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第12話 揺れる黄金のプリン
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翌日。
私は開店前の厨房で、砂糖と格闘していた。
小鍋に入れた砂糖と少量の水。火にかけてじっと待つ。やがて大きな泡が立ち、ふわりと甘い香りが漂い始める。さらに加熱を続けると、色が狐色から褐色へ。
ここだ、という瞬間に熱湯を小さじ一杯。
ジュッ!! という音と共に、ほろ苦い香ばしさが厨房を満たす。
「よし、カラメルソースは完璧!」
次はプリン液だ。
たっぷりの卵黄と全卵、温めた牛乳、砂糖、そして風味付けのバニラエッセンス。
気泡が入らないように静かに混ぜ、裏ごしをして滑らかにする。
それをカラメルを敷いた型に流し込み、オーブンでじっくりと蒸し焼きにする。
――数十分後。
『陽だまり亭』の厨房は、卵とバニラの幸せな香りで満たされていた。
◇
午後三時。
ランチの喧騒が去り、店内が静けさを取り戻したその時。
まるで計ったかのようにドアベルが鳴った。
「……いるか」
入ってきたのは、もちろんジークフリート様だ。
今日もフードを深く被っているが、その足取りは心なしか昨日よりも軽い。そして視線が、私の手元ではなく、冷蔵庫の方へチラチラと向いている。
「いらっしゃいませ、ジーク様。……お待ちしておりましたよ」
「た、たまたま通りかかっただけだ。……だが、約束だからな。試食をしてやらんこともない」
素直じゃない。
私は彼をいつものカウンター席へ案内すると、冷蔵庫から冷やしておいた『それ』を取り出した。型からお皿へと、慎重にひっくり返す。
プッチーン。
空気の入る音と共に黄金色の山が姿を現した。
「お待たせいたしました。『昔ながらの濃厚カスタードプリン』です」
コトッ、と彼の目の前に置く。
その瞬間、プリンがプルルンッと愛らしく揺れた。
頂上には艶やかな琥珀色のカラメルソース。
側面はスベスベで、卵の黄色が濃い。
最近流行りのトロトロ系ではない、スプーンを入れるとしっかりとした弾力が返ってくる、喫茶店風の固めプリンだ。
「……これが、菓子か?」
ジーク様は、まるで未知の生物を見るような目でプリンを凝視している。
そして、おもむろに銀のスプーンを手に取り、プリンの横腹に突き立てた。スッ、という抵抗感。そのまま掬い上げると、断面は絹のように滑らかだ。
彼はそれを口へと運んだ。
パクッ。
一瞬の静寂。そして――。
(……あ、溶けた)
私は見た。
『氷の騎士』と呼ばれる彼の表情が春の日差しを浴びた雪だるまのように、ふにゃりと崩れる瞬間を。
「……美味い」
その声は震えていた。
「濃厚な卵の風味が……舌の上で滑らかに溶けていく。甘い、だが甘すぎない。この焦げ茶色のソースの苦味が絶妙に絡み合って……」
彼はもう、私に言い訳をするのも忘れて、二口、三口とスプーンを進めた。プルプルのプリンが、次々と彼の口の中へと吸い込まれていく。
その顔は、眉間のシワなどどこへやら、幼い子供のように無防備で幸せそうだ。
あんなに厳めしい軍服を着て、腰に剣を差しているのに、口元には少しカラメルがついている。
なんて破壊力のあるギャップだろう。
「……ん?」
私の視線に気づいたのか、ハッとしたように彼が動きを止めた。皿の上は、すでに空っぽだ。名残惜しそうにスプーンで残ったカラメルを掬っているところを見られてしまった。
「コ、コホン! ……悪くない味だった」
彼は慌ててナプキンで口元を拭い、威厳を取り戻そうと背筋を伸ばした。
けれど、耳まで真っ赤だ。
「ありがとうございます。頭痛の方はいかがですか?」
「……ああ。不思議なことに、甘味が脳に染み渡り、霧が晴れたようだ。貴様の料理は、本当に……」
彼は言いかけて言葉を濁した。
そして、カウンターに身を乗り出し、誰にも聞こえないような小声で囁いた。
「……明日も、あるか?」
私は吹き出しそうになるのを必死で堪え、満面の笑みで頷いた。
「ええ、もちろん。ジーク様のためにお取り置きしておきますわ」
彼は満足そうに頷くと、金貨一枚を置いて逃げるように去っていった。その背中は、来た時よりも五歳くらい若返っているように見えた。
最強の騎士様の弱点は「プルプルのプリン」だったようだ。
