偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと

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​第4話 氷の騎士様は、無言で席に着く

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 翌日。
 私は看板の埃を払い、「営業中」の札を掲げて店の扉を開けた。

 店名は『食堂 陽だまり亭』。

 センスがない? 
 いいの、わかりやすさが一番だから。

​ しかし――。

​「……来ないわね」

​ ランチタイムのピークを過ぎても客足はゼロ。
 まあ、路地裏の元廃墟だし、そう簡単にはお客さんは来ないか。

 私はカウンターで頬杖をつき、窓の外をぼんやりと眺めていた。

​カラン、コロン。

​ 不意にドアベルが鳴った。

 おっ、記念すべき第一号のお客様!?

​「いらっしゃいま――」

​ 満面の笑みで顔を上げた私は、言葉を喉に詰まらせた。入ってきたのは、壁のように大きな男の人だった。
 身長は190センチを超えているだろうか。全身を漆黒の騎士服で包み、腰には長剣を帯びている。

 そして何より目を引くのは、その容姿だ。
​ 銀色の髪は雪のように冷たく輝き、切れ長の瞳は凍てつくようなアイスブルー。
 整いすぎているがゆえに作り物の彫像のような冷徹さを感じさせる美貌。

​(ひ、ヒエッ……!)

​ 私は思わずカウンターの下に隠れたくなった。
 だって、どう見てもカタギじゃない。
 街の人が噂していた「北の魔王」とか、そういう類の人じゃなかろうか。
 彼は店の中を鋭い視線で一瞥すると、私のいるカウンターへと大股で歩み寄ってきた。

 ガチャリ、と腰の剣が鳴る。

​(な、なになに? 私、何か法に触れることした? 営業許可証はちゃんと出したわよ!?)

​ 心臓が早鐘を打つ中、彼は私の目の前の椅子を引き、ドカリと腰を下ろした。
 そして凍えるような青い瞳で私をじっと見下ろす。

​「…………」

「…………」

​ 沈黙。怖い。息ができない。
 何か言ってください、お願いですから!

​「……飯を」

​ 重低音の地を這うような声だった。

​「は、はい?」

​「飯だ。昨日の……匂いのやつを」

​「あ、お食事ですね! かしこまりました!」

​ なんだ、ご飯を食べに来ただけか。

 私はホッと胸を撫で下ろした。どうやら昨日のオムレツの匂いに釣られて来てくれたらしい。

​「ただ、昨日のサンドイッチは材料がなくて……。今日は『厚切りオーク肉のジンジャーソテー』になりますが、よろしいですか?」

​「……構わん」

​ 彼は短く答えると腕を組んで目を閉じた。
 会話終了の合図らしい。

​ 私は急いで厨房に入り、調理を開始する。
​ メイン食材は、朝一番に市場で仕入れた新鮮なオーク肉。脂身が甘くて美味しいのだが、少し筋っぽくて臭みがあるのが難点だ。
 普通なら香草に一日漬け込む必要があるけれど、私にはこれがある。

​(美味しくなぁれ! 【下処理テンダライズ】!)

​ 生活魔法の一つ、食材の下処理を一瞬で終わらせる魔法だ。これで肉の筋は解け、臭みだけが消えて旨味が凝縮される。

​ 熱したフライパンに肉を投入すると、ジュウウウッ!と食欲をそそる音が響いた。
 表面に焼き色がついたら特製の生姜醤油ソースを回しかける。焦げた醤油と生姜の香りが爆発的に店内に広がった。

​ チラリと客席を見ると、騎士様のピクリとも動かなかった肩がわずかに震えたような気がした。

​「お待たせいたしました!」

​ 私は出来上がった料理を盆に乗せて運んだ。
 大皿には、テラテラと輝く飴色のオーク肉と付け合わせのキャベツの山。そして湯気の立つ焼きたてパンと野菜スープ。

​ ドン、と目の前に置くと騎士様はゆっくりと目を開けた。

​「…………」

​ 彼は無言でフォークを手に取り、肉を突き刺した。
 そして大きな口へ運ぶ。

​(どうかな……? 口に合うといいんだけど)

​ 私は固唾を飲んで見守った。

 彼は咀嚼し、そして動きを止めた。

​カチャン。

 フォークが皿に落ちる音が静寂の中に響く。

​ えっ、まさか不味かった?
 やっぱりオーク肉の臭みが残っていたのかしら。それとも味が濃すぎた?

 不安になって顔を覗き込むと、彼は呆然とした表情で自分の手を見つめていた。

​「……味が、する」

​「はい?」

​「砂じゃない。泥でもない……これは、肉の味だ」

​ 彼は震える声でそう呟くと、猛然とフォークを動かし始めた。さっきまでの優雅な動作が嘘のように一心不乱に肉を口に運び、パンをかじり、スープを流し込む。
​ その勢いは、まるで何年も飢えていた獣のようだった。

​「あ、あの、お水のおかわりは……」

​ 声をかける暇もない。
 あっという間に大皿の料理は消え失せ、彼は最後に残ったソースさえもパンで綺麗に拭って食べてしまった。

​ 完食してしまった。
 彼はふぅ、と深く息を吐き、ゆっくりと私の方を向いた。その瞳にあった氷のような冷たさは消え、代わりに熱っぽい光が宿っている。

​「……お代わりだ」

「えっ」

「あるだけ全部くれ。金ならいくらでも払う」

​ ――どうやら私、とんでもない胃袋を掴んでしまったようです。
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