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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第144話 アランの心中と決意
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『いいアラン? あなたはいっぱい勉強して、勉強して勉強して、父を越える当主になるの』
母は、よく俺にそう言っていた。父を越えなさい、あんな人を参考にしてはダメ。
あなたはこのサイモン家を、もっと……もっと良くするの。
まるで呪文のように頭にこびりついている。目を瞑っても、その言葉を、声音を思い出せる。
『あなたにはその素質がある。ほら、もっともっと頑張って。頑張って頑張って頑張って、何でもできるようになるの。ならなきゃ、いけないのよ?』
頭に思い浮かぶ母の笑顔は、子供の俺から見ても不気味で、でも従わなければならないと思った。それに母の喜ぶ顔が見たいっていう子供心もあった。
ついぞ母が心から喜んだところなんて、見たことがなかったけど。
『どうして!? どうしてこんな簡単なことが出来ないの!? 以前教えたことをなんで忘れるの!? あなたは父を越えるの! そんなあなたが、こんなところで躓かないで!』
むしろ怒ることの方が多かった。少しでも失敗すればすぐに叱責されたし、叩かれたこともある。
それもこれも俺が不出来だったせいだ。だけどその後、母は泣いていた。
『ごめんなさい……ごめんなさいアラン……でも……でもあなたのためなのよ。あなたを愛しているから私は厳しくするの。全部……全部あなたのためなのよ』
愛しているから、愛しているから。
母はそう何度も言った。何度も言って、涙を流しながら抱きしめた。抱きしめる前の笑顔が怖くても、作り物でもそう言っていた。
愛しているから。愛して……いるから。
あぁ、愛ってそういうものなんだなって、そう思った。
そして今もそう思っている。それ以外の愛を、知らないから。
「旦那様……旦那様……アラン様っ!」
「あっ……」
侍女の声を聞いて目を覚ます。馬車の心地良さにどうやら眠っていたようだ。目の前に座った侍女は心配そうに俺の事を見ていて、窓から外を見れば目的地が近づいてきているのを感じた。
「旦那様、そろそろ到着いたします」
「あぁ、ありがとう」
そう言って頬杖をついて窓の外に目を向けた。
「……母……か」
誰にも聞こえないように小さく呟く。仕事とサイモン家のために中央に出向いていた父の代わりに、俺の教育を施した母。彼女には色々なことを教えてもらったから、感謝はしている。
子供の頃の俺にとってはとても大きく見えた母は、実はとても弱い人だった。没落していくサイモン家と、質素になっていく生活。
それに耐えきれなかったのか、彼女は体調を崩して病になり、そしてこの世を去った。
最後に目を瞑ってそれが開かなくなる瞬間まで、俺に言い続けた。
『あなたは父よりも優れた当主になるの。なって……な……って……』
母にとって父はなんだったんだろうか。サイモン家はなんだったんだろうか。本人が亡くなってしまった今、答えは俺には分からない。
けど二人の間には愛はないように思えた。少なくとも普通の夫婦ではなかったように今では思える。
二人の関係は、ノヴァさんとレティシア様っていう俺が唯一詳しく知っている夫婦の関係とは全然違ったから。だから、愛はなかったのかもしれない。けど、二人は俺の事は愛してくれていたんだと思う。いや、そう思いたい。
愛が何なのかは、今も分からないが。
「…………」
馬車は貴族の領地へとゆっくりと入っていく。
俺は目を瞑って意識を切り替え、これからの会合に集中することにした。これ以上考えたって、何一つ答えなんて出るわけがないからだ。
それはずっと教わってきた、無駄なことだ。
×××
「そういえば、王城から招待状が届きましたな。我が国の王子とコールレイク帝国の皇女が結ばれるとか」
豪華に飾られた部屋で、俺は5人の貴族と一堂に会していた。他愛のない話をした後、話を切り出したのはレイヴン・オールレンズ様だった。
レイヴン様はこの場を仕切る人物で、南側の貴族の一員。オールレンズ家は大きな権力を持つ一族で、我がサイモン家も父の代に中央進出を諦めた後、南側に交流の的を戻したときに随分お世話になった。
父曰く、良くしてもらっている相手、とのことらしい。
