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29話 英雄の帰る場所
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俺が貴賓席に背を向け、友人たちの元へと歩き出すと、観客席からは、再び大きな歓声が上がった。
それはクレインを打ち負かした時とは、また違う種類の温かい声援だった。
聖女の寵愛という得体のしれない力にではなく、一人の学生が自らの意志で困難に立ち向かったことへの純粋なエール。
「アランくん!」
最初に駆け寄ってきたのは、エマさんだった。彼女の目には、まだ涙の跡が残っている。
「すごかった……! 本当に、すごかったよ! 私、信じてた!」
「ああ。……心配かけて、ごめんな」
俺がそう言って笑うと、彼女は「ううん!」と力強く首を横に振った。
次にジュリアス様がやれやれといった表情で、俺の肩を軽く叩いた。
「フン。ようやくお飾りの人形から少しはマシな男になったようだな、ウォルトン」
その口調は相変わらず皮肉っぽい。だが、その声には、確かな賞賛の色がこもっていた。
「礼を言うぞ、ジュリアス様。あんたが時間を稼いでくれたおかげだ」
「勘違いするな。僕は、僕の友人が侮辱されるのが気に食わなかっただけだ」
彼が初めて俺のことを「友人」と呼んだ。
俺は、照れくさくて何も言えずに、ただ鼻の頭を掻いた。
そして、最後にソフィア様が侍女を伴って静かに俺の前へと進み出た。
彼女は、うっとりとした熱に浮かされたような瞳で俺を見つめていた。
「アラン様……! ああ、やはり私の目に狂いはありませんでしたわ!」
「ソフィア様……」
「神の器は、試練を経て、ついにその真の力を覚醒させたのです! 聖女様の過保護なまでの守護を振り切り、自らの意志で奇跡を体現する……! なんて、なんて、尊い物語なのでしょう!」
……勘違いは、さらに斜め上の方向へと加速していた。だが今の俺には、その勘違いすらも、ありがたく思えた。
彼女もまた、俺を信じ、応援してくれていた、大切な友人なのだから。
俺たちは、四人で顔を見合わせ、そして自然と笑い合った。
そうだ。ここが俺の居場所だ。
俺が守りたかった帰るべき場所。
◇
俺たちがクラスの喫茶店の準備に戻ると、そこは英雄の凱旋を迎えるかのような大騒ぎになっていた。
「アラン! よくやった!」
「お前、マジで見直したぜ!」
「うちのクラスから、英雄が出たぞー!」
クラスメイトたちが、俺の肩を叩き背中を押し手荒い祝福をしてくれる。もう、誰も俺を「聖女のペット」だなんて思っていない。
俺は、ようやくこのクラスの本当の一員になれたのだ。喫茶店の営業が始まると、店はすぐに満員になった。
「武術大会の英雄がいる店」という噂があっという間に広まったらしい。
俺は、ウェイターとして注文を取ったり、料理を運んだり大忙しだった。
「アラン様! 『奇跡のクッキー』を、一つ!」
「俺にも! あの勝利のパワーにあやかりたい!」
客たちは口々にそう言って、俺に笑顔を向けてくる。
俺は、その一つ一つに「はい、喜んで!」と、心の底からの笑顔で、応えることができた。
しかし、その喧騒に満ちた幸福な光景を教室の入り口の影から、じっと、見つめている人影が一つあった。またしてもリリシア様だ。
彼女は、店の中には入ってこない。
ただ、遠くから忙しそうに立ち働き、友人たちと笑い合う俺の姿を静かに見つめているだけ。
その表情は、誰にも読み取ることができなかった。
彼女はどう思っているのだろう。
自分の知らない場所で、自分の知らない顔で笑う、俺を見て。自分の手を離れ、自分の世界を築き始めた、俺を見て。
俺は、ふと、彼女と視線が合ったような気がした。彼女は、驚いたように少しだけ肩を揺らすと、ふいっと顔を背け、その場から音もなく立ち去ってしまった。
その背中は、どこか迷子の子供のように小さく寂しげに見えた。
俺は、胸の奥にまた、ちくりとした痛みを感じた。戦いは、まだ終わっていない。
本当に向き合うべき相手はクレインのような分かりやすい敵じゃない。
