宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第46話 案ずる人

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 部屋の主がいなくなった以上、俺がオーロラちゃんの部屋にいつまでもいるのは変だ。そう思ったのはリサさんも同じようで、俺と彼女は共に一階の屋敷入り口まで戻って来ていた。

「お嬢様の勉強が終わるまで待っているとのことでしたが、どこに行くんですか?」

「うーん、あんまり考えていなかったですね。剣を振れる場所があると良いんですが。もちろん木刀とかで構わないんですけど……流石にアークゲート家にはないですかね?」

「いえ、ありますよ」

 アークゲート家は魔法の名門だから剣の訓練所はないかと思ってたけど、リサさんはそれを否定した。左手を伸ばして、方向を指し示す。

「訓練所は分かりますか? そこに管理している人がいるので、言えば色々用意してくれるはずです。剣の訓練が出来る環境も整っているので」

「あ、そうなんですね。じゃあせっかくですし、行ってみます。場所は分かるので、大丈夫ですよ!」

「はい、楽しんでください! 私は少し仕事が残っているので、これで」

 ぺこりと頭を下げて、リサさんは小走りで走り去ってしまった。その背中を見送りながら、俺は振り返って訓練所を目指す。以前屋敷は案内してもらったから、場所はばっちりだ。

 ふと、向かう途中で前回シアとオーロラちゃんと過ごした中庭に目がいった。日も暮れ始めていて、夕日の明かりが窓から廊下に射しこんでいる。

「……あれ?」

 中庭を見ていると、備え付けられたベンチに座っている人影を見つけた。白髪交じりの女性のようだけど、さっき見たグレイスさんとは雰囲気が大きく違っている。
 俺はなんとなくそれが気になって、中庭への扉を開く。すると扉の音を聞いて、ベンチに座った女性はこちらを見た。眼鏡をかけた、ユティさんに似た雰囲気の人だった。

「あら……貴方はもしかすると、旦那様ですか?」

「えっと……はい、そうです」

 どうも旦那様と呼ばれるのはまだ慣れない。ターニャに言われるのは慣れたけど、アークゲート家の人に言われるのはなんというか、ちょっと畏れ多いものがあるというか。

「どうぞ……風が気持ち良いですよ」

「……あ、どうも」

 彼女に言われて俺は歩き、ベンチの隣に腰かける。風が気持ちいと言っていたけど、それは本当だった。強すぎない風に心地良さを感じる。

「初めまして、私はラプラス・キーパーと申します……長らくこのアークゲート家に勤めていましたが、今は隠居の身です」

「はぁ……」

 隠居と言ったけど、彼女はそこまで年老いているようには見えなかった。下手したら俺の屋敷にいるジルさんよりも若いのではないだろうか。
 そう思っていると顔に出ていたのか、ラプラスさんは微笑んだ。

「昔は当主の補佐をやっていたのですが、今のレティシア様は補佐など必要ありませんから」

 当主の補佐という言葉が頭の中で巡る。つまり彼女は、シアの母親に近い位置にいた人ということで。

「……そう……ですか」

 少しだけ心が陰ったけど、よくよく考えれば父上に仕えるローエンさんのような立ち位置ってことだ。彼女が幼いシアを傷つけたわけではないだろう。
 そう思って気持ちを落ち着かせていると、ラプラスさんは目じりを下げた。

「やはり、レティシア様からエリザベート様の事は聞いていますよね。すみません」

「……あなたが謝ることでは」

 実際、大貴族の当主と専属の使用人じゃ立場は大きく違う。例えば、ローエンさんが父上に対して意見を言うようなものだ。俺はともかく、ゼロードの兄上に対してでさえ、彼は強くは出れないだろう。
 ならきっと、アークゲート家のラプラスさんだって同じはずだ。

 いや、シアの話だとシアの母親はアークゲート家では恐れられていた存在だっていう話だし、今のフォルス家以上に上下関係も厳格だったのではないだろうか。
 だから、シアの母ならともかくラプラスさんが謝ることではないだろう。

「……昔の事を詳しく語るようなことは私には到底できません。ですが、お礼を述べさせてください。アークゲート家に来ていただいて、ありがとうございます」

「……いえ」

 けど、出てきた言葉は昼間も聞いたアークゲート家だった。結局この人も、昼間会ったティアラと同じなのかと思ったとき。

「旦那様が来たことで、レティシア様もユースティティア様も、オーロラ様も楽しそうです。本当にありがとうございます」

「……え?」

 ラプラスさんは俺の予想外の事を言ってきた。てっきり俺をアークゲートに来てくれた男として見てお礼を言っているだけだと思ったけど、どうやら違ったらしい。

「……オーロラ様は少し寂しがり屋で、まだまだ幼さが抜けません。ですが、旦那様の事を強く好いています。どうか、いっぱい褒めてあげてください」

「…………」

「ユースティティア様は感情が表に出にくいですし、部屋に籠りがちですが、旦那様には心を開いているように思えます。たまにでもいいので、一緒の時間を過ごしてあげてください」

「……ラプラスさん」

 彼女の話を聞いているうちに、この人は今日会ったティアラとは少し違うと思った。少なくとも、アークゲートという一括りでシア達を見ていないし、俺をアークゲート家の男だなんて言ったりはしない。

「……レティシア様は……時折酷い誤解を受ける方です。ですが、彼女は――」

「はい、分かっています。シアがどんな人なのかは、とても」

「そう……ですね……旦那様ほどレティシア様を良く知っている方もいないですね」

 なんだろうか。今日初めて会うのに、ラプラスさんの気持ちが不思議と分かる。彼女はシア達の事を案じているようだった。その姿は母親のようにも思えた。当然ではあるけど、シアから聞いた彼女の母親像とは全然違う。
 こんな人がシア達の母親なら、もっと良かったんだろうな。

 俺が見ていることに気づいたのか、ラプラスさんは微笑む。
 その微笑みは少しだけ寂しそうだ。

「……いけませんね。小さいころから三人を知っているので、どうしてもこんな話を。旦那様……これからも、よければアークゲート家に顔を出してください。レティシア様は勿論の事、ユースティティア様やオーロラ様も喜ぶはずです」

「……はい。結構頻繁に来ると思います」

「ありがとうございます」

 そう言って微笑むと、ラプラスさんは深く深く頭を下げた。
 しばらくしてから彼女は顔を上げる。同時に、少しだけ強い風が吹いた。

「寒くなってきましたね。ではそろそろここら辺で」

「はい……」

 そう言うと、ラプラスさんはもう一度俺に深く頭を下げて廊下の方へと歩いていってしまった。
 一介の使用人に過ぎないラプラスさんが、先代の当主や今の当主であるシア達に関することを話すことは出来ないだろう。

 でも今の彼女はシア達の事を深く気にかけているようだった。その姿からみるに、今日の昼に会ったティアラよりは年上だろう。長くアークゲート家に関わっているのに、ティアラと違ってシア達をちゃんと見てくれているのが嬉しかった。

 小さくなる背中を見送れば、日が落ち切る寸前まで来ていた。ノーザンプションは北の国だから冷える。俺も訓練所に近い方の扉へと歩き始めた。

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