「ええ、そういえばレイヴン殿、警備欄をみましたかな? 今回はフォルス家が入っていて、陛下も今のフォルス家を気にかけているようですな」
「私が生きてきた間では、王族の結婚式典の警備をフォルス家が担当するのは初かと」
「ずっとアークゲート家が独占していたらしいですからね」
口々に声を出すのはオールレンズ家と関係の深い貴族の家の当主。その全員が南側の貴族で、この場は言ってしまえばオールレンズ派閥の会談だ。とはいえ話している内容は大した内容ではないが。
この場にいるのは、ただ単に父の代から引き継いでいるからだ。それにレイヴン様にはお世話になったということもある。彼らと同じ卓に着くのは緊張するものの、これもサイモン家が生き残るために必要なことだ。
「……問題は、そこにアークゲートの名前があることだ」
不意にレイヴン様はそのようなことをおっしゃった。その意図がよく分からなくて、俺は声を上げる。
「どういうことでしょうか?」
「アラン殿、これはあくまで私の考えなのだが、警備はフォルス家のみで行うべきではないか? フォルス家のみで警備の手が行きわたらないとは、とても思えないのだが」
「ですがフォルス家の当主様はアークゲート家の当主様と結婚なされています。両家で警備を行うという事でも良いのでは……」
思ったことを口にすると、レイヴン様は溜息を吐いて俺を見る。その目には鋭さがあった。
「だからだ。今のアークゲート家の当主はフォルス家当主様の妻だ。ならば陛下からの栄誉は夫に捧げるべきであろう? それが妻というものだ」
「なるほど……」
「確かに、その通りですな」
レイヴン様の言葉に、次々と同意する他の貴族達。もしもこの場にレティシア様が居たら絶対に言わないのに、裏ではよく舌が回るものだと内心で呆れた。
なるほど、確かにレイヴン様の言うような夫婦の形もあるんだろう。
けどノヴァさんとその奥様の関係性は、レイヴン様の言うものとは違うことを、俺はよく知っていた。
少し冷めた目で見る俺に気づかず、レイヴン様は再び口を開く。
「そもそも、今回は北に対して我ら南が優位に立つ絶好の機会だった。それを逃してしまったのではないか?」
「北に対して我らは冷遇されることもまれにありますからな。優位に立ちたかった、というのは本心ですな」
「長年の苦汁を、不満を解消する機会をみすみす失ったのは痛いですな」
ノヴァさんは南の貴族たちへの挨拶は上手くいったけど、それぞれが心の中でどう考えているのかは分からないと言っていたが、それは正しかった。
表ではよい顔をしても、裏では不平不満を持っている。ただそれを隠すのが上手いだけだ。
そして貴族と言うのは、それがもっとも上手にできる連中だと俺は考えている。
「……現状、ナインロッド、およびコールレイクとは友好な関係を築けています。こういう時こそ、北と南は手を取り合うべきではないでしょうか」
「アラン殿、あなたはまだまだ若いようだ。それに逆である。友好な関係を築いている時だからこそ、内部で少しだけ優位に立つべきだ。これが戦時中ならば、それどころではないだろう?」
はっはっはっ、と大きく笑うレイヴン様を見て、内心で舌打ちする。戦時中でも機会は伺っていた筈だ。それがいつであろうと優位に立つことが第一の目標の癖に、よく言う。
とはいえ相手はサイモン家を一時助けてくれたレイヴン様。ここは乗っておこう。
「なるほど、確かに」
「……ふむ、まあ決まってしまったものは仕方がない。結婚式典が無事に成功することを祈るとしよう」
俺の言葉にほくそ笑んだレイヴン様は、そういって話を締めくくった。
さて、次は何の話をするか。それぞれの領地の自慢話か、あるいは他貴族に対する考えを発表するという名目の愚痴か、はたまたそれぞれの一族に関することか。
いずれもそこまで実のある話ではないが、関係性の構築のために聞き役に徹しよう。
「だがな、私は今のフォルス家当主、ノヴァ様の事が少し不安なのだ」
そう思ったところでレイヴン様が声を上げた。思わず見てしまった俺と目を合わせ、彼は「いや」と続きを口にする。
「ノヴァ様はまだ若い。ゆえに判断を誤ることもあるだろう。それに以前挨拶に来ていただき、話を聞いたときには北より優位に立ちたいという意思は感じられなかった」
「ふむ……確かに少し残念ではありました。当主になってすぐだからというのもあるとは思いますが」
「……アークゲート家の当主様が妻なので、彼女にそういった意思を封じられている可能性――」
「まさか、ノヴァ様が妻に意思を封じられる筈がないではないか」
