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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第44話 最低な人との出会い
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ユティさんがお土産として喜ぶのは、俺達が入ったカフェから少し離れた場所にある洋菓子店のクッキーらしい。
多くの店員さんに仰々しくお辞儀をされることに少しだけ気圧されながら店を後にした俺は、先導するオーロラちゃんと一緒に歩いていた。先ほどと違って彼女に急ぐような様子はなく、自然体だ。
「……オーロラ?」
けどその歩みが突然止まった。後ろからかけられた声にオーロラちゃんが体を震わせたのを、俺は確かに見た。
振り返れば、立っていたのは一人の女性だ。オーロラちゃんの金髪とは対照的な銀の髪。短く切りそろえた前髪からは、シアやオーロラちゃんと同じ灰色の瞳が覗いていた。
「……ティアラ叔母様」
俺の隣で振り返ったオーロラちゃんは、ティアラと呼んだものの目線は会わせようとしない。俯いていて、表情も俺の位置からは見えなかった。
「……なぜこんなところに……いや、それよりも隣の男は……」
声を聞いてティアラと呼ばれた女性の方を見れば、彼女は俺にじっと目を向けていた。かと思うと、何かを納得したようで笑みを浮かべた。
嫌な笑顔だと、そう思った。
「なるほど、お前がノヴァ・フォルスか」
「……はい」
「私はティアラ・アークゲート。お前の妻の叔母だ。よろしく」
「……よろしくお願いします」
そう言ったけど、俺はこの人にどこか嫌な感じを持っていた。ゼロードの兄上やカイラスの兄上とは違うけど、大まかには同じような。
「是非ともアークゲート家の役に立ってくれたまえ。それがアークゲート家と関わった男の使命なのだからな」
「……はい?」
言われている意味がよく分からなくて、俺は思わず聞き返してしまった。シアの役に立つということだろうか? それなら全力でそうしたいところだけど、少し違うのをティアラさんの口調から感じた。
「…………」
それにオーロラちゃんもさっきから黙ってしまっている。
「君の事は知っているよ。宿敵フォルス家の三男坊にして、何の力も持たない男。悪いけど、当主様から話を聞くまでは知らなくてね。けどアークゲート家の一員になったなら話は別だ。身を粉にして働いてくれることを信じているよ」
「……ノヴァお兄様はそうじゃない。お姉様はお兄様を婿に迎え入れたんじゃなくて、お姉様がフォルス家に行ったんです。だから……そんな言い方は辞めてください」
さっきから沈黙を貫いていたオーロラちゃんが一歩前に出てそう告げる。けどオーロラちゃんの言葉に対して、ティアラさんは鼻で笑った。
「同じことだ。彼はアークゲート家の一員になった。当主様がフォルス家に嫁に行った? ははっ、書面的にはそうだな。だが今のフォルス家とアークゲート家では天と地ほどの差がある。これまでと何も変わらない。アークゲート家がどういう家系なのか、それはお前もよく知っているだろう?」
「……でも、お兄様は違う。今までの……アークゲート家の男性じゃ……」
「……言うじゃないか、オーロラ。姉上がお隠れになって怖いものでもなくなったか? あるいは当主様に気にされて少し調子に乗ったか?」
「…………」
オーロラちゃんの握る手に力が入り、震えはじめる。それに気を良くしたのか、ティアラさんはオーロラちゃんに一歩近づいた。見下ろすような形で、彼女に言葉を浴びせる。
「忘れたのかオーロラ? お前が言っているのは姉上の否定だ。あいつのみならず、お前まで偉大なる姉上を否定するというのか? 他ならぬ姉上に一番愛されていたお前が?」
「わた……しは……」
「思い出せオーロラ。今のお前を作ってくれたのは誰だ? 当主様か? それともそこにいる男か? あるいは何もできなかった父親か?」
「ちが……ちが……う……」
「そうだろう? 誰でもない。お前を作ってくれたのは偉大なる姉――」
「お前、うるさいよ」
前に出て、オーロラちゃんの前に行き、彼女を背に庇う。
ティアラとの壁になることで、オーロラちゃんの視界に映らないようにした。
「なんなんだよお前……さっきからぐだぐだと、これが姪に対する仕打ちか? オーロラちゃんを追い詰めて何がしたいんだよ」
体の奥底から沸き上がってくる怒りに任せて、ティアラに言う。こいつとオーロラちゃんの間に何があったのかは知らない。というよりも、俺はアークゲート家についてほとんど知らない。
でも、震えているオーロラちゃんを……なによりもそうさせたこいつを、許せなかった。
「……部外者は黙っていてもらおうか」
