに。
俺の足は、勝手に彼女の方へと向かっていた。
友人たちの驚いたような視線を背中に感じながら、俺は彼女の前へと歩みを進める。
俺が目の前に立つとリリシア様は驚いたようにびくりと肩を揺らした。
「……リリシア様」
俺は貴族の作法に則って、恭しく片手を差し出した。
「……一曲、踊っていただけませんか」
それは俺から彼女への初めての誘い。
支配されるのではなく、対等なパートナーとしての申し込みだ。
リリシア様は目を丸くして、俺の顔と差し出された手を交互に見つめている。
長い、長い沈黙の後。
彼女は、こくりと頷くと震える指先でそっと、俺の手に自らの手を重ねた。
俺たちはダンスフロアの中央へと進む。
海割りのように周りの生徒たちが、俺たちのために道を開けた。ワルツの、三拍子のリズムに合わせて、ゆっくりと踊り始める。
俺のリードは、まだぎこちない。
だが、もう彼女の足を踏むことはなかった。
「……どうして?」
リリシア様が囁くような声で尋ねた。
「あんたを、一人にしておくのは、なんとなく、寝覚めが悪いんで」
俺の不器用な答えに彼女は何も言わなかった。
「俺は、あんたの人形にはならない」
そう彼女の目を見てはっきりと告げた。
「俺は、俺のままで、あんたの隣に立つ。対等なパートナーとして。……それが嫌なら、それでもいい」
これが俺の答えだ。
彼女の全てを拒絶するのではなく、かといって全てを受け入れるのでもない。
新しい関係を俺から築くのだ。
リリシア様は俺の胸に顔をうずめるように俯いた。その表情は、見えない。
やがて曲が終わりを告げる。
俺たちが動きを止めると彼女は、ぽつりと呟いた。その声は、今まで聞いたことがないほど、か細く脆かった。
「……昔、いたのです」
「え……?」
「私が守れなかった人が。どうしても救えなかった、たった一人の人が。……あなたに、少しだけ、似ていました」
その言葉の意味を俺が問い返す前に、リリシア様は俺の手をそっと離した。
「……おやすみなさい、アランくん」
彼女はそう言うと、俺に背を向け夜会の喧騒の中へと一人消えていった。
もちろん俺はその場に立ち尽くすしかない。
しかし守れなかった人。
俺に、似ている、誰か。
彼女の、あの常軌を逸した執着の、その根源に初めて触れた気がした。
やがて学園祭は終わった。
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