辺境の無能領主、聖女と信者に領地を魔改造されて聖地と化した件〜俺はただ、毎日ジャガイモを食って昼寝したいだけなんだが?〜

咲月ねむと

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1章 現人神、ヴァルハラに降臨す(勘違い)

8話 神のカリスマ(は存在しない)

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 代官ゾルタンが、泥だらけの無様な姿でシュタイン領に帰還したという一報は、ゲッコー男爵を激怒させた。

「……なんだ、その報告は! 私の使者が、畑仕事だと!? 馬鹿も休み休み言え!」

 執務室に、ゲッコーの怒声が響き渡る。
 しかし、ゾルタンは無表情のまま、淡々と事実を述べた。

「事実でございます。ヴァルハラ領では、貴族の権威、富、格式、その全てが無価値でした。彼らが尊ぶのは、ただ一つ……『労働』。そして、それを司るのが、現人神アッシュという存在です」

「……労働だと?」

「はい。神は、我々の持参した贅沢な贈り物を『見せかけ』と一蹴し、代わりに『自らの汗で収穫したニンジンにこそ価値がある』と……。そして、我々に『真心を示せ』と、畑仕事を命じたのです」

 ゲッコーは、言葉を失った。
 それは、貴族社会の根幹を揺るがす、あまりにも異質で、危険な思想だった。富と権力によって民を支配する、自分たちの在り方を、真っ向から否定する思想だ。

「……あの男、ただの田舎者ではないな。我々の体制を破壊する、明確な意図を持った扇動者だ」

 ゲッコーの目には、もはやアッシュは単なるグータラ三男坊ではなく、民衆を惑わし、革命すら起こしかねない、恐るべき思想的指導者として映っていた。征服欲は、いつしか体制維持のための恐怖と憎悪へと変わっていた。

◇◇◇

 その頃、全ての元凶である俺は。

「んー、このカブのスープ、美味いな」

 ニンジンに続き、今度はカブの収穫に成功したヴァルハラ領では、食卓が日に日に豊かになっていた。信者たちが勝手に畑を広げ、勝手に新しい野菜を育て、勝手に収穫してくれる。俺は何もしなくても、毎日違うものが食べられる。

 まさに、理想のグータラライフ。完璧だ。
 信者たちは、シュタイン男爵の使者を畑仕事で「教化」した一件以来、妙な自信をつけていた。

「アッシュ様の御前では、貴族の権威など紙くず同然よ!」

「そうだ! 次は我らが、堕落したシュタイン領の民を導いてやるのだ!」

 何やら過激なことを言っているが、まあ、俺に迷惑がかからないならどうでもいい。俺はスープのおかわりをセバスに頼んだ。

 そんなある日、行商人マルコが、今までで一番大きな荷馬車を引いて帰ってきた。

「アッシュ様! セレスティア様! お持ちしましたぞ!」

 馬車からは、鋤やクワといった鉄製の農具、丈夫な麻布、そして見たこともない作物の種などが、次々と降ろされる。

「マルコ、よくやった。で、こっちの儲けは?」

「ははっ! もちろんでございます! 『聖水』と、ヴァルハラ領で採れた『聖野菜』は、近隣の街で飛ぶように売れております! これが今期の収益です!」

 マルコは、ずっしりと重い革袋を俺に差し出した。
 中には、銀貨がぎっしりと詰まっている。

 俺は、その重さに満足げに頷いた。これで当分、塩には困らないだろう。
 マルコは、声を潜めて興味深い情報を付け加えた。

「アッシュ様……実は、シュタイン男爵領で、奇妙な噂が広まっておりまして」

「あ?」

「『狼の谷に、労働を尊ぶ慈悲深き神が降臨し、強欲な貴族を畑仕事で改心させた』と……。圧政に苦しむ一部の農民たちは、その話を希望の光として、密かにアッシュ様を崇拝し始めている、とのことです」

 その報告に、俺は心底面倒くさそうな顔をした。

「はぁ? 畑仕事させたのは、そこの聖女様と、そこのお前らだろ。俺は何もしてない。関係ない」

 俺がそう吐き捨てると、その場にいた聖女セレスティアが、両手で口を覆い、感動に打ち震え始めた。

「おお……! 我が主よ! なんという……なんという御心の広さ!」

「は?」

「あなた様は、ご自身の偉業を、全て『我々民の手柄』だとおっしゃるのですか! そのどこまでも謙虚なお姿、そして、我々を信じ、全てを委ねてくださるその御心! それこそが、国境を越えて人々を惹きつける、神のカリスマなのですね……!」

 セレスティアが、涙ながらに絶叫する。
 隣で聞いていたマルコも、「そうでございますとも! アッシュ様という太陽があるからこそ、我々、月も輝けるのです!」と、よく分からない例えで号泣し始めたのだ。

 話が全く噛み合わない。
 俺はただ、責任をなすりつけただけなのに。どうして、それが神のカリスマになるんだ。

 俺が頭を抱えている間に、俺のあずかり知らぬところで、変な思想は、隣領の民衆にまで影響を与える、危険な宗教思想として一人歩きを始めてしまっていた。



「おお……! マルコが持ってきたこの枕、フカフカだ……! 羽根が入ってるのか? これはすごい」

 俺は、マルコが献上してきた新しい寝具の感触を、心ゆくまで堪能していた。

「これで、俺の昼寝も、さらなる高みへと至るな……」

 外部で、自分たちの領地が完全に封鎖されようとしているなど、夢にも思わずに。
 俺は、極上の枕に顔をうずめ、幸せなため息をつくのであった。
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