宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

文字の大きさ
128 / 237
第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第128話 絵を描いた、もう一人

しおりを挟む
「それで、もう一つのフォルスとアークゲートの反発についてはどうですか?」 
  
 続けて当主様が尋ねられたのは、フォルスの覇気とアークゲートの魔力の反発の解消についてです。これに関しても一年ほど前から優先度を高くして扱っている内容ですね。 
  
「ナタを始めとする研究所との協力で、情報上ではある程度形になっています。フォルスの覇気とアークゲートの魔力の解析、さらには当主様がこの前見せたゼロードの覇気の無力化で実際の検証資料が取れたこともあるので。ただ薬として完成させ、服薬できる段階まではもう少しかかるかと」 
  
「ゼロードは役に立ちましたか?」 
  
 間髪を入れずに質問が飛びますが、その瞬間に当主様の纏う雰囲気が冷たいものになりました。私の心もすっと冷え付きます。 
  
「はい、できうる限りの実験や情報の収集は行いました。処刑までの時間を考えるとやや短い期間でしたが、ゼロ―ドから取れる情報は全て取ったかと。薬の開発段階が進んだのは言うまでもありませんが、まだまだ完成には遠い現状です」 
  
「順調ではあるものの、ある程度時間はどうしてもかかりますね。ですがそう考えると、ゼロ―ドに対して色々な実験を行うために裏で生かせておくべきだったかもしれませんね」 
  
「そちらに関しても進言しようかと考えたのですが、関わっている人数が多いために露見する恐れがあり、進言を取りやめました」 
  
 そう告げると、当主様は、そうですよね、と呟く。 
  
「アークゲートの総力を使えば処刑の実行や死亡後の処理など全てを偽装することも出来たかもしれませんが、今回は厳しかったですね。……いえ、もう済んだことを言っても仕方ないでしょう。ゼロ―ドから得られた情報は生かしつつ、開発を続けてください」 
  
 当主様からの命令に、私はしっかりと頷き返した。 
  
「かしこまりました。両家に使用することになると思うので、今後も多数の研究者や医者で、万全の態勢で挑む所存です」 
  
「お願いします」 
  
 当主様はこれまでも様々な準備を私に命じてきました。けれどそれは全て、ノヴァさんのためでした。 
 きっと今回の薬に関しても、将来的に生まれる子供が苦しまないため、という事でしょう。 
  
 そしてその準備はこれまで十分に役立っています。ゼロードの監視では彼が『影』と関係を持ったことを事前に掴みましたし、ゼロードのデータを元に彼の覇気を無力化する魔法も役に立ったとか。 
 レイモンド王子との接近も、ノヴァさんが当主になったときに王族からの余計な接近を防いでいました。 
  
