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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第138話 何もない筈の部屋
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ノークさんと話をした後に別れた俺は人気のない路地裏に移動してゲートの機器を起動させる。いつも通り起動したゲートを潜れば、気温が少し下がった。
ほんの一瞬で、王都からアークゲートの屋敷まで移動できるのもシアのお陰である。
アークゲートの屋敷に移動するのも慣れたもので、最初こそユティさんの部屋にゲートを繋ぐっていう失敗をしてしまったが、最近では中庭に繋ぐことが出来ていた。
「あー、でも王都や俺の屋敷が晴れててもこっちが雨の場合もあるから、屋敷の中の方が良いのか」
なんとなく想像しやすいから中庭にゲートを繋いでいたけど、天気の事を考えると屋敷の中の方が良いかもしれないと思い直した。
入口あたりが想像しやすいけど、上手くいくだろうか。それこそシアに頼んで想像しやすいものを置いた移動用の部屋でも設けてもらう?
そんなことを考えながらアークゲートの屋敷の中に続く扉を開けて入る。まずはシアに会いに行こうと思って、左右に分かれる階段のある入り口に足を進めた。
少し歩いて曲がり角を曲がったとき、前方から歩いてくる人影に気づいた。
「……あれ? ユティさん?」
「あ、ノヴァさん、こんにちは、いらしていたんですね」
本を数冊手に持ってこちらへと歩いてきたのは、ユティさんだった。彼女はいつも通りの無表情で俺に近づいてくるから、手を小さく挙げて返した。
「はい、今ちょうど来たところで。お土産もありますよ」
「ありがとうございます……ただすみません、今は当主様もオーラもどちらも外出していまして……私の方で預かっておきますね」
「あ、そうなんですか?」
「はい……わざわざ来ていただいたのにすみません」
オーロラちゃんが居ない事は知っていたけど、まさかシアまで不在だとは知らなかった。まあ彼女も多忙だし、何か仕事で屋敷を出ているんだろう。ひょっとしたら俺みたいに北側の貴族へ挨拶に行っているかもしれないし。
ユティさんは俺の紙袋をじっと見て、「それなら」と声を上げた。
「良ければ私の部屋でお茶でもしませんか? もてなしますよ」
「いいんですか?」
「はい、オーラとはお茶をしたと聞いていますし、当主様とも何度もしているとか。その二人が居ない以上、仮の家主として精いっぱいおもてなしさせてください」
「で、ではお言葉に甘えて……」
そんな大げさなことじゃないと思うけど、ユティさんの表情は変わることなく、視線はまっすぐだった。
俺の言葉にユティさんは頷いて、来た道を振り返る。
「それでは先に私の部屋に向かっていてください。本を返却したら行きますので」
「え? それくらいなら付き合いますよ?」
ここから図書室までは少し時間がかかるけど、それくらいなら問題ない。そう思って言ったんだけど、ユティさんは首を横に振った。
「いえ、本もこれだけですし、ちょっと探さなくてはならないものもありますので、私の部屋でゆっくりしていてください」
「まあ、そういう事なら分かりました」
きっとユティさんもしなきゃいけないことがあるんだろう。そう思って俺は彼女と別れて、ユティさんの部屋へと向かった。
×××
ユティさんの部屋は2階に上がる階段の内、右側に上がっていけばたどり着くことが出来る。
ちなみに左側にはオーロラちゃんの部屋とシアの部屋、そしてシアの執務室があったりする。
アークゲート家の屋敷はフォルスの屋敷よりも広くて、移動に少しだけ時間がかかる。今も階段を上って扉を開いて、それでようやく2階の廊下に出られるくらいだ。
絨毯が敷かれた廊下を歩いて、そして曲がり角を曲がればすぐユティさんの部屋の扉が見えてくる。俺が何回か片づけを手伝ったり、一度だけゲートを繋いでしまった思い出のある部屋でもある。というか、記憶に残りやすい部屋というか。
「…………」
ユティさんの部屋は曲がり角を曲がってすぐの位置にある。この屋敷は左右対称で同じような造りをしていて、左側でいうならオーロラちゃんの部屋に対応していると言えるだろう。
つまり、廊下にはまだ続きがある。
左側で言うところのオーロラちゃんの部屋の先にシアの部屋と執務室があるように、右側のユティさんの部屋の扉のさらに先に、立派な造りの扉が見える。
「…………」
そちらへと、なんとなく足を進める。近づいてみると、扉の造りは左側にあるシアの執務室と同じみたいだ。この感じだと中も同じなんじゃないだろうか。
そう思って近づいたとき、正面の両開きの扉よりも、その一個手前の部屋の扉が目に入った。
左側ではシアの私室になっている位置の部屋だ。なんとなく手をドアノブにかけて捻ってみると、何の抵抗もなく回った。
