45 / 46
最終話 俺たちの日常が始まる
しおりを挟む
査問会という名の嵐が過ぎ去り、学園には嘘のような平穏が訪れていた。
聖女リリシアは、俺という『公式監督役』の監視下におかれることを条件に、その咎を全て許された。
その日の放課後。
俺は一人、中庭のベンチに座り、空を眺めていた。これからのことを考えていたのだ。
彼女の監督役として、彼女の隣に立つことを受け入れた。
一体、この先どんな日々を送るのだろうか、と。
「――アランくん」
不意に名前を呼ばれ顔を上げる。
そこに立っていたのは、リリシアだった。
彼女は、少しだけ俯きながら、小さなバスケットを、俺の前にそっと差し出した。
「あの……もし、よろしければ……お茶、でも、いかがですか?」
そのおそるおそるといったような、上目遣いの問いかけ。かつての、有無を言わせぬ、強引な彼女の姿は、今やどこにもない。
そんな状況に俺は思わず笑ってしまった。
「ああ。喜んで」
俺たちが、並んでベンチに座り、彼女が淹れてくれた少しぬるい紅茶を飲む。
気まずい沈黙が続く。
だが、決して不快なものではなかった。
お互いが、新しい二人の距離感を探っているような、そんなむずがゆい時間。
先に口を開いたのは、もちろん彼女だった。
「……私、本当にあなたに、酷いことをしました。許されるとは、思っていません」
「もう、いいんだ。その話は」
俺は空を見上げたまま言った。
「確かに、最初は、あんたから逃げ出すことしか考えてなかった。正直に言って、ヤバいストーカーだと思ってたしな」
彼女の肩がびくりと震える。
「でも」と俺は続けた。
「でも、あんたの、不器用なところも、寂しがり屋なところも、誰かのために無茶をするところも、全部知った。……馬鹿みたいだけど、放っておけないんだよ、俺は」
俺は彼女の驚いたように見開かれた、翠色の瞳をまっすぐに見つめた。
「だから、これは監督役としての、初めての、そして最後の命令だ」
俺は、少しだけ意地悪く笑ってみせた。
「もう、一人で勝手にいなくなるな。俺のそばにずっといろ。……わかったか?」
それは、かつて彼女が、俺に押し付けてきた歪んだ独占欲の言葉。だが、俺の口から発せられたその言葉は、全く違う意味を持っている。
不器用な、俺なりの告白。
そして、彼女を二度と一人にはしないという誓いの言葉だ。
リリシア様の瞳から、大粒の透明な涙が一筋こぼれ落ちた。
だが、その顔は、今まで俺が見た中で一番、美しく幸せそうに笑っていた。
「……はいっ!」
彼女は子供のように力一杯頷いた。
「はいっ! 私のアラン様!」
◇
――こうして俺の受難の日々は、終わりを告げた。……かのように、思われた。
「アラン様! 明日の朝食は、愛を込めた特製のオムレツにしますわ! 腕によりをかけて作りますからね!」
「アランくん、おはよう! 今日もリリシア先生と一緒なんだね! 本当に仲がいいんだからー!」
「フン。ウォルトン。あまり聖女殿を甘やかすなよ。監督役は君なのだからな」
「アラン様とリリシア様の尊い関係……! ああ、今日も、一日頑張れますわ!」
俺の周りは相変わらず騒がしい。
そして俺の隣には、甲斐甲斐しく、時々、暴走しそうになりながら、俺の世話を焼こうとする一人の聖女様。
「リリシア。頼むから、料理だけは、もうしないでくれ。な? 俺が作るから」
「まあ、アランくんの手料理! 嬉しいですわ! では、私が、あーんしてさしあげます!」
「それも、いらん!」
付きまとわれていたはずの俺の日常は、いつの間にか、世界で一番手のかかる聖女様の世話を焼く、騒がしくも、まあ、悪くない日々に変わっていた。
美少女にモテたい、という俺のささやかな願望は、少しだけ形を変えて、でも確かに叶えられたのかもしれない……。
いや、これは叶ったと言えるのか……?
