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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第45話 サボりはダメみたいだよ、オーロラちゃん
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ティアラの背中もかなり小さくなった時、音と一緒に右手が引かれた。目を向けてみれば、オーロラちゃんが地面に座り込んでいた。
「オーロラちゃん!? 大丈夫か!?」
慌てて彼女の前に回り込む。彼女は困ったような、疲れたような顔をして苦笑いしていた。
「あら、大丈夫かい?」
通りかかったおばさんが声をかけてくる。それに答えた。
「大丈夫です。ちょっと気持ち悪くて……」
「ここは危ないから、道の端で少し休みな。日陰に行くのがいいよ。お兄さんがついているから大丈夫だと思うけどね」
通りかかったおばさんにも心配され、オーロラちゃんはなんとか立ち上がった。しっかりと彼女を支えるようにして道の端にある日陰へと移動する。階段に二人して腰を下ろした。
「大丈夫? オーロラちゃん?」
「うん……突然ことでちょっとびっくりしたというか、まさかあんな風に真正面から叔母様と言い合うとは思ってなくて……」
彼女は震えが少し収まっているけど、まだ俺の右手を掴んでいた。しかも両手でしっかりと掴んでいるから、まだ落ち着ききれていないんだろう。
何も言わず、ただ手を握られたまま時間が経っていく。時間と一緒にオーロラちゃんの震えも収まってきて、段々と落ち着いてこれたようだ。
「……ありがとうノヴァお兄様。背中に庇ってくれた時、カッコ良かったわよ」
俺の方を向いて微笑むオーロラちゃん。震えはなくなったけど、まだ笑顔はどこかぎこちなかった。
「でも今日の事、お姉様には内緒にして欲しいの」
「……いいの?」
「うん、お願い」
「……分かった」
オーロラちゃんはシアに話さないと言った。それにティアラにも、今日の事はなかったことにすると言っている。彼女がそのつもりなら俺も言うつもりはなかった。
「……ノヴァお兄様は何も聞かないのね」
「その……ごめん……」
「ううん、責めてないの……むしろ感謝してる。何も聞かずに側にいてくれるのって、結構ありがたいのよ? きっとお姉様も同じね」
そういったオーロラちゃんは俺の右手を両手の指で撫でるようにしている。少しのくすぐったさを感じながらも、しばらくは彼女の好きにさせておくことにした。きっとすぐに、いつものオーロラちゃんに戻ると思ったから。
空を見上げれば、太陽が傾き始めている。強い程の日差しを浴びせるそれを見ながら、俺はふと、アークゲート家にはまだまだ自分の知らないことが多いのだと思った。
そしてきっと近いうちにそれらを知って、向き合うような日が来るような気もしていた。
×××
その後、時間をかけていつもの調子に戻ったオーロラちゃんと一緒に洋菓子店へ。そこでユティさんへのお土産を購入した俺達は、人通りの少ない裏路地へと来ていた。
「それじゃあノヴァお兄様、準備はいい?」
「俺は機器から魔力を取り出すだけだから、準備が必要なのはオーロラちゃんじゃないかな」
「……確かにそうね」
研究所で貰った機器を試すときだ。と言っても機器から魔力を抽出できることは分かってるし、その魔力をオーロラちゃんに渡せるのも分かっているから、そこまで緊張はしないけど。
ポケットから機器を取り出して、軽く握る。いつかと同じ力が湧きだす感覚になると同時に、左手をオーロラちゃんが取った。まるで吸われるかのように力を抜かれるので、ちょっと慣れない。
「うん、問題は無さそうね。じゃあ、開いてみるわ」
オーロラちゃんは頷き、左手を前へ。すると見慣れた楕円が目の前に展開した。
「おお、成功したな。それに、白い光と合わさって綺麗だ」
