辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと

文字の大きさ
2 / 45
1章 現人神、ヴァルハラに降臨す(勘違い)

2話 動き出す信者たち

しおりを挟む
 翌朝。
 小鳥のさえずり……なんていうファンシーなものとは程遠い、カラスのやかましい鳴き声で俺は目を覚ました。

「……夢、か」

 そうだ、夢に違いない。
 王都から来たっていう、ちょっと頭のネジが緩んだ聖女様が俺を神様だと勘違いして、茹でジャガイモを「聖なる糧セント・ポテト」とか呼んで感動してたなんて、そんな馬鹿げた話があるもんか。

 きっと疲れてたんだ、俺。
 うん、そうに違いない。二度寝しよ。

 俺が再びまぶたを閉じようとした、その時だった。

「おお、偉大なる我らが主、アッシュ様! 昇りゆく太陽は、あなたの栄光の始まりを告げるかのごとく、かくも美しく輝いております!」

 窓の外から、朗々と響き渡る声。
 ……気のせいだ。空耳だ。

「このヴァルハラの地に満ちる清浄な空気! これも全て、アッシュ様がこの地に満たしてくださった神聖なマナの息吹なのでしょう! ああ、なんという幸福!」

 ……ダメだ。幻聴が止まらない。

 俺はのそりとベッドから起き上がると、恐る恐る、木の窓を少しだけ開けて外を覗き込んだ。

 そこには、信じがたい光景が広がっていた。

 領主館の前の何もない広場。その中央で、あの銀髪の聖女――セレスティアが、朝日を浴びながら天に両手を掲げ、祈りを捧げている。
 その周りには、村の連中が十数人、何事かと遠巻きに集まってヒソヒソと噂話をしていた。

「おい、あれ、本当に王都の聖女様なのか?」

「みたいだぞ。昨日の夕方、領主様の館に入っていくのを見た」

「なんでまた、こんな何もない村に……」

「しかも、なんか領主様のこと『神』とか呼んでなかったか?」

 夢じゃ、なかった……!

 俺はバタンと窓を閉め、頭を抱えてその場にうずくまった。

 どうする。どうすればいい。

 あの電波聖女、本気で俺を神様だと信じ込んでいる。このままじゃ、俺の穏やかなグータラライフが、めちゃくちゃにされてしまう。

 説得しよう。そう、説得するんだ。

 俺は神じゃない、ただのグータラな貧乏貴族の三男なんだと、分からせてやる。

 俺は寝間着のままの姿で、勢いよく部屋を飛び出した。

「セレスティア殿! ちょっといいか!」

 俺が館の玄関から叫ぶと、祈りのポーズを解いた彼女は、うっとりとした表情で振り返り、俺の元へ駆け寄ってきた。

「はい、我が主! このセレスティアに、何なりとお申し付けください!」

 そのキラキラした瞳に一瞬ひるみそうになるが、ここで負けるわけにはいかない。

「単刀直入に言う。俺は神じゃない」

「はい! 存じております!」

 ……え?
 まさか、一言で分かってくれたのか?

 俺が安堵の息を漏らしたのも束の間、セレスティアは胸に手を当て、恍惚とした表情で言葉を続けた。

「あなた様は、神が人の姿をとってこの世に現れた『現人神』。神そのものでありながら、人としての謙虚さをもお持ちなのですね……! なんという御心の深さ! 私、感動で胸が張り裂けそうです!」

 ダメだ。話が通じない。
 完全に相互理解が不可能だ。

「違う、そうじゃない! 俺はただの人間で、何の力もない! むしろ無能だ! 分かるか!? 無・能!」

「まあ! ご自身をそのように……! それはきっと、我々か弱き者に寄り添うため、あえてご自身の御力を律しておられるのですね! そのお姿、まさしく慈愛の神そのもの!」

「ああもう、面倒くさい……!」

 俺が思わず本音を漏らすと、セレスティアはハッとしたように目を見開いた。

「『面倒くさい』……! そうでしたか! 俗世のあらゆるしがらみ、地位や名誉、富、そういったものから解き放たれることこそが真の幸福であると、そうお示しなのですね! 深遠なる教え、このセレスティアの魂に、確かに刻み込みました!」

 こいつ、俺の言葉を全部、自分に都合のいい神託に変換する能力でも持ってるのか?
 もはや説得は不可能だと悟った俺は、最後の手段に出ることにした。

「……頼むから、王都に帰ってくれ」

 もう、お願いするしかない。
 俺の悲痛な叫びに、しかし、セレスティアは悲しげに首を横に振った。

「それは、できかねます。いいえ……あなた様は、私めの信仰心を試しておられるのですね?」

「試してない」

「分かります。この程度の試練でくじけるようでは、神の使徒たる資格はない、と。ご安心ください、我が主よ! たとえこの身が朽ち果てようとも、私はあなた様のお側を離れません!」

 完全に、詰んだ。
 俺がその場で膝から崩れ落ちそうになっていると、遠巻きに見ていた村人たちが、おずおずと近づいてきた。代表して口を開いたのは、この村の村長である、白鬚の爺さんだった。