 本当にこの人は、一体どこまで読んでいるというのか。 
  
「一つお聞きしたいのですが」 
  
「はい、なんでしょうか?」 
  
 報告が終わったこともあり、私は当主様に質問します。 
  
「一体どこまでが当主様の予想通りだったのですか? ノヴァさんがフォルス家の当主になるまで、その全てを予想していたのですか?」 
  
 ここまで当主様の希望通りになっている現実に、私は恐る恐る尋ねる。すると当主様は、クスクスと笑った。 
  
「ターニャさんにも同じことを言われました。ソニアちゃんの一件から始まったこの話、まさか私が仕組んだのですか?と」 
  
「…………」 
  
 その言葉に、私は緊張します。まさか当主様は小さなメイドを初めから巻き込むつもりで……? 
 そう一瞬思ったものの、当主様はため息をつきます。 
  
「実の姉にまでそう思われているのは心外ですが、ソニアちゃんに関しては何もしていません。ノヴァさんが嫌いそうな手を、私が取るわけがないではないですか」 
  
「……そ、そうですよね」 
  
 良かった。当主様は偉大なお方ですが、大事な妹でもあります。ノヴァさんの事を一番に思っているので大丈夫だと思っていましたが、本当にそうみたいで良かっ―― 
  
「だからそれ以外だけですよ。予想通りだったのは」 
  
「…………」 
  
 絶句。そんな私を他所に、当主様は話し始める。 
  
「ノヴァさんがフォルス家に、いえゼロードに対して疑惑を持てば、彼はそれを変えるために動くでしょう。フォルス家もアークゲート家と同じく力が全ての家系。ならば私が力を貸すことで、ノヴァさんが次期当主になれるのは確定。仮に力を認めないとしても、フォルス家の中で最も力がある私が強く発言すればいいだけの事。まあ、トラヴィスは心身ともに疲れ切っていたこともあり、意外とさっくり進みましたが。 
 そうなればゼロードが黙っている筈がありません。プライドが高く、これまでノヴァさんを下に見ていた彼が我慢できる筈がない。そしてその時に彼が行使するのは力以外ありません。 
 だってこれまでも、その力で通用してきたのですから」 
  
 長くこれまでの出来事を話してくれた当主様に、私は固唾を飲みました。 
  
「……そして、全てが当主様の希望通りの結末になった、と」 
  
「もちろん細かいところまでは想定していませんよ。ですが一石が投じられればどのように転がっていくか、それは想定していました。まあ、思った以上に順調に事が進んで、ゼロード周りの監視だけで手が打ててしまったのは拍子抜けでしたが」 
  
 ただ、と当主様は続けます。 
  
「いくつか思った通りになっていないことがあります。いえ、正確には誰かの思惑にかき消された、と言った方が良いでしょうか」 
  
「……? それはいったい」 
  
 当主様の言うことが分からなくて、私は首を傾げます。ここまで希望通りの結果になっているのに、当主様以外に他に誰か動いている人がいる? 
 そういった疑問を態度で示して見せると、当主様は小さく息を吐きました。 
  
「今回の一件、私以上に全てを予想して、しかも絵を描いた人がいるんですよ。まあ、人と呼んでいいのかは分かりませんが」 
  
 そう言った当主様は不意に顔を背けて、そちらをじっと見る。 
 私もそちらに視線を向けますが、そこには誰もいません。気配だってない。けど当主様はじっとそちらを見ていて。 
  
「もう出て来てはいかがですか? 盗み聞きは感心しませんよ」 
  
 その声に、返事はありませんでした。ですが足音を聞いて、私は初めてそこに誰かがいることに気付きました。 
 木陰から、人影がゆっくりとこちらへと出てきます。月の明かりが射しこむ空間に、招かれていない三人目が。 
  
 現れたのは、メイド服を着た小さなメイドでした。 
  
「あ、あの奥様……私、奥様の事が心配で……どうしてこんな深夜にお一人で……」 
  
 知っています。この子が先ほど話題に上がったソニアちゃんです。 
 どうしてこの子がこんな深夜にたった一人で、しかも私に気づかれることなくこの場にいるのか不思議に思い警戒します。 
  
「その表情で、その声で演技するのはやめてください。その子はノヴァさんに好かれています。あなたが真似をしていい子じゃありません」 
  
 底冷えするほど冷たい声が響き渡ります。珍しく怒っていると、そう感じさせる声色。 
 私ですら震えるほどの威圧を前に、ソニアという子は一切動じません。驚いてはいますが、震えてはいない。 
  
 急に戸惑った表情は切り替わり、作られた笑顔へと変化します。 
  
 あまりの急な変わりように、背筋が冷たくなりました。 
  
「賢しい小娘じゃな」 
  
「初めまして、フォルス家の守り神さん。私はレティシア・フォルス・アークゲートです」 
  
「おぉ、しかし礼儀正しい。……儂に名は無い。じゃが守り神と呼ばれているよ」 
  
 目の前で繰り広げられる会話を見ながら、聞きながら、私は戦慄します。 
 私の目の前にいるソニアちゃんという小さなメイド。それがただの小さなメイドではないと、そう気づいたからです。 
  
 今まで風なんて吹いていなかったのに、不意に強い風が私達の間を通り抜けました。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...