オーロラちゃんの展開したゲートはシアの魔力と混じり合っているのか、金に白が少しだけ混じった輝きを発していた。オーロラちゃんの方を見ても特に疲れた様子はないし、ゲートは成功らしい。
「ありがとう。じゃあ行きましょうか」
オーロラちゃんに手を引かれて、俺は光の楕円へと足を踏み入れた。
踏み入れてすぐに感じたのは、床の感覚。ゲートを潜り抜けてみれば、何度か来たアークゲートの屋敷入口だった。王都にいた時と同じくらいの温かさを感じ、これもシアの魔法なんだよな、と再確認。
「お嬢様!?」
聞いたことがある声を聞いて振り返れば、閉じていくゲートの向こうにリサさんがいた。
「あ、こんにちはリサさん」
「そ、そそそ、それに旦那様まで!?」
「……驚きすぎでしょ」
「そりゃあ、ゲートの魔法で当主様かと思ったらお嬢様で、しかも旦那様も一緒なら驚きますよ!」
そう強く言うリサさんは、手に何も持っていない。本当にただ通りがかっただけなのだろう。驚かせて申し訳ないとは思うけど、オーロラちゃんはまったく気にした様子はない。
「そう? まあいいわ。ノヴァお兄様を部屋に連れていくから、あなたも来て。久しぶりに話でもしましょう」
「え? いいんですか!?」
ばっと、オーロラちゃんと俺を何度も見るリサさん。特に断る理由もないから頷くと、目を輝かせた。
「いやー、最近お嬢様と話せなくて寂しかったんですよねー。しかも旦那様も一緒だなんて、嬉しいです! 今日はどこに行ってきたんですか?」
「今日は王都の方へ。シアとオーロラちゃんと一緒に研究所の方へ行きました」
「まあ……王都の研究所というと、ナターシャさんですかね?」
「はい、彼女にも会いましたね。なんでも、これまで使えなかった発明品が使えるようになるかもしれないから、と」
三人で歩きながら、リサさんと他愛ない話をする。階段を上り、左側へ。以前はユティさんの部屋に用があったので右側に行ったけど、左側に行くのは初めてだ。
「ノヴァお兄様と使うとき限定だけど、便箋がもう少し便利になるらしいわよ。あと、ゲートの魔法をお兄様一人だけでも使えるようになるかもしれないって」
「おぉ……いいですねぇ。お嬢様、旦那様からの返事をいつも心待ちにしているので、それが短く――」
「ちょっとリサ、それは言わない約束でしょ!」
「そ、そうでした!」
面白いやり取りを繰り広げるオーロラちゃんとリサさんの様子を見ながら、思わず笑みがこぼれる。最初に会ったときから思っていたけど、この二人はとても仲がいい。オーロラちゃんは友達がいないって言っていたけど、良い従者には巡り会えたみたいだ。
そんな事を思いながら二階の廊下を歩いていると、曲がり角を少し曲がったところの扉の前でオーロラちゃんは立ち止まる。どうやらここが彼女の部屋らしい。
ふと、右に視線がいった。特に理由はなく、ただ廊下の先が気になっただけだ。視線の先には、中々に厳かな両開きの扉。
「あれが当主様の執務室ですね。隣が当主様の私室になっていますよ」
「あぁ、そうなんですね」
なるほど、いつもシアはあそこで仕事をしているのか。そう思ったけど、同時にあれ? とも思った。ユティさんの部屋の先にある扉の先がシアの部屋かと思っていたけど、どうやら違ったらしい。
「さあ、ようこそ私の部屋へ」
オーロラちゃんに声をかけられ、顔を前に向けると広い部屋が広がっていた。シンプルなつくりだが、小物がいくつか置かれた一室だった。
「お、お邪魔します?」
何て言っていいのか分からなくて、俺はそう言って部屋の中に入る。部屋は可愛らしい小物が置かれているけど、まだ置き途中のような気もした。大きなベッドに、広い机、大きなテーブルなど、少なくとも俺の部屋よりは広くて、置かれているものも豪華だから、アークゲート家の財力を感じた。
俺の後にリサさんが入ってきて、扉を閉める。彼女が閉じた扉に鍵がいくつか備え付けられているのを確認した。オーロラちゃんも年頃の女の子だし、大貴族のアークゲート家の娘。戸締りはしっかりしているということだろう。