これは、私だけの秘密にしておいてあげよう。
私は開店前の厨房で、砂糖と格闘していた。
小鍋に入れた砂糖と少量の水。火にかけてじっと待つ。やがて大きな泡が立ち、ふわりと甘い香りが漂い始める。さらに加熱を続けると、色が狐色から褐色へ。
ここだ、という瞬間に熱湯を小さじ一杯。
ジュッ!! という音と共に、ほろ苦い香ばしさが厨房を満たす。
「よし、カラメルソースは完璧!」
次はプリン液だ。
たっぷりの卵黄と全卵、温めた牛乳、砂糖、そして風味付けのバニラエッセンス。
気泡が入らないように静かに混ぜ、裏ごしをして滑らかにする。
それをカラメルを敷いた型に流し込み、オーブンでじっくりと蒸し焼きにする。
――数十分後。
『陽だまり亭』の厨房は、卵とバニラの幸せな香りで満たされていた。
◇
午後三時。
ランチの喧騒が去り、店内が静けさを取り戻したその時。
まるで計ったかのようにドアベルが鳴った。
「……いるか」
入ってきたのは、もちろんジークフリート様だ。
今日もフードを深く被っているが、その足取りは心なしか昨日よりも軽い。そして視線が、私の手元ではなく、冷蔵庫の方へチラチラと向いている。
「いらっしゃいませ、ジーク様。……お待ちしておりましたよ」
「た、たまたま通りかかっただけだ。……だが、約束だからな。試食をしてやらんこともない」
素直じゃない。
私は彼をいつものカウンター席へ案内すると、冷蔵庫から冷やしておいた『それ』を取り出した。型からお皿へと、慎重にひっくり返す。
プッチーン。
空気の入る音と共に黄金色の山が姿を現した。
「お待たせいたしました。『昔ながらの濃厚カスタードプリン』です」
コトッ、と彼の目の前に置く。
その瞬間、プリンがプルルンッと愛らしく揺れた。
頂上には艶やかな琥珀色のカラメルソース。
側面はスベスベで、卵の黄色が濃い。
最近流行りのトロトロ系ではない、スプーンを入れるとしっかりとした弾力が返ってくる、喫茶店風の固めプリンだ。
「……これが、菓子か?」
ジーク様は、まるで未知の生物を見るような目でプリンを凝視している。
そして、おもむろに銀のスプーンを手に取り、プリンの横腹に突き立てた。スッ、という抵抗感。そのまま掬い上げると、断面は絹のように滑らかだ。
彼はそれを口へと運んだ。
パクッ。
一瞬の静寂。そして――。
(……あ、溶けた)
私は見た。
『氷の騎士』と呼ばれる彼の表情が春の日差しを浴びた雪だるまのように、ふにゃりと崩れる瞬間を。
「……美味い」
その声は震えていた。
「濃厚な卵の風味が……舌の上で滑らかに溶けていく。甘い、だが甘すぎない。この焦げ茶色のソースの苦味が絶妙に絡み合って……」
彼はもう、私に言い訳をするのも忘れて、二口、三口とスプーンを進めた。プルプルのプリンが、次々と彼の口の中へと吸い込まれていく。
その顔は、眉間のシワなどどこへやら、幼い子供のように無防備で幸せそうだ。
あんなに厳めしい軍服を着て、腰に剣を差しているのに、口元には少しカラメルがついている。
なんて破壊力のあるギャップだろう。
「……ん?」
私の視線に気づいたのか、ハッとしたように彼が動きを止めた。皿の上は、すでに空っぽだ。名残惜しそうにスプーンで残ったカラメルを掬っているところを見られてしまった。
「コ、コホン! ……悪くない味だった」
彼は慌ててナプキンで口元を拭い、威厳を取り戻そうと背筋を伸ばした。
けれど、耳まで真っ赤だ。
「ありがとうございます。頭痛の方はいかがですか?」
「……ああ。不思議なことに、甘味が脳に染み渡り、霧が晴れたようだ。貴様の料理は、本当に……」
彼は言いかけて言葉を濁した。
そして、カウンターに身を乗り出し、誰にも聞こえないような小声で囁いた。
「……明日も、あるか?」
私は吹き出しそうになるのを必死で堪え、満面の笑みで頷いた。
「ええ、もちろん。ジーク様のためにお取り置きしておきますわ」
彼は満足そうに頷くと、金貨一枚を置いて逃げるように去っていった。その背中は、来た時よりも五歳くらい若返っているように見えた。
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これは、私だけの秘密にしておいてあげよう。
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