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34話 残された記録
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週末の早朝。
俺たちは、ソフィア様が手配してくれた一台の簡素な馬車に乗り込み、王都を後にした。
表向きは、「歴史研究のための校外学習」。
だが、その実態は聖女の封印された過去を暴くための秘密の旅だ。
メンバーは、俺、ジュリアス様、エマさん、そしてソフィア様の四人。
馬車の中は期待と緊張が入り混じった不思議な空気に満ちていた。
「エルム村は王都から馬車で半日ほどの距離ですわ。森の奥深く、今はもう、地図にもほとんど載っていない、忘れられた場所」
ソフィア様が広げた古い地図を指し示しながら説明する。その横顔は、いつもの優雅な公爵令嬢のものではなく、冒険に胸を躍らせる探検家そのものだった。
「しかし、廃村とはいえ、何が残っているというんだ? 手がかりになるようなものが都合よく見つかるとは思えんが」
ジュリアス様が冷静に、しかしどこか楽しげに疑問を呈する。
「大丈夫だよ! きっと何かあるって! 私の勘が、そう言ってる!」
エマさんは窓の外の景色を眺めながら根拠のない自信に満ち溢れていた。
俺は、そんな仲間たちのやり取りを少しだけ複雑な気持ちで見ていた。
俺一人で、全てを抱え込んでいた時は、こんな気持ちになることなど、なかった。不安と、緊張。それ以上に大きな、大きな信頼感。
俺はもう一人じゃないのだ。
馬車に揺られ、王都の喧騒が遠ざかっていく。
道は次第に険しくなり鬱蒼とした森の中へと入っていった。
やがて御者が馬車の速度を緩める。
「お嬢様。この先に馬車で進める道はございません。ここからは歩いていただくことになります」
俺たちは馬車を降りた。
ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。
目の前には獣道のような、か細い道が森の奥深くへと続いていた。
「ここがエルム村への入り口……」
俺たちは顔を見合わせ、そして覚悟を決めて一歩その道へと足を踏み入れた。
◇
歩くことおよそ一時間。
森の木々が不意に途切れた。
俺たちの目の前にその光景は広がっていた。
朽ち果てた家々。蔦に覆われた石壁。雑草が生い茂り、原型を留めない畑の跡。
そこは時間が完全に止まってしまったかのような静寂の空間――エルム村の廃墟。
「……ひどい」
エマさんが息を呑む。
村のあちこちに粗末な木で作られた小さな墓標が無数に立てられていた。
十年前、ここでどれほどの悲劇が繰り広げられたのか。それを雄弁に物語っていた。
俺たちは、手分けして村の中を探索し始めた。
何か手がかりはないか。記録は残っていないか。ほとんどの家は屋根が崩れ落ち、中に入ることもままならない。
だが、村の一番奥に一際大きく、かろうじて形を保っている建物を見つけた。
村の教会だ。
俺たちは、ぎしりと音を立てる扉を慎重に押し開けた。中は、埃とカビの匂いで満ちていた。
祭壇は崩れ、長椅子は朽ち果てている。だがその奥に、小さな書物庫のような部屋を見つけた。
「あった……!」
ソフィア様の小さな叫び声。
彼女が指さした先には、一冊の分厚い革張りの日誌が奇跡的に、ほとんど損傷のない状態で棚の上に置かれていた。
俺は、震える手でその日誌を手に取った。
表紙にはインクでこう記されていた。
『エルム村教会 滞在記録』
俺たちは、ごくりと唾を呑んだ。
ページをめくる。
そこには最初は穏やかな日常が綴られていた。
だがある日を境に、その内容は一変する。
『灰肺病、発生。最初の犠牲者、マルタ』
『病は、瞬く間に広がり、村は、地獄と化した』
『王都からの支援は、ない。我々は見捨てられた』
そして俺たちは、その日誌の中に何度も何度も繰り返し出てくる、一人の少女の名を見つけた。
『シスター・リリシア。彼女だけが、逃げなかった』
『彼女は、神ではない。ただの、無力な少女だ。だが、彼女は、最後まで、我々と共にいると言った』
『リリシアは、今日も、眠らずに、病人の手を握り続けている。彼女の祈りだけが、我々の、唯一の救いだ』
間違いない。
これがリリシア様の過去の記録だ。
彼女が一人でこの地獄を戦い抜いた、証。
俺は日誌の最後のページを開いた。
そこには今までとは違う、弱々しく、震えるような筆跡で、こう記されていた。
『――今日、最後の一人が、息を引き取った。
――私は、誰も、救えなかった。
――ただの一人も。
――神様。なぜですか。私の祈りは、届かなかったのですか』
そして、その下にはたった一言。
『助けて』
その悲痛な叫びが十年という時を超えて、俺の胸に突き刺さった。
これが彼女の、心の奥底にずっと封印されてきた本当の姿なのだ。
俺は固く日誌を握りしめた。