レイヴン様は大きな声で他貴族の声を遮ったが、顔は彼も同じ意見であることを物語っていた。
つまりレティシア様の操り人形……は言い過ぎだが、それに近いものだと、そう思っているということか。机の下で、俺は握りこぶしを握った。
ノヴァさんはそもそも南が台頭することを考えてはいないし、それは奥様に強制されてのことでも無い。
「ただ、ノヴァ様に頼りになって頂きたいというのはある。この南側を背負い、北よりも優位を印す旗にな」
「なって頂けるでしょうか?」
「ふむ……どうだろうな。今のノヴァ様では甘すぎて厳しいかもしれん」
俺をチラチラと見ながらそう言ってくるのは、俺とノヴァさんが親しいことを知っているからだ。彼は言葉を選んで、俺の様子を探っているという事か。
話を聞いていると、ノヴァさんに対しても良い考えは持っていなさそうだ。
「変わらなければ、それはそれで我々も考えなくてはならないだろう。ノヴァ様が変わって頂けるように……な。そうであろう、アラン殿?」
ニヤニヤといやらしく笑いながら俺を見てくるレイヴン様。彼はノヴァさんの考えを少しずつ矯正し、北に対して優位に立ちたい、という事だろう。
確かに今の現状、ノヴァさん以外の人がフォルス家を背負うのも、南側の代表になるのも考えられない。だから彼の心変わりしか手がないのは分かる。
だがあの人の考えを、あの人自身を軽視するのは許せなかった。ノヴァさんを利用しようとするのが許せなかった。
お前達にあの人の……ノヴァさんの何が分かると言うのか。
俺だって深くは知らない。けど彼は初めて俺をサイモン家の当主になるべき人ではなく、ただのアランとして見てくれた人だ。
だから、俺は。
「私は、今の当主様が奥様の影響を受けども意思を封じられているとは思いません。また、彼に対して何かを吹聴するつもりもありません」
そう、はっきりと宣言した。
場の空気が凍り、レイヴン様は笑顔なものの怒りの雰囲気を隠すことなく俺を睨みつける。額には青筋も浮かんでいた。
「……アラン殿」
低い声が俺の耳に届くも、それに負けずに視線をレイヴン様に返す。
「レイヴン様」
互いに名を呼び合い、睨みあう状況。その中で俺は先に口を開いた。
「レイヴン様、お気をつけた方がよろしいかと。内心で何を思っていても問題はないでしょう。ですが行動に移す場合は慎重に……いえ、慎重になりすぎるくらいがいい」
「若造が、私に説くだと?」
「いえ、あくまでも経験談を述べているだけです」
わざと笑顔を作り、俺は決め手になるであろう一言を発した。
「我が家がかつてフォルス家に対し、一時的に関係を絶った結果どうなったかはご存じでしょう。あれが、フォルス家に対して行動を起こした者の行く末です」
父上の時代のフォルス家と今のフォルス家は違うが、もしノヴァさんに行動を起こした場合、行く末が変わらないのは目に見えている。いやむしろ、今の方が早く、そして酷い破滅へと向かえるだろう。
「…………」
レイヴン様は何も言わなかった。ただ俺を睨みつけているだけ。
けれど怒りに染まった表情の中に、冷や汗が一筋流れるのを見た。
「……私はこれで失礼します。少し仕事が溜まっていますので」
席から立ち上がり、そう言って俺はその場を後にしようとする。そんな俺に、レイヴン様の呟きが届いた。
「これまで目をかけてやったと言うのに……」
それを聞いて俺は立ち止まり、振り返る。
「レイヴン様、くれぐれもご注意を。これが今までお世話になった私が出来る、最大の返礼です」
「……っ」
プルプルと震えるレイヴン様から視線を外して、俺は部屋を出た。
帰りの廊下を歩きながら、俺は小さく息を吐く。これできっと、オールドレンズ家との関係は最悪になった。きっとこれからこの場に呼ばれることもないだろう。
まあ、呼ばれないのは別にいいか。実のない話にはうんざりしていたところだしな。
そう思い、窓から空を見上げた。
オールドレンズ家については良い。気にしても仕方がないし、今はノヴァさんのお陰でサイモン家もある程度立て直しが出来ているから。だが今気にするべきは。
「南側の貴族……か」
全員が全員レイヴン様のような考えを持っているわけではないだろう。だが、それに近しい者や、自己保身に走りたい者もいるはずだ。
そうした者達と交流を持ち、ノヴァさんの目指す世を少なくとも「悪くはない」と思わせること。つまりは南側の貴族をある程度まとめるということ。
大変ではあるものの、やりがいはあるなと、そう感じた。
