辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと

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1章 現人神、ヴァルハラに降臨す(勘違い)

3話 神の威厳(ただの寝起き)

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 俺が次に目を覚ましたのは、太陽が真上に昇った頃だった。
 たっぷり三時間は寝ただろうか。実に有意義な時間だった。

「ふぁ……あ」

 大きなあくびを一つして、ベッドから体を起こす。
 外から聞こえていた喧騒は、いつの間にか止んでいた。

「……さすがに、飽きたか」

 そりゃそうだろう。何もない地面を掘ったところで、水なんて出るわけがない。聖女様の無責任な神託という名の思いつきに踊らされた村人たちも、今頃は自分たちの愚かさに気づいて、いつもの気だるい日常に戻っているに違いない。

(よしよし、これでまた平和な昼寝ライフが戻ってくる)

 俺は満足げに頷き、腹の虫が鳴ったのに気づいた。

 昼飯の時間だ。今日のメニューは、もちろんジャガイモだろう。
 寝間着のまま部屋を出て、食堂へ向かう。
 すると、館の玄関が開け放たれているのが見えた。セバスが誰かと話しているようだ。

「……というわけで、我が主、アッシュ様の神託通り、巨大な水脈を掘り当てました。これもひとえに、神の御力と聖女セレスティア様のお導きのおかげにございます」

 ん?
 村長の声だ。なんだか、やけに弾んでいる。
 そして、今、聞き捨てならないことを言わなかったか?

「水脈を、掘り当てた……?」

 俺が呆然と呟きながら玄関に近づくと、俺の姿に気づいた村長と、その場にいた数人の村人たちが、ビクッと体を震わせた。そして次の瞬間、その場にいた全員が、まるで申し合わせたかのように、俺に向かって深々と頭を下げたのだ。

「「「おお、アッシュ様!」」」

「は?」

 何、この反応。
 昨日までは、ただの「領主様」だったのに。明らかに、畏怖と、そして熱狂のようなものが彼らの目に宿っている。

 俺の困惑をよそに、聖女セレスティアが、どこからともなく現れて俺の隣にすっと立った。 その顔は、達成感と俺への揺るぎない信仰心で輝いている。

「ご覧ください、我が主。あなたの信徒たちが、あなた様の神託に応え、見事、奇跡を成し遂げました」

「奇跡って……。ちょっと水が湧いただけだろ? そんな大げさな」

 俺は寝起きの不機嫌さもあって、ぶっきらぼうにそう言った。 
 どうせ、泥水がちょろちょろと滲み出た程度に違いない。そんなことでいちいち騒がれては、昼寝の妨げになる。
 しかし、その俺の態度が、またしても彼らの信仰心を燃え上がらせることになった。

「……なんと」

村長が感嘆の声を漏らす。

「これほどの奇跡を目の当たりにしても、眉一つ動かされないとは……!」

「まるで、この結果が当然のことだとおっしゃるような、この落ち着き払いよう……!」

「これが……これが神の威厳……!」

 村人たちが、ヒソヒソと、しかし興奮を隠しきれない様子で囁き合っている。

 いや、違う。俺はただ、寝起きで機嫌が悪いだけだ。状況もよく分かってないし。

 セレスティアが、うっとりとした表情で俺を見上げ、解説を加えてくれる。

「あなた様にとっては、天地を創造するがごとき奇跡すら、日常の些細な出来事に過ぎないのですね。我々、定命の者には計り知れない、その深遠なる御心……! ああ、アッシュ様!」

 もう、何を言っても無駄だ。 
 俺は諦めて、一番気になっていたことを口にした。

「……で、飯は?」

 腹が減ったんだ。ジャガイモをくれ。
 その、あまりにも俗っぽい俺の一言に、しかし、聖女はまたしても天啓を得たかのように目を見開いた。

「『飯は?』……! そうでしたか! 神は、我らが成した偉業を労い、祝宴を開くことをお望みなのです!」

「いや、俺の昼飯が」

「そして、この貧しい食生活を改善せよ、と! 聖なる糧セント・ポテトのみにあらず、多様な恵みを食卓に並べることで、民の幸福を追求せよと、そうお命じです!」

 俺の言葉は、見事に上書きされた。

 セレスティアは村人たちに向き直ると、再び高らかに宣言する。

「皆さん! 神は、我らの働きを喜び、新たなる神託をお与えくださいました! この新たなる水源を用い、畑を潤し、ジャガイモ以外の作物……麦を! 豆を! 野菜を作るのです! そして今宵は、神の奇跡と、我らの未来を祝う宴を開きましょう!」

「「「うおおおおおおお!!」」」

 地鳴りのような歓声が、ヴァルハラ領に響き渡った。
 さっきまで死んだ魚のような目をしていた村人たちが、今や立派な「信者」の顔つきになっている。彼らは、俺がただのグータラ領主ではなく、本物の奇跡を起こす神だと、完全に信じきってしまったのだ。

 その日の午後、俺は半ば無理やり、村人たちが掘り当てたという「奇跡の現場」に連れていかれた。

 そして、自分の目を疑った。

 村の東側の、少し開けた場所。
 そこに巨大な池と見紛うほどの、巨大な水たまりができていた。いや、水たまりじゃない。澄んだ水が、絶え間なく地面から湧き出し、小さな川となって低い方へと流れていっている。

「……マジか」

 本当に、巨大な水脈を掘り当てやがった。
 偶然だ。絶対に偶然だ。だが、この熱狂した信者たちに、そんな正論が通じるはずもない。

 彼らは、この奇跡の泉を「神の涙」と名付け、そのほとりに小さな祭壇を作り、俺の神像を祀る準備まで始めていた。ちなみに神像の材料は、そこらへんに落ちていた木切れだ。

 その夜。
 領主館の前の広場では、盛大な宴が開かれた。火が焚かれ、村人たちがなけなしの食料を持ち寄る。もちろん、メインディッシュは山盛りの茹でジャガイモと、焼いたジャガイモだ。

 俺は、上座に無理やり座らされ、信者たちの熱い視線を一身に浴びていた。
 居心地が悪いこと、この上ない。

「アッシュ様! どうか一言!」

 村長に促され、俺はため息をつきながら立ち上がった。
 もう、どうにでもなれ。

「……ジャガイモばっかで、飽きた」

 俺がボソリとそう言うと、信者たちは一瞬静まり返った後、再び「おおお!」と熱狂の渦に包まれた。

「神は、やはり我らの未来を見ておられる!」

「明日の日の出と共に、畑を耕すぞ!」

「麦だ! 麦を作って、パンを焼いて、アッシュ様に献上するんだ!」

 俺はただ、塩味以外のジャガイモが食いたいって言っただけなのに。

 こうして、俺のグータラライフは、本人の意思とは裏腹に、領地改革という名の面倒ごとへと、本格的に巻き込まれていくことになった。
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