「あい……てる……」
この扉を押せば、僅かに動く。なのになぜかそれに抵抗があって、扉が重く感じた。造りなんて、それこそオーロラちゃんの部屋やシアの部屋と同じはずなのに。
「…………」
小さく息を吸って、手に力を入れる。
思った以上にあっさりと扉は開いた。
「……は……ははっ」
部屋の中を見て、俺は笑っていた。日差しが射しこむ部屋は奥までよく見える。その部屋は机やベッドが置かれただけの部屋だった。
『空き部屋だよ』
不意にオーロラちゃんの言葉が頭を過ぎる。彼女の言う通り、ここはただの空き部屋のようだった。
「……当たり前だろ」
自分で自分にそう言って、俺は笑う。なんでこの部屋に何かがあるように思っていたのか、何で扉を開けるだけで緊張していたのか、自分でもよく分からない。
扉を閉めて、左にある両開きの扉を見る。その頃には俺の中からは緊張感なんてものは消え失せていた。
どうせこの部屋も空き部屋で、使われていない家具が置いてあるだけだろう。
そう思ったから、こっちの扉に手をかけるときの動きは淀みがなかった。
左側ではシアの執務室に当たる部屋。シアの執務室には入ったことがあるから、きっとこっちも同じだろう。
扉を、開く。
「……やっぱり、そうだよな」
目に入ってきたのは使われていない執務机や長椅子、テーブルだった。こっちの家具の配置もシアの執務室に似ていて、それも当然かと、そう思えた。
「何をしているんですか? ノヴァさん」
背後から声が聞こえて、俺はとっさに振り返った。近い距離にユティさんがいて叫びそうになる。後ろに歩いてきた気配を全く感じなかった。
「ユ、ユティさん?」
「ノヴァさん……私の部屋に行きましょう」
彼女は俺を見上げている。いつもの無表情だけど、瞳には縋るような何かがあって。
しかも彼女は俺の袖を指で固くつまんでいた。
「す、すみません……ちょっと気になってしまって」
「大丈夫です。だから行きましょう……ね?」
「は、はい……」
最初は驚いたし、ユティさんに怒られるかと思ったけど、彼女の様子はどちらかと言うと逆で、「やめて」と訴えているみたいだった。
その雰囲気に当然だけど負けて、俺は扉を閉める。そこまで来てようやく、ユティさんは安堵したようだった。
「……実は最近美味しいコーヒーを入手したんです。ぜひノヴァさんに召し上がって欲しいと思いまして」
「本当ですか? それは楽しみです」
俺とユティさんは二人で歩いて、ユティさんの部屋に移動する。俺達の間に流れる会話は他愛のないものだったけど、もうあの部屋に行くのはやめようと、俺はそう心に決めていた。
頭には今もユティさんの表情が思い浮かぶ。それに何より。
ユティさんは自分の部屋に俺を連れていくまで、ずっと俺の袖を摘まみ続けていたから。
ほんの一瞬で、王都からアークゲートの屋敷まで移動できるのもシアのお陰である。
アークゲートの屋敷に移動するのも慣れたもので、最初こそユティさんの部屋にゲートを繋ぐっていう失敗をしてしまったが、最近では中庭に繋ぐことが出来ていた。
「あー、でも王都や俺の屋敷が晴れててもこっちが雨の場合もあるから、屋敷の中の方が良いのか」
なんとなく想像しやすいから中庭にゲートを繋いでいたけど、天気の事を考えると屋敷の中の方が良いかもしれないと思い直した。
入口あたりが想像しやすいけど、上手くいくだろうか。それこそシアに頼んで想像しやすいものを置いた移動用の部屋でも設けてもらう?
そんなことを考えながらアークゲートの屋敷の中に続く扉を開けて入る。まずはシアに会いに行こうと思って、左右に分かれる階段のある入り口に足を進めた。
少し歩いて曲がり角を曲がったとき、前方から歩いてくる人影に気づいた。
「……あれ? ユティさん?」
「あ、ノヴァさん、こんにちは、いらしていたんですね」
本を数冊手に持ってこちらへと歩いてきたのは、ユティさんだった。彼女はいつも通りの無表情で俺に近づいてくるから、手を小さく挙げて返した。
「はい、今ちょうど来たところで。お土産もありますよ」
「ありがとうございます……ただすみません、今は当主様もオーラもどちらも外出していまして……私の方で預かっておきますね」
「あ、そうなんですか?」
「はい……わざわざ来ていただいたのにすみません」
オーロラちゃんが居ない事は知っていたけど、まさかシアまで不在だとは知らなかった。まあ彼女も多忙だし、何か仕事で屋敷を出ているんだろう。ひょっとしたら俺みたいに北側の貴族へ挨拶に行っているかもしれないし。
ユティさんは俺の紙袋をじっと見て、「それなら」と声を上げた。
「良ければ私の部屋でお茶でもしませんか? もてなしますよ」
「いいんですか?」
「はい、オーラとはお茶をしたと聞いていますし、当主様とも何度もしているとか。その二人が居ない以上、仮の家主として精いっぱいおもてなしさせてください」
「で、ではお言葉に甘えて……」
そんな大げさなことじゃないと思うけど、ユティさんの表情は変わることなく、視線はまっすぐだった。