「さあ、適当な場所に座って」
大きなテーブルの周りの椅子を手で指し示されたので、奥の一つに向かう。四つの椅子を確認した後で広い机にも目を向けてみれば、色々な書類が散らばっていた。
「あ、何か飲み物でも持ってきましょうか?」
「あら、珍しく気が利くわね。じゃあお茶をお願いしようかしら。ノヴァお兄様は?」
「俺もお茶にしようかな」
コーヒーは王都で飲んだので、今回は別のにした。
はい、と返事をしたリサさんは部屋の隅に行き、戸棚からお茶の準備をし始める。どうやらオーロラちゃんの部屋は自室でお茶を入れることが出来るみたいだ。そういえばユティさんの部屋も戸棚があったから、彼女達の部屋は全部そうなのかもしれない。まあ、ユティさんの部屋の戸棚は本が置かれていたけど。
「久しぶりに来たけど、やっぱりアークゲート家の屋敷は広いな」
「あら? ノヴァお兄様ならいつでも住んでいいのよ?」
「いや、それは流石に。一応小さいとはいえ領地を任されているし、今の屋敷に愛着もあるしね。それにこの屋敷に部屋も……いや、それはあるか」
大きな造りの屋敷を思い返して、空き部屋の一つや二つあるだろうことは簡単に想像できた。
「そうね。もしノヴァお兄様が住むなら二階だけど、それならお姉様の部屋と私の部屋の間をおススメするわ。すぐ会えるし」
「だから、住まないってば……」
「……仮の部屋として使うっていうのは?」
「まあ、必要ならそれでも全然いいけど」
「本当!? やったわ!」
嬉しそうに言うオーロラちゃん。その様子を微笑ましく見ていると、リサさんがトレイにお茶を用意して戻ってきた。
「ダメですよお嬢様、旦那様を困らせたら」
お茶を配りながらそう言うリサさんに、オーロラちゃんは口を尖らせる。
「でももし仮にお兄様がこの屋敷で部屋を取るなら、お姉様の部屋と私の部屋の間じゃない?」
「それに加えて、当主様の部屋の隣でしょうね」
「……まあ、それはそう」
阿吽の呼吸で話を進める二人の様子を見ながら、ふと俺は気になったことを聞いてみることにした。
「そう言えば、そこの廊下の奥がシアの執務室とシアの部屋なんだよね? じゃあユティさんの部屋の方の廊下の奥にあるのは、誰か使っているの?」
「空き部屋よ」
「空き部屋ですね」
オーロラちゃんとリサさん、二人同時に答えられてしまい、少しだけ驚く。けどすぐに、オーロラちゃんが言葉を続けた。
「確かにあの部屋もお姉様の執務室と同じくらい広いけど……でもやっぱりノヴァお兄様の部屋にするならお姉様の近くの部屋だわ。むしろお姉様と一緒の部屋でもいいくらい」
「お嬢様、流石に当主様と同じ部屋は少し手狭に感じるかもしれませんよ」
「あら、二人の熱愛っぷりを知らないの? 深い愛情で結ばれた二人にはちょうど良い狭さだわ」
「なんですかそれ……」
相変わらず面白い会話を繰り広げる二人だけど内容が俺とシアに関するものだから、ちょっとだけ恥ずかしいというか。そんな事を思っていると、「あっ」とリサさんが声を上げた。
「お嬢様、そろそろ勉強の時間じゃないですか?」
「え? あぁ、そうね。でもお兄様がいるし、今日くらいはいいんじゃない?」
「勉強?」
聞き返してみると、リサさんが頷いた。
「この時間はグレイスさん……えっと、先生による魔法の勉強の時間なんです」
「へえ……専属の教師ってやつだね」
正直、優秀であろうオーロラちゃんにこれ以上勉強が必要かどうかは置いておくとして、家で教えてもらえる環境は羨ましいと感じた。
「でも今日くらいは、休みにしてもいいと思わない?」
「いやいや、オーロラちゃん――」
別に今すぐ屋敷に帰らないといけないわけじゃないし、日課はちゃんとこなすべきだよ、と言おうとしたところで、部屋に声が響き渡った。
『ダメですオーロラお嬢様。今日も今日とて魔法の授業です』
