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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第137話 ノクターンとの会話
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「こんなところで、ごめんなさいね」
「いえ、元々は自分が急に声をかけたのが原因ですから」
ノクターンさんと出会った大通りから少し離れた場所にある広場。そこに設置されたベンチに、俺達は腰かけていた。近くに人の姿はなく、遠く離れたところで遊んでいる子供達や、それを見守る親達の姿があるだけだ。
シアと間違えてノクターンさんに声をかけた俺は、彼女に誘われるままにここに来ていた。彼女と会うのはこれが初めてだけど、俺がノクターンさんの事を聞いていたように、彼女もまた俺の事を聞いていたんだろう。
少し話をしませんか? と聞かれて、二つ返事で頷いた。
「まずはもう少し詳しい自己紹介を。私の名前はノクターン・アークゲート。長いのでノークとでも呼んでください。自分のことながら、あまり他では見なくて呼びにくい名前だと思うのですが」
「分かりました。ではノークさんと呼ばせてもらいます」
ノクターンと言う名前はアークゲートの屋敷で聞いたときも珍しい名前だと思っていた。そう思っていたのはノークさんも同じらしく苦笑いをしていたけど、その苦笑いもシアと少し似ているな、なんて思ったりした。
「現在はレスタリアというノーザンプションに近い領地の領主を務めています。ティアラお姉様には会いましたか? あるいはシスティでも良いのですが。私はティアラの妹で、システィの母親です。あとはユティとは会っていますよね? 一時期ですが、彼女の先生をしていたこともあるんですよ」
「はい、全員に会ったことがあります。それにユティさんはノークさんの事を尊敬しているみたいでしたし」
「ふふっ、嬉しいですね、教え子かつ姪に慕われるというのは」
雰囲気は先生と言うだけあってユティさんに似て穏やかだけど、意外と話しやすい人だと感じた。それにティアラのような悪い感じもしない。
あのユティさんが先生と慕うのがよく分かる人だな、と思った。
「ユティは……元気ですか?」
「ユティさんですか? 元気だと……思いますが……」
少なくとも俺が出会ってから今まで、ユティさんに何か異変を感じたことはなかった。基本的に無表情だけど雰囲気が柔らかいときはあるし、ごくまれに笑ってくれることを考えると元気と言っていいのかもしれない。
「そうですか。彼女はレティシアとも仲は良さそうですか?」
「? そう……見えますが……」
あくまでも俺から見た話になるけど、アークゲートの三姉妹は仲が良い美人姉妹って印象だ。シアとユティさんは会話を交わす機会こそ少ないけど、しっかりと互いを尊重し、信じていると感じられた。
だから正直に返事をすると、ノークさんは少しだけ息を吐いた。
安堵しているようにも思われた。
「あの……それって一体?」
「……昔は色々あったんです。アークゲートの本家に、いえ、エリザお姉様の娘として生まれた時点で、彼女達の内の誰かが次の当主になるのは運命でした。でもユティは人を率いるという事に向いていなかった。彼女は私と同じで誰かを支えるという事に向いていましたから」
それはユティさん自身からも聞いたことだった。先陣に立ったり長になるような人物ではなく、長になるべき人物を支える人だと、他ならぬユティさんが語ってくれた。
「ですが周りからすればユティもまた後継者候補です。だから自分を必死に押し殺して、いろんな人の顔色を窺って、表ではアークゲートの一員として立派に振舞いながらも、強く主張することで他の姉妹派閥との諍いを引き起こさないようにしていました。
幼いながらに彼女は周りを見て、見て、見続けて……決定的な間違いをしないように立ち回っていました」
「……ユティさんが……そうだったんですね」
ユティさんにシアにオーロラちゃん。シアは期待されていなかったって言っていたけど、アークゲート家の中には彼女に目を向けていた人もいたのかもしれない。それにオーロラちゃんはアークゲート家の最高傑作とまで言われていたらしいし、支持している人も多かっただろう。
今でこそ仲が良いように見えるユティさんとオーロラちゃんだけど、彼女達を支持する人達はきっとそうじゃなかったはずだ。
きっとどっちが当主になるか、見えないところで色々な策略が動いていた事だろう。
それを幼いながらに知って、何とかしようと動くしかなかったユティさんの苦労はどれだけか。俺には考えもつかないけど、きっと、とてつもない負担だったんじゃないかと思った。
「……結果、ユティはレティシアに対して不干渉を貫いた。自分が彼女を助けることで、何か良くない流れが起こる可能性があると気づいていたのだと思います」
「……だからユティさんは……シアの事を」
「そういう事だと思います」
