宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

文字の大きさ
38 / 237
第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第38話 穏やかな日々

しおりを挟む
 太陽も登りきる頃、執務室の机に座って書類を片付ける。シアと籍を入れてからというもの、生活が激変するかと思いきやそんなことはなかった。相変わらず朝は剣の訓練、それ以降は少し時間があれば領地に関する仕事をこなすだけだ。補佐についてくれているジルさんもいるから仕事をする時間なんてほんの僅かではあるんだけど。

 一方で、屋敷に住むことになったシアは昼間はアークゲート家に行っていることがほとんどだ。俺と違って彼女は大貴族の当主だし、仕事量だって俺なんかの比ではないからだ。南のフォルス領と北のアークゲート領を行き来するのは大変かと最初は思ったんだけど、ゲートの魔法で移動時間は無いに等しいから気にならないんだとか。

「隣の部屋に行くようなものですよ」というシアの言葉を聞いて、なるほどなって思ったくらいだ。ちなみに夜は俺の屋敷に戻ってくるから一緒に夕餉の時間は過ごすし、そうでなくてもお互いに仕事が休みの日はゆっくりと過ごしたりする。

 その……もちろん夜もだ。どっちから言ったとかじゃなくて、自然に同じ寝室を使うようになっていた。まぁつまり、シアとの仲は相変わらず良いってことで。

「旦那様、こちらが最後の書類です」

「……早いなぁ」

 専属侍女から渡された最後の書類を受け取る。ターニャは俺がシアと籍を入れた後も継続して専属の地位にいてもらっている。この屋敷を統括するような立ち位置だ。彼女はシアと元々面識があったから関係性も悪くはない。俺よりも先にシアに会っていたっていうのはちょっと悔しいけど。

 そういったわけで、何かが大きく変わったわけじゃない。環境も、仕事も、周りの人も変わらない中で、それらに何の影響も与えることなくシアがすっと入って来てくれた感じだ。

 ターニャから渡された書類に目を通して、内容に問題がないために印を押して彼女に返す。これで今日の仕事は終了、相変わらず短かった。
 なんとなく気分で腕を伸ばして伸びをしたけど、そこまで長時間仕事を頑張ったわけじゃないから背筋が伸びる感覚もあまりなかった。

「お疲れさまでした、旦那様」

「ターニャもね」

「私は書類を渡していただけですので」

 ニコリと笑った彼女はポケットから小さな紙を取り出し、目を通す。

「奥様は今日も夜には帰ってきますね。この後は特に予定はありませんし、とりあえず昼食を済ませて、また剣の稽古でもしますか? ……あぁ、そうでした」

 暇な一日の予定を伝えてくれていたターニャは不意に声を上げて部屋を出て行く。首を傾げて彼女が出て行った扉を見ていると、しばらくして再び扉が開き、戻ってきた。
 ターニャの手には一通の手紙。

「大旦那様の屋敷のローエンさんからです。ソニアちゃんの手紙ですね」

「……ソニアちゃんの?」

 頭に灰色の髪をした小さなメイドの事を思い浮かべる。実家で一度だけ会話をしたけど、もしかしたら何かあったのか。

 ターニャから手紙を受け取って開く。書かれた文字は丸っこくて、小さくて、ソニアちゃんの性格を表しているように思えた。目を通してみれば俺が思ったようなことは一切なくて、ローエンさんに伝えてくれたことを純粋に感謝しているようだった。

 それまでは仕事がいっぱいで大変だったけど、今は余裕をもって楽しく出来ているようだ。言葉の節々に喜んでいる様子が現れていて、つい笑みがこぼれた。

「彼女は元気にやっていそうですか?」

「あぁ……楽しそうなことばかり書いてあるよ」

「それは良かったです。ローエンさんに言った甲斐がありましたね」

「小さなことだとは思うけど、それでここまで喜んでくれるなら俺も嬉しいかな」

 椅子の斜め後ろに立って微笑むターニャに笑いかける。再び手紙に視線を落として最後まで読んでみても、文字からソニアちゃんの笑顔が浮かんでくるくらいだ。そして手紙の最後には、「ソニア」という文字で締めくくられていた。

