宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

文字の大きさ
138 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第138話 何もない筈の部屋

しおりを挟む
 ノークさんと話をした後に別れた俺は人気のない路地裏に移動してゲートの機器を起動させる。いつも通り起動したゲートを潜れば、気温が少し下がった。
 ほんの一瞬で、王都からアークゲートの屋敷まで移動できるのもシアのお陰である。

 アークゲートの屋敷に移動するのも慣れたもので、最初こそユティさんの部屋にゲートを繋ぐっていう失敗をしてしまったが、最近では中庭に繋ぐことが出来ていた。

「あー、でも王都や俺の屋敷が晴れててもこっちが雨の場合もあるから、屋敷の中の方が良いのか」

 なんとなく想像しやすいから中庭にゲートを繋いでいたけど、天気の事を考えると屋敷の中の方が良いかもしれないと思い直した。
 入口あたりが想像しやすいけど、上手くいくだろうか。それこそシアに頼んで想像しやすいものを置いた移動用の部屋でも設けてもらう?

 そんなことを考えながらアークゲートの屋敷の中に続く扉を開けて入る。まずはシアに会いに行こうと思って、左右に分かれる階段のある入り口に足を進めた。
 少し歩いて曲がり角を曲がったとき、前方から歩いてくる人影に気づいた。

「……あれ? ユティさん?」

「あ、ノヴァさん、こんにちは、いらしていたんですね」

 本を数冊手に持ってこちらへと歩いてきたのは、ユティさんだった。彼女はいつも通りの無表情で俺に近づいてくるから、手を小さく挙げて返した。

「はい、今ちょうど来たところで。お土産もありますよ」

「ありがとうございます……ただすみません、今は当主様もオーラもどちらも外出していまして……私の方で預かっておきますね」

「あ、そうなんですか?」

「はい……わざわざ来ていただいたのにすみません」

 オーロラちゃんが居ない事は知っていたけど、まさかシアまで不在だとは知らなかった。まあ彼女も多忙だし、何か仕事で屋敷を出ているんだろう。ひょっとしたら俺みたいに北側の貴族へ挨拶に行っているかもしれないし。

 ユティさんは俺の紙袋をじっと見て、「それなら」と声を上げた。

「良ければ私の部屋でお茶でもしませんか? もてなしますよ」

「いいんですか?」

「はい、オーラとはお茶をしたと聞いていますし、当主様とも何度もしているとか。その二人が居ない以上、仮の家主として精いっぱいおもてなしさせてください」

「で、ではお言葉に甘えて……」

 そんな大げさなことじゃないと思うけど、ユティさんの表情は変わることなく、視線はまっすぐだった。
 俺の言葉にユティさんは頷いて、来た道を振り返る。

「それでは先に私の部屋に向かっていてください。本を返却したら行きますので」

「え? それくらいなら付き合いますよ?」

 ここから図書室までは少し時間がかかるけど、それくらいなら問題ない。そう思って言ったんだけど、ユティさんは首を横に振った。

「いえ、本もこれだけですし、ちょっと探さなくてはならないものもありますので、私の部屋でゆっくりしていてください」

「まあ、そういう事なら分かりました」

 きっとユティさんもしなきゃいけないことがあるんだろう。そう思って俺は彼女と別れて、ユティさんの部屋へと向かった。



 ×××



 ユティさんの部屋は2階に上がる階段の内、右側に上がっていけばたどり着くことが出来る。
 ちなみに左側にはオーロラちゃんの部屋とシアの部屋、そしてシアの執務室があったりする。

 アークゲート家の屋敷はフォルスの屋敷よりも広くて、移動に少しだけ時間がかかる。今も階段を上って扉を開いて、それでようやく2階の廊下に出られるくらいだ。
 絨毯が敷かれた廊下を歩いて、そして曲がり角を曲がればすぐユティさんの部屋の扉が見えてくる。俺が何回か片づけを手伝ったり、一度だけゲートを繋いでしまった思い出のある部屋でもある。というか、記憶に残りやすい部屋というか。