ユティさんはよくシアの事を案じている。お姉さんとして、っていうのもあると思うけど、その気持ちがたまに強すぎると感じることもあった。
ノークさんの言葉通りなら、姉としてというのに加えて、贖罪という意味もあったのか。
俺の言葉にノークさんは微笑んだ表情をこっちに向けた。
「ですが、今は仲良く出来ているという事を聞けて本当に良かったです。少し不安なこともありましたが……」
「不安なこと……ですか?」
「実は私はユティの支援者の一人だったんです。だから一度は彼女に当主になるように説得しました。ですがその後すぐにレティシアが力に目覚めて頭角を現し始めたため、それならばと彼女の補佐に回る道を提案したんです。……家の事を考えるなら正解だったかは分かりませんが、ユティの事を考えるならきっと正解なんだと思います。
ただ、娘と共にあまりにもレティシアを神格化しすぎている傾向はあるので、そこは少し微妙ですが」
乾いた笑みを浮かべて遠くを見つめるノークさん。その表情からは、いつか見たラプラスさんと同じように少しの疲れを感じ取った。
彼女はしばらく遠くに目線を向けていたけど、そこには何もない。いやきっとノークさんの心の中にしかないんだろう。
しばらく遠くを見ていたノークさんだけど、しばらくしてから視線を外して再びこちらに目を向けた。雲間がちょうど切れて日の光が強く射し込み、俺とノークさんを明るく照らす。
「すみません、私ばっかり話しすぎてしまいましたね。年を取ると昔話や後進の事ばかり気になってしまって、つい……」
「いえ、こちらもシアやユティさんの事が聞けて良かったです」
「あら、旦那様はお優しいんですね。娘から聞いた通りです」
「システィさんが……俺のことを?」
彼女と接点はあまりない筈だけど、と思うと、ノークさんは「ええ」と言った。
「たまに私の所に来て話してくれるんです。といってもそこまで多くの事は聞いていませんけど」
くすりと姉妹に似た笑い方をして、ノークさんは続ける。
「……それよりも旦那様、どうせならレティシアの事も聞かせていただけませんか? あの子が旦那様と一緒にいて幸せだという事を、他ならぬあなたの口から聞きたいんです」
「シアの事……ですね……分かりました。少し恥ずかしいですけど……」
ノークさんに言われて、俺はシアとの思い出を話した。
彼女がフォルス家に縁談を申し込んでから今に至るまでの事、サリアの街で初めてデートしたときの事や、一緒に夕餉を楽しんだ時の事、それにアークゲートの屋敷でユティさんとオーロラちゃんとシアと過ごしたときの事。
それらを、ノークさんはただ黙って聞いていた。
常に微笑みを浮かべて、遠くにいた親子が子供達に向けるような表情で、ずっと聞いていた。
「いえ、元々は自分が急に声をかけたのが原因ですから」
ノクターンさんと出会った大通りから少し離れた場所にある広場。そこに設置されたベンチに、俺達は腰かけていた。近くに人の姿はなく、遠く離れたところで遊んでいる子供達や、それを見守る親達の姿があるだけだ。
シアと間違えてノクターンさんに声をかけた俺は、彼女に誘われるままにここに来ていた。彼女と会うのはこれが初めてだけど、俺がノクターンさんの事を聞いていたように、彼女もまた俺の事を聞いていたんだろう。
少し話をしませんか? と聞かれて、二つ返事で頷いた。
「まずはもう少し詳しい自己紹介を。私の名前はノクターン・アークゲート。長いのでノークとでも呼んでください。自分のことながら、あまり他では見なくて呼びにくい名前だと思うのですが」
「分かりました。ではノークさんと呼ばせてもらいます」
ノクターンと言う名前はアークゲートの屋敷で聞いたときも珍しい名前だと思っていた。そう思っていたのはノークさんも同じらしく苦笑いをしていたけど、その苦笑いもシアと少し似ているな、なんて思ったりした。
「現在はレスタリアというノーザンプションに近い領地の領主を務めています。ティアラお姉様には会いましたか? あるいはシスティでも良いのですが。私はティアラの妹で、システィの母親です。あとはユティとは会っていますよね? 一時期ですが、彼女の先生をしていたこともあるんですよ」
「はい、全員に会ったことがあります。それにユティさんはノークさんの事を尊敬しているみたいでしたし」
「ふふっ、嬉しいですね、教え子かつ姪に慕われるというのは」
雰囲気は先生と言うだけあってユティさんに似て穏やかだけど、意外と話しやすい人だと感じた。それにティアラのような悪い感じもしない。
あのユティさんが先生と慕うのがよく分かる人だな、と思った。
「ユティは……元気ですか?」
「ユティさんですか? 元気だと……思いますが……」
少なくとも俺が出会ってから今まで、ユティさんに何か異変を感じたことはなかった。基本的に無表情だけど雰囲気が柔らかいときはあるし、ごくまれに笑ってくれることを考えると元気と言っていいのかもしれない。
「そうですか。彼女はレティシアとも仲は良さそうですか?」
「? そう……見えますが……」