俺の言葉にユティさんは頷いて、来た道を振り返る。
「それでは先に私の部屋に向かっていてください。本を返却したら行きますので」
「え? それくらいなら付き合いますよ?」
ここから図書室までは少し時間がかかるけど、それくらいなら問題ない。そう思って言ったんだけど、ユティさんは首を横に振った。
「いえ、本もこれだけですし、ちょっと探さなくてはならないものもありますので、私の部屋でゆっくりしていてください」
「まあ、そういう事なら分かりました」
きっとユティさんもしなきゃいけないことがあるんだろう。そう思って俺は彼女と別れて、ユティさんの部屋へと向かった。
×××
ユティさんの部屋は2階に上がる階段の内、右側に上がっていけばたどり着くことが出来る。
ちなみに左側にはオーロラちゃんの部屋とシアの部屋、そしてシアの執務室があったりする。
アークゲート家の屋敷はフォルスの屋敷よりも広くて、移動に少しだけ時間がかかる。今も階段を上って扉を開いて、それでようやく2階の廊下に出られるくらいだ。
絨毯が敷かれた廊下を歩いて、そして曲がり角を曲がればすぐユティさんの部屋の扉が見えてくる。俺が何回か片づけを手伝ったり、一度だけゲートを繋いでしまった思い出のある部屋でもある。というか、記憶に残りやすい部屋というか。
「…………」
ユティさんの部屋は曲がり角を曲がってすぐの位置にある。この屋敷は左右対称で同じような造りをしていて、左側でいうならオーロラちゃんの部屋に対応していると言えるだろう。
つまり、廊下にはまだ続きがある。
左側で言うところのオーロラちゃんの部屋の先にシアの部屋と執務室があるように、右側のユティさんの部屋の扉のさらに先に、立派な造りの扉が見える。
「…………」
そちらへと、なんとなく足を進める。近づいてみると、扉の造りは左側にあるシアの執務室と同じみたいだ。この感じだと中も同じなんじゃないだろうか。
そう思って近づいたとき、正面の両開きの扉よりも、その一個手前の部屋の扉が目に入った。
左側ではシアの私室になっている位置の部屋だ。なんとなく手をドアノブにかけて捻ってみると、何の抵抗もなく回った。
「あい……てる……」
この扉を押せば、僅かに動く。なのになぜかそれに抵抗があって、扉が重く感じた。造りなんて、それこそオーロラちゃんの部屋やシアの部屋と同じはずなのに。
「…………」
小さく息を吸って、手に力を入れる。
思った以上にあっさりと扉は開いた。
「……は……ははっ」
部屋の中を見て、俺は笑っていた。日差しが射しこむ部屋は奥までよく見える。その部屋は机やベッドが置かれただけの部屋だった。
『空き部屋だよ』
不意にオーロラちゃんの言葉が頭を過ぎる。彼女の言う通り、ここはただの空き部屋のようだった。
「……当たり前だろ」
自分で自分にそう言って、俺は笑う。なんでこの部屋に何かがあるように思っていたのか、何で扉を開けるだけで緊張していたのか、自分でもよく分からない。
扉を閉めて、左にある両開きの扉を見る。その頃には俺の中からは緊張感なんてものは消え失せていた。
どうせこの部屋も空き部屋で、使われていない家具が置いてあるだけだろう。
そう思ったから、こっちの扉に手をかけるときの動きは淀みがなかった。
左側ではシアの執務室に当たる部屋。シアの執務室には入ったことがあるから、きっとこっちも同じだろう。
扉を、開く。
「……やっぱり、そうだよな」
目に入ってきたのは使われていない執務机や長椅子、テーブルだった。こっちの家具の配置もシアの執務室に似ていて、それも当然かと、そう思えた。
「何をしているんですか? ノヴァさん」
背後から声が聞こえて、俺はとっさに振り返った。近い距離にユティさんがいて叫びそうになる。後ろに歩いてきた気配を全く感じなかった。
「ユ、ユティさん?」
「ノヴァさん……私の部屋に行きましょう」
彼女は俺を見上げている。いつもの無表情だけど、瞳には縋るような何かがあって。
しかも彼女は俺の袖を指で固くつまんでいた。
「す、すみません……ちょっと気になってしまって」
「大丈夫です。だから行きましょう……ね?」
「は、はい……」
最初は驚いたし、ユティさんに怒られるかと思ったけど、彼女の様子はどちらかと言うと逆で、「やめて」と訴えているみたいだった。
その雰囲気に当然だけど負けて、俺は扉を閉める。そこまで来てようやく、ユティさんは安堵したようだった。
「……実は最近美味しいコーヒーを入手したんです。ぜひノヴァさんに召し上がって欲しいと思いまして」
「本当ですか? それは楽しみです」
俺とユティさんは二人で歩いて、ユティさんの部屋に移動する。俺達の間に流れる会話は他愛のないものだったけど、もうあの部屋に行くのはやめようと、俺はそう心に決めていた。
頭には今もユティさんの表情が思い浮かぶ。それに何より。
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