「あ、あのぅ、領主様……。こちらのお方は、一体……?」

 村長の問いに、俺はもうどうでもよくなっていた。

 疲れた。もう何も考えたくない。
 昼寝がしたい。

「ああ、村長か。なんか、王都から来た聖女様だそうだ。この土地を発展させたいんだとさ。……もう好きにさせてやれ」

 俺は投げやりに、そう吐き捨てた。
 その瞬間だった。

「……! 聞きましたか、皆さん!」

 俺の言葉に、聖女セレスティアが雷に打たれたかのように反応した。彼女は村人たちの方へと向き直ると、高らかに両腕を広げて叫んだ。

「たった今! 神より、このヴァルハラ領の開拓に関する、正式な御許可が下りました!」

「「「おお……!」」」

 村人たちが、どよめく。
 いやいや、俺はただ「好きにしろ」って言っただけだぞ。許可とか、そんな大層なもんじゃない。
 だが、暴走特急と化した聖女は、もう誰にも止められない。

「神は、汝らの働きに期待しておられます! 我らが主の御名において、この痩せた大地を、神の祝福に満ちた黄金の大地へと変えるのです!」

 セレスティアの力強い演説に、村人たちもだんだんとその気にさせられていく。彼らの目は、いつしか疑いから期待へと変わり始めていた。貧しい生活から抜け出せるかもしれない、という希望が、聖女の言葉によって膨らんでいくのが分かった。

(まあ、俺に迷惑がかからないなら、勝手にやってくれればいいか……)

 俺は心の中でそう呟き、さっさと館に戻ってふて寝しようと踵を返した。
 その時、ふと、乾いた喉を潤したいと思った。

「あー……水がもっとありゃなあ。いちいち井戸まで汲みに行くのも面倒だし。どっかから川でも引いてこれれば楽なのに」

 完全に独り言だった。
 誰に聞かせるでもない、ただの怠惰な願望。
 だが、それを、聖女の地獄耳が聞き逃すはずがなかった。

「――神託が下りました!!」

 セレスティアが、ビシッと指を天に突き刺して叫ぶ。

 え、今なんか言った? 俺。

「聞きましたか、皆さん! 神は今、『水を引け』と! この地に新たなる水源を確保せよと、そうお命じになられました!」

「「「おおおおおっ!」」」

 村人たちのボルテージが、一気に最高潮に達した。

「神託だ! 領主様からの神託だぞ!」

「聖女様、どこを掘ればいいんで!」

 セレスティアは自信に満ちた表情で、村の東側を指差した。理由は知らん。多分、そっちの方角がなんとなく神聖な感じがしたんだろう。

「神は、全てお見通しです! この近くに、必ずや巨大な地下水脈が眠っているはず! さあ、皆さん! クワを! スコップを手に取るのです! 神の御力と、我らの信仰心があれば、必ずや奇跡は起きます!」

 聖女の号令一下、それまで日々の労働に疲れ切っていたはずの村人たちが、まるで別人のように目を輝かせ、我先にと自宅へ道具を取りに走り出した。
 その熱狂ぶりは、もはやお祭り騒ぎのようだ。

 俺は、その異様な光景を呆然と眺めていた。
 ただ、水を汲みに行くのが面倒だって言っただけなのに。

 気がつけば、広場には俺一人。
 館に戻ろうとすると、窓からセバスが顔を出し、困ったような、それでいてどこか面白がっているような顔で言った。

「アッシュ様、お昼寝の準備は整っておりますぞ」

「……ああ」

 俺は力なく頷き、自室へと向かった。
 窓の外からは、村人たちの「うおおお!」「神のために!」「アッシュ様のために!」という雄叫びと、地面を掘り返す音が聞こえてくる。

 その光景を見て、聖女セレスティアが満足げに頷き、こう呟くのが聞こえた。

「おお……神は、我らの働きを信じ、館にて静かに見守ってくださっている……! この御期待、決して裏切ってはなりません!」

 裏切ってくれていいんだよ!
 というか、頼むから失敗してくれ! そして俺が神じゃないって気づいてくれ!

 俺はベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめた。

「どうしてこうなった……」

 本日二度目の、心の底からの叫びだった。
 もちろん、その声は熱狂に沸く信者たちには届かない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

外れスキル【アイテム錬成】でSランクパーティを追放された俺、実は神の素材で最強装備を創り放題だったので、辺境で気ままな工房を開きます

夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティで「外れスキル」と蔑まれ、雑用係としてこき使われていた錬金術師のアルト。ある日、リーダーの身勝手な失敗の責任を全て押し付けられ、無一文でパーティから追放されてしまう。 絶望の中、流れ着いた辺境の町で、彼は偶然にも伝説の素材【神の涙】を発見。これまで役立たずと言われたスキル【アイテム錬成】が、実は神の素材を扱える唯一無二のチート能力だと知る。 辺境で小さな工房を開いたアルトの元には、彼の作る規格外のアイテムを求めて、なぜか聖女や竜王(美少女の姿)まで訪れるようになり、賑やかで幸せな日々が始まる。 一方、アルトを失った元パーティは没落の一途を辿り、今更になって彼に復帰を懇願してくるが――。「もう、遅いんです」 これは、不遇だった青年が本当の居場所を見つける、ほのぼの工房ライフ&ときどき追放ざまぁファンタジー!

田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと
ファンタジー
東京での社畜生活に心身ともに疲れ果てた主人公・田中雄介(38歳)が、故郷の北海道、留咲萌町に帰郷。両親が遺したダンジョン付きの古民家を改装し、「ダンジョン民宿」として開業。偶然訪れた人気配信者との出会いをきっかけに、最初の客を迎え、民宿経営の第一歩を踏み出す。 笑えて、心温かくなるダンジョン物語。 ※この小説はフィクションです。 実在の人物、団体などとは関係ありません。 日本を舞台に繰り広げますが、架空の地名、建造物が物語には登場します。

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

処理中です...