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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第206話 オーロラは踏み出す
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夜遅く。私は自分の屋敷の私室のベッドで横になっていた。時間が時間だからもう服はゆったりとした寝間着に着替えているし、部屋の明かりも消してある。けれど、眠る気にはなれなかった。
「…………」
天蓋を見上げ、右腕を持ち上げて頭へ。そして再び考える、ノヴァお兄様のこと、お姉様のこと、二人の未来に私の未来のことも。二人には幸せになって欲しいとはもちろん思う。でもその一方で、私はノヴァお兄様の隣に立ちたい。
なのにその光景が、まるで夢うつつのようにぼやけてしか見えない。
「……ダメ。弱気になってる」
タイミングを失った。近いうちにノヴァお兄様に思いを打ち明けるつもりだった。でもその時にはノヴァお兄様はフォルス家とアークゲート家を一つにしようと考えていた。それも他ならぬ、お姉様との子供のために、だ。
忙しくなるのは目に見えていたし、実際その通りだった。私が声をかけるのも遠慮してしまうほど、ノヴァお兄様は頑張っていた。だからもう少し落ち着いてからと思っていたけど。
今度は、お姉様の妊娠が発覚した。
これ自体はとても良い事だし、私としても嬉しい事だ。アークゲート家で最年少だった私にとって、甥か姪が出来るというのは喜ばしい事で、めいっぱい可愛がって、愛してあげたいってそう思う。私がお姉様やノヴァお兄様から貰ったくらいの……ううん、それ以上のものをあげたいって思う。
でも同時に、その妊娠をきっかけに私は完全にタイミングを失った。お兄様はお姉様に当然だけど付きっきりで、ユティお姉様や私もお姉様の執務を手伝っている。お姉様の妊娠が分かってから数か月経つけど、とてもじゃないけど告白できるような雰囲気じゃなかった。
「でも……そうやって今じゃない……今じゃないってやっても……」
ううん、そうは思ったけど、そんなのはきっと言い訳。状況に甘えて、この思いを打ち明けることが怖くて、無意識に避けていたんだと思う。でもその結果、この気持ちは長いこと引きずることになって、そしてもう一つ新たな不安が生まれつつある。
「このまま……思いを告げなかったら……」
この後、ノヴァお兄様とお姉様の間には子供が生まれる。きっと今お腹の中に居る子だけじゃなくて、もっとたくさんの子にも恵まれるだろう。その子たちがノヴァお兄様とお姉様の周りに溢れれば溢れる程、彼らは、そして私も含めて皆が幸せになる。
想像するだけで笑みがこぼれてしまいそうな、幸福過ぎる未来。だけどその時、私はこの思いを告げることが出来なくなると思う。今でもこんなに怖いのに、そうなったら出来る筈がない。
そうしたら私は、この思いを胸に閉じ込めたまま生きていくのか。
「……それだけは、嫌」
無理だと思った。そんなこと、私には出来ないと。
ベッドから起き上がり、窓へと近づく。今日は月が出ていないのか、外は暗い。窓に手を置いて、真っ黒な空を見上げた。
「……明日」
そう、もう心を決めた方が良いに決まっている。するなら今しかない。お姉様の妊娠が分かってから少し経って、ノヴァお兄様もお兄様の周りも落ち着きつつある。逆にこれ以上時間が経ったら、それこそお姉様の出産と当たってしまう。そこから先に、きっと心を決められる機会はない。
だから、心を決めろ、私。
「……明日、ノヴァお兄様に連絡をする……そ、それで……明後日に?……」
頭を横に振って、弱気な私を追い出す。自分から先延ばしにしちゃダメだ。心を決めるの。
大きく息を吸って、そして吐いて。私はもう一度空を見上げた。
「明日、朝一でノヴァお兄様に手紙を出そう。なるべく早く、会いたいって」
思いを伝える場所はもう決めてある。伝えるべき言葉も、もうずっと前に考えてある。準備はもう出来ていて、出来ていないのは私の心だけだった。でもそれも、もう出来た。
明日、私はノヴァお兄様に……ううん、ノヴァさんに告白する。自分の気持ちを正直に、まっすぐに彼にぶつける。ぶつけるんだ。
月は見えず、星しか見えない夜空を見つめて、はっきりと頷く。窓に置いた右の手のひらに力を込めて、指で窓を押した。
踵を返して、私はベッドへと向かう。明日は運命の一日になるだろう。だから今日は早く寝るべきだ。そう思って、ベッドに入った。
結局、なかなか寝付けなくて、寝たのはそれから随分経った後だった。
×××
「…………」
翌朝、日が登ってすぐに起きた私は少し眠気眼のままで私室の机に向かっていた。目の前には桃色の便箋。そしてそこには、私が書いた文字がある。
『ノヴァお兄様、少し話したいことがあるの。ノーザンプションの私達がお菓子を分け合った場所を覚えているかしら。あそこで待ち合わせしたいのだけど、いつが空いている?』
どこからどう見ても一般的な文章。でもその文章を書いてからしばらくの時間が経っていた。便箋に刻印された家紋を押せばもう送られるのに、まだ送れない。
朝だし、迷惑になるとか、そんな色々な言い訳を考えていたけど。
「……送るだけだから、大きな音が出るわけじゃない。押す……押すのよ……」
ふー、と息を吐いて、そして目をつぶって。
私は指を素早く動かし、文章を送信した。
「…………」