「…………」

 ユティさんの部屋は曲がり角を曲がってすぐの位置にある。この屋敷は左右対称で同じような造りをしていて、左側でいうならオーロラちゃんの部屋に対応していると言えるだろう。

 つまり、廊下にはまだ続きがある。
 左側で言うところのオーロラちゃんの部屋の先にシアの部屋と執務室があるように、右側のユティさんの部屋の扉のさらに先に、立派な造りの扉が見える。

「…………」

 そちらへと、なんとなく足を進める。近づいてみると、扉の造りは左側にあるシアの執務室と同じみたいだ。この感じだと中も同じなんじゃないだろうか。
 そう思って近づいたとき、正面の両開きの扉よりも、その一個手前の部屋の扉が目に入った。

 左側ではシアの私室になっている位置の部屋だ。なんとなく手をドアノブにかけて捻ってみると、何の抵抗もなく回った。

「あい……てる……」

 この扉を押せば、僅かに動く。なのになぜかそれに抵抗があって、扉が重く感じた。造りなんて、それこそオーロラちゃんの部屋やシアの部屋と同じはずなのに。

「…………」

 小さく息を吸って、手に力を入れる。
 思った以上にあっさりと扉は開いた。

「……は……ははっ」

 部屋の中を見て、俺は笑っていた。日差しが射しこむ部屋は奥までよく見える。その部屋は机やベッドが置かれただけの部屋だった。

『空き部屋だよ』

 不意にオーロラちゃんの言葉が頭を過ぎる。彼女の言う通り、ここはただの空き部屋のようだった。

「……当たり前だろ」

 自分で自分にそう言って、俺は笑う。なんでこの部屋に何かがあるように思っていたのか、何で扉を開けるだけで緊張していたのか、自分でもよく分からない。
 扉を閉めて、左にある両開きの扉を見る。その頃には俺の中からは緊張感なんてものは消え失せていた。

 どうせこの部屋も空き部屋で、使われていない家具が置いてあるだけだろう。

 そう思ったから、こっちの扉に手をかけるときの動きは淀みがなかった。
 左側ではシアの執務室に当たる部屋。シアの執務室には入ったことがあるから、きっとこっちも同じだろう。

 扉を、開く。

「……やっぱり、そうだよな」

 目に入ってきたのは使われていない執務机や長椅子、テーブルだった。こっちの家具の配置もシアの執務室に似ていて、それも当然かと、そう思えた。









「何をしているんですか? ノヴァさん」

 背後から声が聞こえて、俺はとっさに振り返った。近い距離にユティさんがいて叫びそうになる。後ろに歩いてきた気配を全く感じなかった。

「ユ、ユティさん?」

「ノヴァさん……私の部屋に行きましょう」

 彼女は俺を見上げている。いつもの無表情だけど、瞳には縋るような何かがあって。
 しかも彼女は俺の袖を指で固くつまんでいた。

「す、すみません……ちょっと気になってしまって」

「大丈夫です。だから行きましょう……ね?」

「は、はい……」

 最初は驚いたし、ユティさんに怒られるかと思ったけど、彼女の様子はどちらかと言うと逆で、「やめて」と訴えているみたいだった。
 その雰囲気に当然だけど負けて、俺は扉を閉める。そこまで来てようやく、ユティさんは安堵したようだった。

「……実は最近美味しいコーヒーを入手したんです。ぜひノヴァさんに召し上がって欲しいと思いまして」

「本当ですか? それは楽しみです」

 俺とユティさんは二人で歩いて、ユティさんの部屋に移動する。俺達の間に流れる会話は他愛のないものだったけど、もうあの部屋に行くのはやめようと、俺はそう心に決めていた。
 頭には今もユティさんの表情が思い浮かぶ。それに何より。

 ユティさんは自分の部屋に俺を連れていくまで、ずっと俺の袖を摘まみ続けていたから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?

咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。 ※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。 ※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。 ※騎士の上位が聖騎士という設定です。 ※下品かも知れません。 ※甘々(当社比) ※ご都合展開あり。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...