どこから声が響いているのかと考えるよりも先に部屋の扉が開き、機敏な動きで一人の女性が入ってくる。白髪交じりの妙齢の女性だ。けど纏う雰囲気はただ者じゃない。
「失礼しますオーロラお嬢様。授業のお時間です」
「げっ……グレイス!?」
「旦那様と共に居て楽しいのも分からなくもありませんが、決まりは決まり。あ、旦那様初めまして、私、アークゲート家指南役のグレイス・ロックボルトと申します。以後お見知りおきを」
「ど、どうも……」
丁寧な言葉遣いなものの、言葉の節々から鋭い何かを感じる。魔法の名家であるアークゲート家の指南役というだけあって、ただ者でないのは明らかだった。
「旦那様、オーロラお嬢様をお借りしても?」
「は、はい……日課は大切ですよね」
「おぉ……旦那様は話がよく分かるお方。私感動しました! さあさあ、オーロラお嬢様、楽しい楽しい授業をしましょう」
オーロラちゃんを椅子から立たせ、その背中を軽く押すグレイスさん。突然の彼女の登場に驚いていたオーロラちゃんは、今はされるがままになっている。
「わ、分かった。分かったから! 自分で歩くから!」
「さあさあ、楽しい授業ですよー」
グレイスさんに押し出されるようにして部屋の出口に向かうオーロラちゃんは、首だけを振り返って俺達を見た。何とかして欲しいと思っているような顔。
「お嬢様ー、いってらっしゃいませー!」
「が、頑張ってねー」
しかし日課である以上は俺達にはどうすることも出来ない。オーロラちゃん、勉強頑張ってね。
「うううっ……グレイス! 課題を一気に出して! 今日はすぐ終わらせるわ!」
「おぉ……それでこそ当主様の妹君。このグレイスも鼻高々でございます」
そう言って、半ば自棄になったオーロラちゃんとグレイスさんは、部屋を後にしてしまった。
そうなれば、部屋に残るのは俺とリサさんだけで。
「……えっと、お茶飲み終わったらどうしますか?」
「……どちらにせよオーロラちゃんがいないと屋敷には帰れないので、しばらく時間を潰します」
俺達は困ったように顔を見合わせるしかできなかった。
「オーロラちゃん!? 大丈夫か!?」
慌てて彼女の前に回り込む。彼女は困ったような、疲れたような顔をして苦笑いしていた。
「あら、大丈夫かい?」
通りかかったおばさんが声をかけてくる。それに答えた。
「大丈夫です。ちょっと気持ち悪くて……」
「ここは危ないから、道の端で少し休みな。日陰に行くのがいいよ。お兄さんがついているから大丈夫だと思うけどね」
通りかかったおばさんにも心配され、オーロラちゃんはなんとか立ち上がった。しっかりと彼女を支えるようにして道の端にある日陰へと移動する。階段に二人して腰を下ろした。
「大丈夫? オーロラちゃん?」
「うん……突然ことでちょっとびっくりしたというか、まさかあんな風に真正面から叔母様と言い合うとは思ってなくて……」
彼女は震えが少し収まっているけど、まだ俺の右手を掴んでいた。しかも両手でしっかりと掴んでいるから、まだ落ち着ききれていないんだろう。
何も言わず、ただ手を握られたまま時間が経っていく。時間と一緒にオーロラちゃんの震えも収まってきて、段々と落ち着いてこれたようだ。
「……ありがとうノヴァお兄様。背中に庇ってくれた時、カッコ良かったわよ」
俺の方を向いて微笑むオーロラちゃん。震えはなくなったけど、まだ笑顔はどこかぎこちなかった。
「でも今日の事、お姉様には内緒にして欲しいの」
「……いいの?」
「うん、お願い」
「……分かった」
オーロラちゃんはシアに話さないと言った。それにティアラにも、今日の事はなかったことにすると言っている。彼女がそのつもりなら俺も言うつもりはなかった。
「……ノヴァお兄様は何も聞かないのね」
「その……ごめん……」
「ううん、責めてないの……むしろ感謝してる。何も聞かずに側にいてくれるのって、結構ありがたいのよ? きっとお姉様も同じね」