見上げた空には雲一つなく、青が広がっていた。
母は、よく俺にそう言っていた。父を越えなさい、あんな人を参考にしてはダメ。
あなたはこのサイモン家を、もっと……もっと良くするの。
まるで呪文のように頭にこびりついている。目を瞑っても、その言葉を、声音を思い出せる。
『あなたにはその素質がある。ほら、もっともっと頑張って。頑張って頑張って頑張って、何でもできるようになるの。ならなきゃ、いけないのよ?』
頭に思い浮かぶ母の笑顔は、子供の俺から見ても不気味で、でも従わなければならないと思った。それに母の喜ぶ顔が見たいっていう子供心もあった。
ついぞ母が心から喜んだところなんて、見たことがなかったけど。
『どうして!? どうしてこんな簡単なことが出来ないの!? 以前教えたことをなんで忘れるの!? あなたは父を越えるの! そんなあなたが、こんなところで躓かないで!』
むしろ怒ることの方が多かった。少しでも失敗すればすぐに叱責されたし、叩かれたこともある。
それもこれも俺が不出来だったせいだ。だけどその後、母は泣いていた。
『ごめんなさい……ごめんなさいアラン……でも……でもあなたのためなのよ。あなたを愛しているから私は厳しくするの。全部……全部あなたのためなのよ』
愛しているから、愛しているから。
母はそう何度も言った。何度も言って、涙を流しながら抱きしめた。抱きしめる前の笑顔が怖くても、作り物でもそう言っていた。
愛しているから。愛して……いるから。
あぁ、愛ってそういうものなんだなって、そう思った。
そして今もそう思っている。それ以外の愛を、知らないから。
「旦那様……旦那様……アラン様っ!」
「あっ……」
侍女の声を聞いて目を覚ます。馬車の心地良さにどうやら眠っていたようだ。目の前に座った侍女は心配そうに俺の事を見ていて、窓から外を見れば目的地が近づいてきているのを感じた。
「旦那様、そろそろ到着いたします」
「あぁ、ありがとう」
そう言って頬杖をついて窓の外に目を向けた。
「……母……か」
誰にも聞こえないように小さく呟く。仕事とサイモン家のために中央に出向いていた父の代わりに、俺の教育を施した母。彼女には色々なことを教えてもらったから、感謝はしている。
子供の頃の俺にとってはとても大きく見えた母は、実はとても弱い人だった。没落していくサイモン家と、質素になっていく生活。
それに耐えきれなかったのか、彼女は体調を崩して病になり、そしてこの世を去った。
最後に目を瞑ってそれが開かなくなる瞬間まで、俺に言い続けた。
『あなたは父よりも優れた当主になるの。なって……な……って……』
母にとって父はなんだったんだろうか。サイモン家はなんだったんだろうか。本人が亡くなってしまった今、答えは俺には分からない。
けど二人の間には愛はないように思えた。少なくとも普通の夫婦ではなかったように今では思える。
二人の関係は、ノヴァさんとレティシア様っていう俺が唯一詳しく知っている夫婦の関係とは全然違ったから。だから、愛はなかったのかもしれない。けど、二人は俺の事は愛してくれていたんだと思う。いや、そう思いたい。
愛が何なのかは、今も分からないが。
「…………」
馬車は貴族の領地へとゆっくりと入っていく。
俺は目を瞑って意識を切り替え、これからの会合に集中することにした。これ以上考えたって、何一つ答えなんて出るわけがないからだ。
それはずっと教わってきた、無駄なことだ。
×××
「そういえば、王城から招待状が届きましたな。我が国の王子とコールレイク帝国の皇女が結ばれるとか」
豪華に飾られた部屋で、俺は5人の貴族と一堂に会していた。他愛のない話をした後、話を切り出したのはレイヴン・オールレンズ様だった。
レイヴン様はこの場を仕切る人物で、南側の貴族の一員。オールレンズ家は大きな権力を持つ一族で、我がサイモン家も父の代に中央進出を諦めた後、南側に交流の的を戻したときに随分お世話になった。
父曰く、良くしてもらっている相手、とのことらしい。
「ええ、そういえばレイヴン殿、警備欄をみましたかな? 今回はフォルス家が入っていて、陛下も今のフォルス家を気にかけているようですな」
「私が生きてきた間では、王族の結婚式典の警備をフォルス家が担当するのは初かと」
「ずっとアークゲート家が独占していたらしいですからね」
口々に声を出すのはオールレンズ家と関係の深い貴族の家の当主。その全員が南側の貴族で、この場は言ってしまえばオールレンズ派閥の会談だ。とはいえ話している内容は大した内容ではないが。