空はいつの間にか、暗い雲に覆われ、冷たい雨が、ぽつりぽつりと降り始めていた。
俺たちは、ソフィア様が手配してくれた一台の簡素な馬車に乗り込み、王都を後にした。
表向きは、「歴史研究のための校外学習」。
だが、その実態は聖女の封印された過去を暴くための秘密の旅だ。
メンバーは、俺、ジュリアス様、エマさん、そしてソフィア様の四人。
馬車の中は期待と緊張が入り混じった不思議な空気に満ちていた。
「エルム村は王都から馬車で半日ほどの距離ですわ。森の奥深く、今はもう、地図にもほとんど載っていない、忘れられた場所」
ソフィア様が広げた古い地図を指し示しながら説明する。その横顔は、いつもの優雅な公爵令嬢のものではなく、冒険に胸を躍らせる探検家そのものだった。
「しかし、廃村とはいえ、何が残っているというんだ? 手がかりになるようなものが都合よく見つかるとは思えんが」
ジュリアス様が冷静に、しかしどこか楽しげに疑問を呈する。
「大丈夫だよ! きっと何かあるって! 私の勘が、そう言ってる!」
エマさんは窓の外の景色を眺めながら根拠のない自信に満ち溢れていた。
俺は、そんな仲間たちのやり取りを少しだけ複雑な気持ちで見ていた。
俺一人で、全てを抱え込んでいた時は、こんな気持ちになることなど、なかった。不安と、緊張。それ以上に大きな、大きな信頼感。
俺はもう一人じゃないのだ。
馬車に揺られ、王都の喧騒が遠ざかっていく。
道は次第に険しくなり鬱蒼とした森の中へと入っていった。
やがて御者が馬車の速度を緩める。
「お嬢様。この先に馬車で進める道はございません。ここからは歩いていただくことになります」
俺たちは馬車を降りた。
ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。
目の前には獣道のような、か細い道が森の奥深くへと続いていた。
「ここがエルム村への入り口……」
俺たちは顔を見合わせ、そして覚悟を決めて一歩その道へと足を踏み入れた。
◇
歩くことおよそ一時間。
森の木々が不意に途切れた。
俺たちの目の前にその光景は広がっていた。
朽ち果てた家々。蔦に覆われた石壁。雑草が生い茂り、原型を留めない畑の跡。
そこは時間が完全に止まってしまったかのような静寂の空間――エルム村の廃墟。
「……ひどい」
エマさんが息を呑む。
村のあちこちに粗末な木で作られた小さな墓標が無数に立てられていた。
十年前、ここでどれほどの悲劇が繰り広げられたのか。それを雄弁に物語っていた。
俺たちは、手分けして村の中を探索し始めた。
何か手がかりはないか。記録は残っていないか。ほとんどの家は屋根が崩れ落ち、中に入ることもままならない。
だが、村の一番奥に一際大きく、かろうじて形を保っている建物を見つけた。
村の教会だ。
俺たちは、ぎしりと音を立てる扉を慎重に押し開けた。中は、埃とカビの匂いで満ちていた。
祭壇は崩れ、長椅子は朽ち果てている。だがその奥に、小さな書物庫のような部屋を見つけた。
「あった……!」
ソフィア様の小さな叫び声。
彼女が指さした先には、一冊の分厚い革張りの日誌が奇跡的に、ほとんど損傷のない状態で棚の上に置かれていた。
俺は、震える手でその日誌を手に取った。
表紙にはインクでこう記されていた。
『エルム村教会 滞在記録』
俺たちは、ごくりと唾を呑んだ。
ページをめくる。
そこには最初は穏やかな日常が綴られていた。
だがある日を境に、その内容は一変する。
『灰肺病、発生。最初の犠牲者、マルタ』
『病は、瞬く間に広がり、村は、地獄と化した』
『王都からの支援は、ない。我々は見捨てられた』
そして俺たちは、その日誌の中に何度も何度も繰り返し出てくる、一人の少女の名を見つけた。
『シスター・リリシア。彼女だけが、逃げなかった』
『彼女は、神ではない。ただの、無力な少女だ。だが、彼女は、最後まで、我々と共にいると言った』
『リリシアは、今日も、眠らずに、病人の手を握り続けている。彼女の祈りだけが、我々の、唯一の救いだ』
間違いない。
これがリリシア様の過去の記録だ。
彼女が一人でこの地獄を戦い抜いた、証。
俺は日誌の最後のページを開いた。
そこには今までとは違う、弱々しく、震えるような筆跡で、こう記されていた。
『――今日、最後の一人が、息を引き取った。
――私は、誰も、救えなかった。
――ただの一人も。
――神様。なぜですか。私の祈りは、届かなかったのですか』
そして、その下にはたった一言。
『助けて』
その悲痛な叫びが十年という時を超えて、俺の胸に突き刺さった。
これが彼女の、心の奥底にずっと封印されてきた本当の姿なのだ。
俺は固く日誌を握りしめた。
空はいつの間にか、暗い雲に覆われ、冷たい雨が、ぽつりぽつりと降り始めていた。
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