そういったオーロラちゃんは俺の右手を両手の指で撫でるようにしている。少しのくすぐったさを感じながらも、しばらくは彼女の好きにさせておくことにした。きっとすぐに、いつものオーロラちゃんに戻ると思ったから。
空を見上げれば、太陽が傾き始めている。強い程の日差しを浴びせるそれを見ながら、俺はふと、アークゲート家にはまだまだ自分の知らないことが多いのだと思った。
そしてきっと近いうちにそれらを知って、向き合うような日が来るような気もしていた。
×××
その後、時間をかけていつもの調子に戻ったオーロラちゃんと一緒に洋菓子店へ。そこでユティさんへのお土産を購入した俺達は、人通りの少ない裏路地へと来ていた。
「それじゃあノヴァお兄様、準備はいい?」
「俺は機器から魔力を取り出すだけだから、準備が必要なのはオーロラちゃんじゃないかな」
「……確かにそうね」
研究所で貰った機器を試すときだ。と言っても機器から魔力を抽出できることは分かってるし、その魔力をオーロラちゃんに渡せるのも分かっているから、そこまで緊張はしないけど。
ポケットから機器を取り出して、軽く握る。いつかと同じ力が湧きだす感覚になると同時に、左手をオーロラちゃんが取った。まるで吸われるかのように力を抜かれるので、ちょっと慣れない。
「うん、問題は無さそうね。じゃあ、開いてみるわ」
オーロラちゃんは頷き、左手を前へ。すると見慣れた楕円が目の前に展開した。
「おお、成功したな。それに、白い光と合わさって綺麗だ」
オーロラちゃんの展開したゲートはシアの魔力と混じり合っているのか、金に白が少しだけ混じった輝きを発していた。オーロラちゃんの方を見ても特に疲れた様子はないし、ゲートは成功らしい。
「ありがとう。じゃあ行きましょうか」
オーロラちゃんに手を引かれて、俺は光の楕円へと足を踏み入れた。
踏み入れてすぐに感じたのは、床の感覚。ゲートを潜り抜けてみれば、何度か来たアークゲートの屋敷入口だった。王都にいた時と同じくらいの温かさを感じ、これもシアの魔法なんだよな、と再確認。
「お嬢様!?」
聞いたことがある声を聞いて振り返れば、閉じていくゲートの向こうにリサさんがいた。
「あ、こんにちはリサさん」
「そ、そそそ、それに旦那様まで!?」
「……驚きすぎでしょ」
「そりゃあ、ゲートの魔法で当主様かと思ったらお嬢様で、しかも旦那様も一緒なら驚きますよ!」
そう強く言うリサさんは、手に何も持っていない。本当にただ通りがかっただけなのだろう。驚かせて申し訳ないとは思うけど、オーロラちゃんはまったく気にした様子はない。
「そう? まあいいわ。ノヴァお兄様を部屋に連れていくから、あなたも来て。久しぶりに話でもしましょう」
「え? いいんですか!?」
ばっと、オーロラちゃんと俺を何度も見るリサさん。特に断る理由もないから頷くと、目を輝かせた。
「いやー、最近お嬢様と話せなくて寂しかったんですよねー。しかも旦那様も一緒だなんて、嬉しいです! 今日はどこに行ってきたんですか?」
「今日は王都の方へ。シアとオーロラちゃんと一緒に研究所の方へ行きました」
「まあ……王都の研究所というと、ナターシャさんですかね?」
「はい、彼女にも会いましたね。なんでも、これまで使えなかった発明品が使えるようになるかもしれないから、と」
三人で歩きながら、リサさんと他愛ない話をする。階段を上り、左側へ。以前はユティさんの部屋に用があったので右側に行ったけど、左側に行くのは初めてだ。
「ノヴァお兄様と使うとき限定だけど、便箋がもう少し便利になるらしいわよ。あと、ゲートの魔法をお兄様一人だけでも使えるようになるかもしれないって」
「おぉ……いいですねぇ。お嬢様、旦那様からの返事をいつも心待ちにしているので、それが短く――」
「ちょっとリサ、それは言わない約束でしょ!」
「そ、そうでした!」