この場にいるのは、ただ単に父の代から引き継いでいるからだ。それにレイヴン様にはお世話になったということもある。彼らと同じ卓に着くのは緊張するものの、これもサイモン家が生き残るために必要なことだ。
「……問題は、そこにアークゲートの名前があることだ」
不意にレイヴン様はそのようなことをおっしゃった。その意図がよく分からなくて、俺は声を上げる。
「どういうことでしょうか?」
「アラン殿、これはあくまで私の考えなのだが、警備はフォルス家のみで行うべきではないか? フォルス家のみで警備の手が行きわたらないとは、とても思えないのだが」
「ですがフォルス家の当主様はアークゲート家の当主様と結婚なされています。両家で警備を行うという事でも良いのでは……」
思ったことを口にすると、レイヴン様は溜息を吐いて俺を見る。その目には鋭さがあった。
「だからだ。今のアークゲート家の当主はフォルス家当主様の妻だ。ならば陛下からの栄誉は夫に捧げるべきであろう? それが妻というものだ」
「なるほど……」
「確かに、その通りですな」
レイヴン様の言葉に、次々と同意する他の貴族達。もしもこの場にレティシア様が居たら絶対に言わないのに、裏ではよく舌が回るものだと内心で呆れた。
なるほど、確かにレイヴン様の言うような夫婦の形もあるんだろう。
けどノヴァさんとその奥様の関係性は、レイヴン様の言うものとは違うことを、俺はよく知っていた。
少し冷めた目で見る俺に気づかず、レイヴン様は再び口を開く。
「そもそも、今回は北に対して我ら南が優位に立つ絶好の機会だった。それを逃してしまったのではないか?」
「北に対して我らは冷遇されることもまれにありますからな。優位に立ちたかった、というのは本心ですな」
「長年の苦汁を、不満を解消する機会をみすみす失ったのは痛いですな」
ノヴァさんは南の貴族たちへの挨拶は上手くいったけど、それぞれが心の中でどう考えているのかは分からないと言っていたが、それは正しかった。
表ではよい顔をしても、裏では不平不満を持っている。ただそれを隠すのが上手いだけだ。
そして貴族と言うのは、それがもっとも上手にできる連中だと俺は考えている。
「……現状、ナインロッド、およびコールレイクとは友好な関係を築けています。こういう時こそ、北と南は手を取り合うべきではないでしょうか」
「アラン殿、あなたはまだまだ若いようだ。それに逆である。友好な関係を築いている時だからこそ、内部で少しだけ優位に立つべきだ。これが戦時中ならば、それどころではないだろう?」
はっはっはっ、と大きく笑うレイヴン様を見て、内心で舌打ちする。戦時中でも機会は伺っていた筈だ。それがいつであろうと優位に立つことが第一の目標の癖に、よく言う。
とはいえ相手はサイモン家を一時助けてくれたレイヴン様。ここは乗っておこう。
「なるほど、確かに」
「……ふむ、まあ決まってしまったものは仕方がない。結婚式典が無事に成功することを祈るとしよう」
俺の言葉にほくそ笑んだレイヴン様は、そういって話を締めくくった。
さて、次は何の話をするか。それぞれの領地の自慢話か、あるいは他貴族に対する考えを発表するという名目の愚痴か、はたまたそれぞれの一族に関することか。
いずれもそこまで実のある話ではないが、関係性の構築のために聞き役に徹しよう。
「だがな、私は今のフォルス家当主、ノヴァ様の事が少し不安なのだ」
そう思ったところでレイヴン様が声を上げた。思わず見てしまった俺と目を合わせ、彼は「いや」と続きを口にする。
「ノヴァ様はまだ若い。ゆえに判断を誤ることもあるだろう。それに以前挨拶に来ていただき、話を聞いたときには北より優位に立ちたいという意思は感じられなかった」
「ふむ……確かに少し残念ではありました。当主になってすぐだからというのもあるとは思いますが」
「……アークゲート家の当主様が妻なので、彼女にそういった意思を封じられている可能性――」
「まさか、ノヴァ様が妻に意思を封じられる筈がないではないか」
レイヴン様は大きな声で他貴族の声を遮ったが、顔は彼も同じ意見であることを物語っていた。
つまりレティシア様の操り人形……は言い過ぎだが、それに近いものだと、そう思っているということか。机の下で、俺は握りこぶしを握った。
ノヴァさんはそもそも南が台頭することを考えてはいないし、それは奥様に強制されてのことでも無い。
「ただ、ノヴァ様に頼りになって頂きたいというのはある。この南側を背負い、北よりも優位を印す旗にな」