俺は、賑やかな店の中で一人静かに決意を新たにしていた。本当に救うべきは彼女の、その孤独な魂なのかもしれない、と。
それはクレインを打ち負かした時とは、また違う種類の温かい声援だった。
聖女の寵愛という得体のしれない力にではなく、一人の学生が自らの意志で困難に立ち向かったことへの純粋なエール。
「アランくん!」
最初に駆け寄ってきたのは、エマさんだった。彼女の目には、まだ涙の跡が残っている。
「すごかった……! 本当に、すごかったよ! 私、信じてた!」
「ああ。……心配かけて、ごめんな」
俺がそう言って笑うと、彼女は「ううん!」と力強く首を横に振った。
次にジュリアス様がやれやれといった表情で、俺の肩を軽く叩いた。
「フン。ようやくお飾りの人形から少しはマシな男になったようだな、ウォルトン」
その口調は相変わらず皮肉っぽい。だが、その声には、確かな賞賛の色がこもっていた。
「礼を言うぞ、ジュリアス様。あんたが時間を稼いでくれたおかげだ」
「勘違いするな。僕は、僕の友人が侮辱されるのが気に食わなかっただけだ」
彼が初めて俺のことを「友人」と呼んだ。
俺は、照れくさくて何も言えずに、ただ鼻の頭を掻いた。
そして、最後にソフィア様が侍女を伴って静かに俺の前へと進み出た。
彼女は、うっとりとした熱に浮かされたような瞳で俺を見つめていた。
「アラン様……! ああ、やはり私の目に狂いはありませんでしたわ!」
「ソフィア様……」
「神の器は、試練を経て、ついにその真の力を覚醒させたのです! 聖女様の過保護なまでの守護を振り切り、自らの意志で奇跡を体現する……! なんて、なんて、尊い物語なのでしょう!」
……勘違いは、さらに斜め上の方向へと加速していた。だが今の俺には、その勘違いすらも、ありがたく思えた。
彼女もまた、俺を信じ、応援してくれていた、大切な友人なのだから。
俺たちは、四人で顔を見合わせ、そして自然と笑い合った。
そうだ。ここが俺の居場所だ。
俺が守りたかった帰るべき場所。
◇
俺たちがクラスの喫茶店の準備に戻ると、そこは英雄の凱旋を迎えるかのような大騒ぎになっていた。
「アラン! よくやった!」
「お前、マジで見直したぜ!」
「うちのクラスから、英雄が出たぞー!」
クラスメイトたちが、俺の肩を叩き背中を押し手荒い祝福をしてくれる。もう、誰も俺を「聖女のペット」だなんて思っていない。
俺は、ようやくこのクラスの本当の一員になれたのだ。喫茶店の営業が始まると、店はすぐに満員になった。
「武術大会の英雄がいる店」という噂があっという間に広まったらしい。
俺は、ウェイターとして注文を取ったり、料理を運んだり大忙しだった。
「アラン様! 『奇跡のクッキー』を、一つ!」
「俺にも! あの勝利のパワーにあやかりたい!」
客たちは口々にそう言って、俺に笑顔を向けてくる。
俺は、その一つ一つに「はい、喜んで!」と、心の底からの笑顔で、応えることができた。
しかし、その喧騒に満ちた幸福な光景を教室の入り口の影から、じっと、見つめている人影が一つあった。またしてもリリシア様だ。
彼女は、店の中には入ってこない。
ただ、遠くから忙しそうに立ち働き、友人たちと笑い合う俺の姿を静かに見つめているだけ。
その表情は、誰にも読み取ることができなかった。
彼女はどう思っているのだろう。
自分の知らない場所で、自分の知らない顔で笑う、俺を見て。自分の手を離れ、自分の世界を築き始めた、俺を見て。
俺は、ふと、彼女と視線が合ったような気がした。彼女は、驚いたように少しだけ肩を揺らすと、ふいっと顔を背け、その場から音もなく立ち去ってしまった。
その背中は、どこか迷子の子供のように小さく寂しげに見えた。
俺は、胸の奥にまた、ちくりとした痛みを感じた。戦いは、まだ終わっていない。
本当に向き合うべき相手はクレインのような分かりやすい敵じゃない。
俺は、賑やかな店の中で一人静かに決意を新たにしていた。本当に救うべきは彼女の、その孤独な魂なのかもしれない、と。
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