「俺はお前が言うアークゲート家の男なんだろ? だったら関係者だろ」
「私が言ったのはそうではない。アークゲート家の男なら、アークゲート家に従順で――」
「うるせえって言ってるんだよ」
一向に口を閉じないティアラに語気を強くする。さっきから本当にうるさい。
「アークゲート、アークゲート馬鹿みたいに連呼しやがって……いいか? 俺はアークゲートだからシアと結婚したわけじゃない。アークゲートだからオーロラちゃんと一緒にいるわけじゃない。シアだから、オーロラちゃんだから、ユティさんだから一緒にいるんだ。それを、アークゲートって言葉でひとくくりにするな」
「……貴様」
「なにがアークゲート家の男だ。俺はシアの夫で、オーロラちゃんの義理の兄でユティさんの義理の弟、ただそれだけだろ」
「…………」
目の前で苦虫を噛み潰したような顔をするティアラを見て、少しだけ気が晴れた。ほんの少しだけ冷静になった頭で俺は口を開く。
「オーロラちゃんやユティさんを見ているから、シアの家族の人は良い人ばかりだと思ってたよ。でもちょっと違うみたいだ……少なくとも、あんたは最低だ」
「帰ってください」
俺の言葉のすぐ後で右手に感触を感じると同時に、オーロラちゃんからの声が響いた。右を向いてみれば、しっかりと顔を上げて、まっすぐにティアラを見つめたオーロラちゃんがいた。
「この場で会ったことはなかったことにしましょう。お姉様にも報告しません。だから、もう帰ってください」
さっきまでの震えていた少女はもうそこにはいない。真剣な表情で、まっすぐとティアラを見つめ返すオーロラちゃんの姿はいつかのシアを思い起こさせる程だった。
けど右手と繋がれた手はほんの少しだけ震えていて、思わず俺は小さな手を強く握った。大丈夫だと、そう思いを込めて。
「…………」
「帰って」
しばらく無言でにらみ合うティアラとオーロラちゃん。しかしティアラは先ほどからずっと唇を噛みしめていて、今も表情は悔しげなものに変わっている。どちらが優勢なのかは誰の目にも明らかだった。
「……少し話し過ぎたようだ」
辺りを見渡すティアラにつられて、俺も周りを見る。大通りでやり取りをしていたために何人かの人がこっちを見ていた。声量的に話を聞かれてはいないと思うけど、これ以上は注目を浴びてしまうかもしれない。
「失礼する」
そう言って踵を返そうとするティアラは、けど途中で動きを止めて俺を見つめた。
「アークゲートの一族に良い人なんて、いるわけがないだろう」
嗤い、そう言ったティアラは今度こそ踵を返して大通りを去っていく。小さくなっていくその背中を見て、二度と会いたくないと強くそう思った。
多くの店員さんに仰々しくお辞儀をされることに少しだけ気圧されながら店を後にした俺は、先導するオーロラちゃんと一緒に歩いていた。先ほどと違って彼女に急ぐような様子はなく、自然体だ。
「……オーロラ?」
けどその歩みが突然止まった。後ろからかけられた声にオーロラちゃんが体を震わせたのを、俺は確かに見た。
振り返れば、立っていたのは一人の女性だ。オーロラちゃんの金髪とは対照的な銀の髪。短く切りそろえた前髪からは、シアやオーロラちゃんと同じ灰色の瞳が覗いていた。
「……ティアラ叔母様」
俺の隣で振り返ったオーロラちゃんは、ティアラと呼んだものの目線は会わせようとしない。俯いていて、表情も俺の位置からは見えなかった。
「……なぜこんなところに……いや、それよりも隣の男は……」
声を聞いてティアラと呼ばれた女性の方を見れば、彼女は俺にじっと目を向けていた。かと思うと、何かを納得したようで笑みを浮かべた。
嫌な笑顔だと、そう思った。
「なるほど、お前がノヴァ・フォルスか」
「……はい」
「私はティアラ・アークゲート。お前の妻の叔母だ。よろしく」
「……よろしくお願いします」
そう言ったけど、俺はこの人にどこか嫌な感じを持っていた。ゼロードの兄上やカイラスの兄上とは違うけど、大まかには同じような。
「是非ともアークゲート家の役に立ってくれたまえ。それがアークゲート家と関わった男の使命なのだからな」
「……はい?」
言われている意味がよく分からなくて、俺は思わず聞き返してしまった。シアの役に立つということだろうか? それなら全力でそうしたいところだけど、少し違うのをティアラさんの口調から感じた。
「…………」
それにオーロラちゃんもさっきから黙ってしまっている。
「君の事は知っているよ。宿敵フォルス家の三男坊にして、何の力も持たない男。悪いけど、当主様から話を聞くまでは知らなくてね。けどアークゲート家の一員になったなら話は別だ。身を粉にして働いてくれることを信じているよ」
「……ノヴァお兄様はそうじゃない。お姉様はお兄様を婿に迎え入れたんじゃなくて、お姉様がフォルス家に行ったんです。だから……そんな言い方は辞めてください」