面白いやり取りを繰り広げるオーロラちゃんとリサさんの様子を見ながら、思わず笑みがこぼれる。最初に会ったときから思っていたけど、この二人はとても仲がいい。オーロラちゃんは友達がいないって言っていたけど、良い従者には巡り会えたみたいだ。
そんな事を思いながら二階の廊下を歩いていると、曲がり角を少し曲がったところの扉の前でオーロラちゃんは立ち止まる。どうやらここが彼女の部屋らしい。
ふと、右に視線がいった。特に理由はなく、ただ廊下の先が気になっただけだ。視線の先には、中々に厳かな両開きの扉。
「あれが当主様の執務室ですね。隣が当主様の私室になっていますよ」
「あぁ、そうなんですね」
なるほど、いつもシアはあそこで仕事をしているのか。そう思ったけど、同時にあれ? とも思った。ユティさんの部屋の先にある扉の先がシアの部屋かと思っていたけど、どうやら違ったらしい。
「さあ、ようこそ私の部屋へ」
オーロラちゃんに声をかけられ、顔を前に向けると広い部屋が広がっていた。シンプルなつくりだが、小物がいくつか置かれた一室だった。
「お、お邪魔します?」
何て言っていいのか分からなくて、俺はそう言って部屋の中に入る。部屋は可愛らしい小物が置かれているけど、まだ置き途中のような気もした。大きなベッドに、広い机、大きなテーブルなど、少なくとも俺の部屋よりは広くて、置かれているものも豪華だから、アークゲート家の財力を感じた。
俺の後にリサさんが入ってきて、扉を閉める。彼女が閉じた扉に鍵がいくつか備え付けられているのを確認した。オーロラちゃんも年頃の女の子だし、大貴族のアークゲート家の娘。戸締りはしっかりしているということだろう。
「さあ、適当な場所に座って」
大きなテーブルの周りの椅子を手で指し示されたので、奥の一つに向かう。四つの椅子を確認した後で広い机にも目を向けてみれば、色々な書類が散らばっていた。
「あ、何か飲み物でも持ってきましょうか?」
「あら、珍しく気が利くわね。じゃあお茶をお願いしようかしら。ノヴァお兄様は?」
「俺もお茶にしようかな」
コーヒーは王都で飲んだので、今回は別のにした。
はい、と返事をしたリサさんは部屋の隅に行き、戸棚からお茶の準備をし始める。どうやらオーロラちゃんの部屋は自室でお茶を入れることが出来るみたいだ。そういえばユティさんの部屋も戸棚があったから、彼女達の部屋は全部そうなのかもしれない。まあ、ユティさんの部屋の戸棚は本が置かれていたけど。
「久しぶりに来たけど、やっぱりアークゲート家の屋敷は広いな」
「あら? ノヴァお兄様ならいつでも住んでいいのよ?」
「いや、それは流石に。一応小さいとはいえ領地を任されているし、今の屋敷に愛着もあるしね。それにこの屋敷に部屋も……いや、それはあるか」
大きな造りの屋敷を思い返して、空き部屋の一つや二つあるだろうことは簡単に想像できた。
「そうね。もしノヴァお兄様が住むなら二階だけど、それならお姉様の部屋と私の部屋の間をおススメするわ。すぐ会えるし」
「だから、住まないってば……」
「……仮の部屋として使うっていうのは?」
「まあ、必要ならそれでも全然いいけど」
「本当!? やったわ!」
嬉しそうに言うオーロラちゃん。その様子を微笑ましく見ていると、リサさんがトレイにお茶を用意して戻ってきた。
「ダメですよお嬢様、旦那様を困らせたら」
お茶を配りながらそう言うリサさんに、オーロラちゃんは口を尖らせる。
「でももし仮にお兄様がこの屋敷で部屋を取るなら、お姉様の部屋と私の部屋の間じゃない?」
「それに加えて、当主様の部屋の隣でしょうね」
「……まあ、それはそう」
阿吽の呼吸で話を進める二人の様子を見ながら、ふと俺は気になったことを聞いてみることにした。
「そう言えば、そこの廊下の奥がシアの執務室とシアの部屋なんだよね? じゃあユティさんの部屋の方の廊下の奥にあるのは、誰か使っているの?」
「空き部屋よ」
「空き部屋ですね」