「なって頂けるでしょうか?」
「ふむ……どうだろうな。今のノヴァ様では甘すぎて厳しいかもしれん」
俺をチラチラと見ながらそう言ってくるのは、俺とノヴァさんが親しいことを知っているからだ。彼は言葉を選んで、俺の様子を探っているという事か。
話を聞いていると、ノヴァさんに対しても良い考えは持っていなさそうだ。
「変わらなければ、それはそれで我々も考えなくてはならないだろう。ノヴァ様が変わって頂けるように……な。そうであろう、アラン殿?」
ニヤニヤといやらしく笑いながら俺を見てくるレイヴン様。彼はノヴァさんの考えを少しずつ矯正し、北に対して優位に立ちたい、という事だろう。
確かに今の現状、ノヴァさん以外の人がフォルス家を背負うのも、南側の代表になるのも考えられない。だから彼の心変わりしか手がないのは分かる。
だがあの人の考えを、あの人自身を軽視するのは許せなかった。ノヴァさんを利用しようとするのが許せなかった。
お前達にあの人の……ノヴァさんの何が分かると言うのか。
俺だって深くは知らない。けど彼は初めて俺をサイモン家の当主になるべき人ではなく、ただのアランとして見てくれた人だ。
だから、俺は。
「私は、今の当主様が奥様の影響を受けども意思を封じられているとは思いません。また、彼に対して何かを吹聴するつもりもありません」
そう、はっきりと宣言した。
場の空気が凍り、レイヴン様は笑顔なものの怒りの雰囲気を隠すことなく俺を睨みつける。額には青筋も浮かんでいた。
「……アラン殿」
低い声が俺の耳に届くも、それに負けずに視線をレイヴン様に返す。
「レイヴン様」
互いに名を呼び合い、睨みあう状況。その中で俺は先に口を開いた。
「レイヴン様、お気をつけた方がよろしいかと。内心で何を思っていても問題はないでしょう。ですが行動に移す場合は慎重に……いえ、慎重になりすぎるくらいがいい」
「若造が、私に説くだと?」
「いえ、あくまでも経験談を述べているだけです」
わざと笑顔を作り、俺は決め手になるであろう一言を発した。
「我が家がかつてフォルス家に対し、一時的に関係を絶った結果どうなったかはご存じでしょう。あれが、フォルス家に対して行動を起こした者の行く末です」
父上の時代のフォルス家と今のフォルス家は違うが、もしノヴァさんに行動を起こした場合、行く末が変わらないのは目に見えている。いやむしろ、今の方が早く、そして酷い破滅へと向かえるだろう。
「…………」
レイヴン様は何も言わなかった。ただ俺を睨みつけているだけ。
けれど怒りに染まった表情の中に、冷や汗が一筋流れるのを見た。
「……私はこれで失礼します。少し仕事が溜まっていますので」
席から立ち上がり、そう言って俺はその場を後にしようとする。そんな俺に、レイヴン様の呟きが届いた。
「これまで目をかけてやったと言うのに……」
それを聞いて俺は立ち止まり、振り返る。
「レイヴン様、くれぐれもご注意を。これが今までお世話になった私が出来る、最大の返礼です」
「……っ」
プルプルと震えるレイヴン様から視線を外して、俺は部屋を出た。
帰りの廊下を歩きながら、俺は小さく息を吐く。これできっと、オールドレンズ家との関係は最悪になった。きっとこれからこの場に呼ばれることもないだろう。
まあ、呼ばれないのは別にいいか。実のない話にはうんざりしていたところだしな。
そう思い、窓から空を見上げた。
オールドレンズ家については良い。気にしても仕方がないし、今はノヴァさんのお陰でサイモン家もある程度立て直しが出来ているから。だが今気にするべきは。
「南側の貴族……か」
全員が全員レイヴン様のような考えを持っているわけではないだろう。だが、それに近しい者や、自己保身に走りたい者もいるはずだ。
そうした者達と交流を持ち、ノヴァさんの目指す世を少なくとも「悪くはない」と思わせること。つまりは南側の貴族をある程度まとめるということ。
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「もうオマエはいらん」
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ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
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