聖女リリシアは、俺という『公式監督役』の監視下におかれることを条件に、その咎を全て許された。
その日の放課後。
俺は一人、中庭のベンチに座り、空を眺めていた。これからのことを考えていたのだ。
彼女の監督役として、彼女の隣に立つことを受け入れた。
一体、この先どんな日々を送るのだろうか、と。
「――アランくん」
不意に名前を呼ばれ顔を上げる。
そこに立っていたのは、リリシアだった。
彼女は、少しだけ俯きながら、小さなバスケットを、俺の前にそっと差し出した。
「あの……もし、よろしければ……お茶、でも、いかがですか?」
そのおそるおそるといったような、上目遣いの問いかけ。かつての、有無を言わせぬ、強引な彼女の姿は、今やどこにもない。
そんな状況に俺は思わず笑ってしまった。
「ああ。喜んで」
俺たちが、並んでベンチに座り、彼女が淹れてくれた少しぬるい紅茶を飲む。
気まずい沈黙が続く。
だが、決して不快なものではなかった。
お互いが、新しい二人の距離感を探っているような、そんなむずがゆい時間。
先に口を開いたのは、もちろん彼女だった。
「……私、本当にあなたに、酷いことをしました。許されるとは、思っていません」
「もう、いいんだ。その話は」
俺は空を見上げたまま言った。
「確かに、最初は、あんたから逃げ出すことしか考えてなかった。正直に言って、ヤバいストーカーだと思ってたしな」
彼女の肩がびくりと震える。
「でも」と俺は続けた。
「でも、あんたの、不器用なところも、寂しがり屋なところも、誰かのために無茶をするところも、全部知った。……馬鹿みたいだけど、放っておけないんだよ、俺は」
俺は彼女の驚いたように見開かれた、翠色の瞳をまっすぐに見つめた。
「だから、これは監督役としての、初めての、そして最後の命令だ」
俺は、少しだけ意地悪く笑ってみせた。
「もう、一人で勝手にいなくなるな。俺のそばにずっといろ。……わかったか?」
それは、かつて彼女が、俺に押し付けてきた歪んだ独占欲の言葉。だが、俺の口から発せられたその言葉は、全く違う意味を持っている。
不器用な、俺なりの告白。
そして、彼女を二度と一人にはしないという誓いの言葉だ。
リリシア様の瞳から、大粒の透明な涙が一筋こぼれ落ちた。
だが、その顔は、今まで俺が見た中で一番、美しく幸せそうに笑っていた。
「……はいっ!」
彼女は子供のように力一杯頷いた。
「はいっ! 私のアラン様!」
◇
――こうして俺の受難の日々は、終わりを告げた。……かのように、思われた。
「アラン様! 明日の朝食は、愛を込めた特製のオムレツにしますわ! 腕によりをかけて作りますからね!」
「アランくん、おはよう! 今日もリリシア先生と一緒なんだね! 本当に仲がいいんだからー!」
「フン。ウォルトン。あまり聖女殿を甘やかすなよ。監督役は君なのだからな」
「アラン様とリリシア様の尊い関係……! ああ、今日も、一日頑張れますわ!」
俺の周りは相変わらず騒がしい。
そして俺の隣には、甲斐甲斐しく、時々、暴走しそうになりながら、俺の世話を焼こうとする一人の聖女様。
「リリシア。頼むから、料理だけは、もうしないでくれ。な? 俺が作るから」
「まあ、アランくんの手料理! 嬉しいですわ! では、私が、あーんしてさしあげます!」
「それも、いらん!」
付きまとわれていたはずの俺の日常は、いつの間にか、世界で一番手のかかる聖女様の世話を焼く、騒がしくも、まあ、悪くない日々に変わっていた。
美少女にモテたい、という俺のささやかな願望は、少しだけ形を変えて、でも確かに叶えられたのかもしれない……。
いや、これは叶ったと言えるのか……?
15
あなたにおすすめの小説
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。
彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。
そして....彼の身体は大丈夫なのか!?
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる