偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと

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​第2話 辺境の街と、埃まみれの格安物件

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 王都を出てから馬車に揺られること一週間。

 私は北の最果てにある街、ノースガルドに降り立った。

​「……さむっ!」

​ 馬車から降りた瞬間、肌を刺すような冷気が全身を包み込んだ。

 さすがは北の辺境。
 王都とは空気がまるで違う。
 空は鉛色で、行き交う人々は皆、毛皮のついた分厚いコートを着込み、腰には剣や斧をぶら下げている。

​(冒険者や傭兵が多い街……。うん、活気があっていい感じ)

​ 私は身震いしつつも、期待に胸を膨らませた。
 ここノースガルドは、魔物の領域に近い最前線の街だ。
 危険と隣り合わせだが、その分、珍しい魔物肉や高山植物、極寒の海で獲れる魚介類など、王都ではお目にかかれない食材の宝庫でもある。

​ 懐には、王城を追い出される際にくすねてきた……もとい、正当な権利として頂いた僅かな退職金が入っている。
 これで当面の生活基盤を整えなくては。

​「まずは、住む場所と店舗ね」

​ 私は大通りにある『商業ギルド』の扉を勢いよく開けた。

​ ***

​「……お嬢ちゃん。本気で言ってるのか?」

​ ギルドのカウンターで恰幅のいい髭面の職員が呆れたように私を見ていた。

​「本気です。住居付きで、飲食店ができる店舗物件を探しています。あ、家賃はできるだけ安めでお願いします」

​「あのなぁ。ここは王都のおままごととは訳が違うんだ。こんな華奢な嬢ちゃんが店を開いたところで、荒くれ者の冒険者たちに絡まれて泣いて帰るのがオチだぞ」

​「大丈夫です。私、これでもメンタルは鍛えられてますから」

​ 何せ一年間、あの性悪聖女ミリアと見る目のない王太子に虐げられてきたのだ。
 酔っ払いの冒険者くらい、どうということはない。

​ 私の揺るがない視線に職員のおじさんは渋々といった様子で分厚いファイルを取り出した。

​「はぁ……忠告はしたからな。安い物件となると、これくらいしか残ってねぇよ」

​ 彼が指差したのは、街のメイン通りから一本裏に入った路地裏の物件だった。
 かつては酒場だったらしいが、前の店主が夜逃げしてから三年以上放置されているという。

​「家賃は格安。調理設備もそのまま残ってる。ただし――」

​「ただし?」

​「『出る』って噂だ。幽霊がな」

​「あら、素敵」

​「は?」

​「あ、いえ。何でもありません。内見、行けますか?」

​ 幽霊くらいなら【浄化クリーン】の魔法でなんとかなるだろう。

 私はおじさんを急かし、その物件へと案内してもらうことにした。

​ ***

​「ここだ」

​ 案内されたのは、石造りの二階建ての建物だった。外壁には蔦が絡まり、看板は傾いて今にも落ちそうだ。
 おじさんが重い鍵を開け、ギギギ……と嫌な音を立てて扉を開く。

​「うわっ、けほっ、けほっ!」

​ 中に入った瞬間、猛烈な埃とカビの臭いが襲ってきた。

​ 店内は悲惨な有様だった。
 テーブルや椅子は散乱し、蜘蛛の巣がカーテンのように垂れ下がっている。床は泥と油汚れで黒ずみ、ネズミが走り回った跡もある。
 カウンターの奥の厨房なんて、直視するのも恐ろしい状態だ。

​「……見ての通りだ。掃除業者を入れるだけでも金がかかる。悪いことは言わねぇ、やめておけ」

​ おじさんは鼻をつまみながら首を振った。
 確かに普通の人なら回れ右をして逃げ出すレベルの廃墟だ。けれど、私の目は輝いていた。

​(構造はしっかりしてる。広さも十分。何より、この汚れ……!)

​ 私の指先がうずうずする。
 王城でのストレスフルな生活の中で、私が唯一心の安らぎとしていたのが『掃除』だった。

 汚ければ汚いほど、私の【生活魔法】は真価を発揮するのだ。
 この惨状を一瞬でピカピカに磨き上げた時の爽快感を想像すると、口元が緩んでしまう。

​「気に入りました」

「はあ!?」

「ここ、借ります。契約書にサインしますね」

​「お、おい、正気か!? 掃除するだけでも一ヶ月はかかるぞ!」

​「ふふ、問題ありません」

​ 私はニッコリと笑って、埃まみれのカウンターを指でなぞった。

​「私には、とっておきの『魔法』がありますから」
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