 三文字を目にして、俺はふと思う。背後に立つターニャに目線を向けて声をかけた。

「ソニアちゃんって、どんな子なのか知ってる?」

 同じメイドの立場であるターニャなら知っているかと思って声をかけたけど、ターニャは首を横に振った。

「いえ、少なくとも大旦那様の屋敷にいる時にはいなかった筈です。彼女ほど小さい子が働いていれば、いくらあの広い屋敷でも目に付くと思いますので」

「やっぱりそうか……」

 父上の屋敷でソニアちゃんの事を知ったとき、ターニャもあまり親しくない様子だったからもしかしたらと思ったけど、俺が実家を出た後に雇われた子ってことか。
 手紙の最後に書かれた文字もソニアだけだし、家名が無いということは書きたくないとか? いや、考えすぎか。単純にソニアちゃんくらいの子なら家名を書かないこともあるだろう。

「……でも、なんで雇ったんだろうな。弟や妹が出来たなんて聞いてないし」

「……確かに不思議ですね。大旦那様のお子がまだ小さければ専属侍女として雇うことはありますが、彼女は一般的な侍女のようですし」

 自分自身がその立場だったターニャも不思議そうな顔をしている。じっと彼女の顔を見てみたけど、本当に不思議そうな顔だ。少なくとも以前のシアの話のように、何かを知っていそうな様子はない。

 しばらくそうしてじっと見ていると、ターニャは溜息をついて苦笑いをした。

「あの……旦那様、本当に知りませんよ。この屋敷の事ならともかく、あの忌々しい屋敷の事までは管轄外です」

「……な、なんのことやら」

 どうやら見すぎて感づかれたようだ。あんまり慣れないことはするべきじゃないなと思った。一方でターニャはまったく気にしていない様子で、指を顎において何かを考えていた。

「あー、でも奥様なら何か知っているかもしれません。知らなくても頼めばすぐに調べてくれると思いますよ」

 あっけからんとそんなことを言うターニャ。確かにシアの凄さはここ最近分かっていることだし、何でもできる彼女ならソニアの過去とかも分かりそうだ。

「いや、流石にそこまではいいよ。ちょっと気になっただけだし」

 けどソニアちゃんについてちょっと気になっただけで、わざわざシアに頼んでまで調べてもらうようなつもりはなかった。というか、調べてもらったとしても結果は大したことじゃないだろうし、そのためにシアの力を使いたくはない。探られるソニアちゃんとしてもいい気分じゃないだろう。

 ただ……まあ気になることと言えば。

「家名はなんなんだろうな。いや、別にソニアちゃんって呼ぶからいいんだけどさ」

「あ、それならガーディらしいですよ。手紙の入っていた封筒に、ローエンさんの名前の横に小さく書かれていました」

「……そうだったのね」

 なるほど、彼女の名前はソニア・ガーディというらしい。ガーディという家名は聞いたことがないけど。
 こうして俺のちょっとした気になることは、あっさりとターニャによって解消されてしまった。

「……どうせなら返事の手紙を書くか」

 簡潔ではあるけど、ソニアちゃんの状況を聞けて良かったということと、何かあれば何でも言ってね、という旨を書き記して小さな封筒に詰める。宛先を書いてターニャへと渡すと、彼女はにっこりと微笑んだ。

「しっかりとローエンさんに渡しますね」

 そう言ってターニャがポケットに手紙を仕舞うのを見て、俺は立ち上がる。一仕事終えてちょうど腹も減ってきた。昼食を食べるのには良い時間帯かな。

 窓から入り込む強い日差しを感じながら、ターニャの後を追うように俺は自分の執務室を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...