あくまでも俺から見た話になるけど、アークゲートの三姉妹は仲が良い美人姉妹って印象だ。シアとユティさんは会話を交わす機会こそ少ないけど、しっかりと互いを尊重し、信じていると感じられた。
だから正直に返事をすると、ノークさんは少しだけ息を吐いた。
安堵しているようにも思われた。
「あの……それって一体?」
「……昔は色々あったんです。アークゲートの本家に、いえ、エリザお姉様の娘として生まれた時点で、彼女達の内の誰かが次の当主になるのは運命でした。でもユティは人を率いるという事に向いていなかった。彼女は私と同じで誰かを支えるという事に向いていましたから」
それはユティさん自身からも聞いたことだった。先陣に立ったり長になるような人物ではなく、長になるべき人物を支える人だと、他ならぬユティさんが語ってくれた。
「ですが周りからすればユティもまた後継者候補です。だから自分を必死に押し殺して、いろんな人の顔色を窺って、表ではアークゲートの一員として立派に振舞いながらも、強く主張することで他の姉妹派閥との諍いを引き起こさないようにしていました。
幼いながらに彼女は周りを見て、見て、見続けて……決定的な間違いをしないように立ち回っていました」
「……ユティさんが……そうだったんですね」
ユティさんにシアにオーロラちゃん。シアは期待されていなかったって言っていたけど、アークゲート家の中には彼女に目を向けていた人もいたのかもしれない。それにオーロラちゃんはアークゲート家の最高傑作とまで言われていたらしいし、支持している人も多かっただろう。
今でこそ仲が良いように見えるユティさんとオーロラちゃんだけど、彼女達を支持する人達はきっとそうじゃなかったはずだ。
きっとどっちが当主になるか、見えないところで色々な策略が動いていた事だろう。
それを幼いながらに知って、何とかしようと動くしかなかったユティさんの苦労はどれだけか。俺には考えもつかないけど、きっと、とてつもない負担だったんじゃないかと思った。
「……結果、ユティはレティシアに対して不干渉を貫いた。自分が彼女を助けることで、何か良くない流れが起こる可能性があると気づいていたのだと思います」
「……だからユティさんは……シアの事を」
「そういう事だと思います」
ユティさんはよくシアの事を案じている。お姉さんとして、っていうのもあると思うけど、その気持ちがたまに強すぎると感じることもあった。
ノークさんの言葉通りなら、姉としてというのに加えて、贖罪という意味もあったのか。
俺の言葉にノークさんは微笑んだ表情をこっちに向けた。
「ですが、今は仲良く出来ているという事を聞けて本当に良かったです。少し不安なこともありましたが……」
「不安なこと……ですか?」
「実は私はユティの支援者の一人だったんです。だから一度は彼女に当主になるように説得しました。ですがその後すぐにレティシアが力に目覚めて頭角を現し始めたため、それならばと彼女の補佐に回る道を提案したんです。……家の事を考えるなら正解だったかは分かりませんが、ユティの事を考えるならきっと正解なんだと思います。
ただ、娘と共にあまりにもレティシアを神格化しすぎている傾向はあるので、そこは少し微妙ですが」
乾いた笑みを浮かべて遠くを見つめるノークさん。その表情からは、いつか見たラプラスさんと同じように少しの疲れを感じ取った。
彼女はしばらく遠くに目線を向けていたけど、そこには何もない。いやきっとノークさんの心の中にしかないんだろう。
しばらく遠くを見ていたノークさんだけど、しばらくしてから視線を外して再びこちらに目を向けた。雲間がちょうど切れて日の光が強く射し込み、俺とノークさんを明るく照らす。
「すみません、私ばっかり話しすぎてしまいましたね。年を取ると昔話や後進の事ばかり気になってしまって、つい……」
「いえ、こちらもシアやユティさんの事が聞けて良かったです」
「あら、旦那様はお優しいんですね。娘から聞いた通りです」
「システィさんが……俺のことを?」
彼女と接点はあまりない筈だけど、と思うと、ノークさんは「ええ」と言った。
「たまに私の所に来て話してくれるんです。といってもそこまで多くの事は聞いていませんけど」
くすりと姉妹に似た笑い方をして、ノークさんは続ける。
「……それよりも旦那様、どうせならレティシアの事も聞かせていただけませんか? あの子が旦那様と一緒にいて幸せだという事を、他ならぬあなたの口から聞きたいんです」
「シアの事……ですね……分かりました。少し恥ずかしいですけど……」
ノークさんに言われて、俺はシアとの思い出を話した。
彼女がフォルス家に縁談を申し込んでから今に至るまでの事、サリアの街で初めてデートしたときの事や、一緒に夕餉を楽しんだ時の事、それにアークゲートの屋敷でユティさんとオーロラちゃんとシアと過ごしたときの事。
それらを、ノークさんはただ黙って聞いていた。
常に微笑みを浮かべて、遠くにいた親子が子供達に向けるような表情で、ずっと聞いていた。
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