オーロラちゃんとリサさん、二人同時に答えられてしまい、少しだけ驚く。けどすぐに、オーロラちゃんが言葉を続けた。
「確かにあの部屋もお姉様の執務室と同じくらい広いけど……でもやっぱりノヴァお兄様の部屋にするならお姉様の近くの部屋だわ。むしろお姉様と一緒の部屋でもいいくらい」
「お嬢様、流石に当主様と同じ部屋は少し手狭に感じるかもしれませんよ」
「あら、二人の熱愛っぷりを知らないの? 深い愛情で結ばれた二人にはちょうど良い狭さだわ」
「なんですかそれ……」
相変わらず面白い会話を繰り広げる二人だけど内容が俺とシアに関するものだから、ちょっとだけ恥ずかしいというか。そんな事を思っていると、「あっ」とリサさんが声を上げた。
「お嬢様、そろそろ勉強の時間じゃないですか?」
「え? あぁ、そうね。でもお兄様がいるし、今日くらいはいいんじゃない?」
「勉強?」
聞き返してみると、リサさんが頷いた。
「この時間はグレイスさん……えっと、先生による魔法の勉強の時間なんです」
「へえ……専属の教師ってやつだね」
正直、優秀であろうオーロラちゃんにこれ以上勉強が必要かどうかは置いておくとして、家で教えてもらえる環境は羨ましいと感じた。
「でも今日くらいは、休みにしてもいいと思わない?」
「いやいや、オーロラちゃん――」
別に今すぐ屋敷に帰らないといけないわけじゃないし、日課はちゃんとこなすべきだよ、と言おうとしたところで、部屋に声が響き渡った。
『ダメですオーロラお嬢様。今日も今日とて魔法の授業です』
どこから声が響いているのかと考えるよりも先に部屋の扉が開き、機敏な動きで一人の女性が入ってくる。白髪交じりの妙齢の女性だ。けど纏う雰囲気はただ者じゃない。
「失礼しますオーロラお嬢様。授業のお時間です」
「げっ……グレイス!?」
「旦那様と共に居て楽しいのも分からなくもありませんが、決まりは決まり。あ、旦那様初めまして、私、アークゲート家指南役のグレイス・ロックボルトと申します。以後お見知りおきを」
「ど、どうも……」
丁寧な言葉遣いなものの、言葉の節々から鋭い何かを感じる。魔法の名家であるアークゲート家の指南役というだけあって、ただ者でないのは明らかだった。
「旦那様、オーロラお嬢様をお借りしても?」
「は、はい……日課は大切ですよね」
「おぉ……旦那様は話がよく分かるお方。私感動しました! さあさあ、オーロラお嬢様、楽しい楽しい授業をしましょう」
オーロラちゃんを椅子から立たせ、その背中を軽く押すグレイスさん。突然の彼女の登場に驚いていたオーロラちゃんは、今はされるがままになっている。
「わ、分かった。分かったから! 自分で歩くから!」
「さあさあ、楽しい授業ですよー」
グレイスさんに押し出されるようにして部屋の出口に向かうオーロラちゃんは、首だけを振り返って俺達を見た。何とかして欲しいと思っているような顔。
「お嬢様ー、いってらっしゃいませー!」
「が、頑張ってねー」
しかし日課である以上は俺達にはどうすることも出来ない。オーロラちゃん、勉強頑張ってね。
「うううっ……グレイス! 課題を一気に出して! 今日はすぐ終わらせるわ!」
「おぉ……それでこそ当主様の妹君。このグレイスも鼻高々でございます」
そう言って、半ば自棄になったオーロラちゃんとグレイスさんは、部屋を後にしてしまった。
そうなれば、部屋に残るのは俺とリサさんだけで。
「……えっと、お茶飲み終わったらどうしますか?」
「……どちらにせよオーロラちゃんがいないと屋敷には帰れないので、しばらく時間を潰します」
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気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
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