さっきから沈黙を貫いていたオーロラちゃんが一歩前に出てそう告げる。けどオーロラちゃんの言葉に対して、ティアラさんは鼻で笑った。
「同じことだ。彼はアークゲート家の一員になった。当主様がフォルス家に嫁に行った? ははっ、書面的にはそうだな。だが今のフォルス家とアークゲート家では天と地ほどの差がある。これまでと何も変わらない。アークゲート家がどういう家系なのか、それはお前もよく知っているだろう?」
「……でも、お兄様は違う。今までの……アークゲート家の男性じゃ……」
「……言うじゃないか、オーロラ。姉上がお隠れになって怖いものでもなくなったか? あるいは当主様に気にされて少し調子に乗ったか?」
「…………」
オーロラちゃんの握る手に力が入り、震えはじめる。それに気を良くしたのか、ティアラさんはオーロラちゃんに一歩近づいた。見下ろすような形で、彼女に言葉を浴びせる。
「忘れたのかオーロラ? お前が言っているのは姉上の否定だ。あいつのみならず、お前まで偉大なる姉上を否定するというのか? 他ならぬ姉上に一番愛されていたお前が?」
「わた……しは……」
「思い出せオーロラ。今のお前を作ってくれたのは誰だ? 当主様か? それともそこにいる男か? あるいは何もできなかった父親か?」
「ちが……ちが……う……」
「そうだろう? 誰でもない。お前を作ってくれたのは偉大なる姉――」
「お前、うるさいよ」
前に出て、オーロラちゃんの前に行き、彼女を背に庇う。
ティアラとの壁になることで、オーロラちゃんの視界に映らないようにした。
「なんなんだよお前……さっきからぐだぐだと、これが姪に対する仕打ちか? オーロラちゃんを追い詰めて何がしたいんだよ」
体の奥底から沸き上がってくる怒りに任せて、ティアラに言う。こいつとオーロラちゃんの間に何があったのかは知らない。というよりも、俺はアークゲート家についてほとんど知らない。
でも、震えているオーロラちゃんを……なによりもそうさせたこいつを、許せなかった。
「……部外者は黙っていてもらおうか」
「俺はお前が言うアークゲート家の男なんだろ? だったら関係者だろ」
「私が言ったのはそうではない。アークゲート家の男なら、アークゲート家に従順で――」
「うるせえって言ってるんだよ」
一向に口を閉じないティアラに語気を強くする。さっきから本当にうるさい。
「アークゲート、アークゲート馬鹿みたいに連呼しやがって……いいか? 俺はアークゲートだからシアと結婚したわけじゃない。アークゲートだからオーロラちゃんと一緒にいるわけじゃない。シアだから、オーロラちゃんだから、ユティさんだから一緒にいるんだ。それを、アークゲートって言葉でひとくくりにするな」
「……貴様」
「なにがアークゲート家の男だ。俺はシアの夫で、オーロラちゃんの義理の兄でユティさんの義理の弟、ただそれだけだろ」
「…………」
目の前で苦虫を噛み潰したような顔をするティアラを見て、少しだけ気が晴れた。ほんの少しだけ冷静になった頭で俺は口を開く。
「オーロラちゃんやユティさんを見ているから、シアの家族の人は良い人ばかりだと思ってたよ。でもちょっと違うみたいだ……少なくとも、あんたは最低だ」
「帰ってください」
俺の言葉のすぐ後で右手に感触を感じると同時に、オーロラちゃんからの声が響いた。右を向いてみれば、しっかりと顔を上げて、まっすぐにティアラを見つめたオーロラちゃんがいた。
「この場で会ったことはなかったことにしましょう。お姉様にも報告しません。だから、もう帰ってください」
さっきまでの震えていた少女はもうそこにはいない。真剣な表情で、まっすぐとティアラを見つめ返すオーロラちゃんの姿はいつかのシアを思い起こさせる程だった。
けど右手と繋がれた手はほんの少しだけ震えていて、思わず俺は小さな手を強く握った。大丈夫だと、そう思いを込めて。
「…………」
「帰って」
しばらく無言でにらみ合うティアラとオーロラちゃん。しかしティアラは先ほどからずっと唇を噛みしめていて、今も表情は悔しげなものに変わっている。どちらが優勢なのかは誰の目にも明らかだった。
「……少し話し過ぎたようだ」
辺りを見渡すティアラにつられて、俺も周りを見る。大通りでやり取りをしていたために何人かの人がこっちを見ていた。声量的に話を聞かれてはいないと思うけど、これ以上は注目を浴びてしまうかもしれない。
「失礼する」
そう言って踵を返そうとするティアラは、けど途中で動きを止めて俺を見つめた。
「アークゲートの一族に良い人なんて、いるわけがないだろう」
嗤い、そう言ったティアラは今度こそ踵を返して大通りを去っていく。小さくなっていくその背中を見て、二度と会いたくないと強くそう思った。
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