送信、できた。恐る恐る目を開けば、送れたことがはっきりと分かる。
「な、なんだ……送ってみれば、全然じゃない」
そう呟いて、大したことなかったなと不敵に笑ったとき。
便箋に文字が書き込まれる音が、静かな私室に響いた。
「……え」
便箋を見下ろして、思わず呟いてしまう。
『おはようオーロラちゃん、今日はとっても早いね。うん、分かったよ』
声を出してしまったのは、こんな早朝にノヴァお兄様から返信が来たからではない。
『今からでも良いけど、どうする?』
いつか来ると、来させると思っていた時間が、もう目の前まで来ていたからだ。
「…………」
天蓋を見上げ、右腕を持ち上げて頭へ。そして再び考える、ノヴァお兄様のこと、お姉様のこと、二人の未来に私の未来のことも。二人には幸せになって欲しいとはもちろん思う。でもその一方で、私はノヴァお兄様の隣に立ちたい。
なのにその光景が、まるで夢うつつのようにぼやけてしか見えない。
「……ダメ。弱気になってる」
タイミングを失った。近いうちにノヴァお兄様に思いを打ち明けるつもりだった。でもその時にはノヴァお兄様はフォルス家とアークゲート家を一つにしようと考えていた。それも他ならぬ、お姉様との子供のために、だ。
忙しくなるのは目に見えていたし、実際その通りだった。私が声をかけるのも遠慮してしまうほど、ノヴァお兄様は頑張っていた。だからもう少し落ち着いてからと思っていたけど。
今度は、お姉様の妊娠が発覚した。
これ自体はとても良い事だし、私としても嬉しい事だ。アークゲート家で最年少だった私にとって、甥か姪が出来るというのは喜ばしい事で、めいっぱい可愛がって、愛してあげたいってそう思う。私がお姉様やノヴァお兄様から貰ったくらいの……ううん、それ以上のものをあげたいって思う。
でも同時に、その妊娠をきっかけに私は完全にタイミングを失った。お兄様はお姉様に当然だけど付きっきりで、ユティお姉様や私もお姉様の執務を手伝っている。お姉様の妊娠が分かってから数か月経つけど、とてもじゃないけど告白できるような雰囲気じゃなかった。
「でも……そうやって今じゃない……今じゃないってやっても……」
ううん、そうは思ったけど、そんなのはきっと言い訳。状況に甘えて、この思いを打ち明けることが怖くて、無意識に避けていたんだと思う。でもその結果、この気持ちは長いこと引きずることになって、そしてもう一つ新たな不安が生まれつつある。
「このまま……思いを告げなかったら……」
この後、ノヴァお兄様とお姉様の間には子供が生まれる。きっと今お腹の中に居る子だけじゃなくて、もっとたくさんの子にも恵まれるだろう。その子たちがノヴァお兄様とお姉様の周りに溢れれば溢れる程、彼らは、そして私も含めて皆が幸せになる。
想像するだけで笑みがこぼれてしまいそうな、幸福過ぎる未来。だけどその時、私はこの思いを告げることが出来なくなると思う。今でもこんなに怖いのに、そうなったら出来る筈がない。
そうしたら私は、この思いを胸に閉じ込めたまま生きていくのか。
「……それだけは、嫌」
無理だと思った。そんなこと、私には出来ないと。
ベッドから起き上がり、窓へと近づく。今日は月が出ていないのか、外は暗い。窓に手を置いて、真っ黒な空を見上げた。
「……明日」
そう、もう心を決めた方が良いに決まっている。するなら今しかない。お姉様の妊娠が分かってから少し経って、ノヴァお兄様もお兄様の周りも落ち着きつつある。逆にこれ以上時間が経ったら、それこそお姉様の出産と当たってしまう。そこから先に、きっと心を決められる機会はない。
だから、心を決めろ、私。
「……明日、ノヴァお兄様に連絡をする……そ、それで……明後日に?……」
頭を横に振って、弱気な私を追い出す。自分から先延ばしにしちゃダメだ。心を決めるの。
大きく息を吸って、そして吐いて。私はもう一度空を見上げた。
「明日、朝一でノヴァお兄様に手紙を出そう。なるべく早く、会いたいって」
思いを伝える場所はもう決めてある。伝えるべき言葉も、もうずっと前に考えてある。準備はもう出来ていて、出来ていないのは私の心だけだった。でもそれも、もう出来た。
明日、私はノヴァお兄様に……ううん、ノヴァさんに告白する。自分の気持ちを正直に、まっすぐに彼にぶつける。ぶつけるんだ。
月は見えず、星しか見えない夜空を見つめて、はっきりと頷く。窓に置いた右の手のひらに力を込めて、指で窓を押した。
踵を返して、私はベッドへと向かう。明日は運命の一日になるだろう。だから今日は早く寝るべきだ。そう思って、ベッドに入った。
結局、なかなか寝付けなくて、寝たのはそれから随分経った後だった。
×××
「…………」
翌朝、日が登ってすぐに起きた私は少し眠気眼のままで私室の机に向かっていた。目の前には桃色の便箋。そしてそこには、私が書いた文字がある。
『ノヴァお兄様、少し話したいことがあるの。ノーザンプションの私達がお菓子を分け合った場所を覚えているかしら。あそこで待ち合わせしたいのだけど、いつが空いている?』
どこからどう見ても一般的な文章。でもその文章を書いてからしばらくの時間が経っていた。便箋に刻印された家紋を押せばもう送られるのに、まだ送れない。
朝だし、迷惑になるとか、そんな色々な言い訳を考えていたけど。
「……送るだけだから、大きな音が出るわけじゃない。押す……押すのよ……」
ふー、と息を吐いて、そして目をつぶって。
私は指を素早く動かし、文章を送信した。
「…………」
送信、できた。恐る恐る目を開けば、送れたことがはっきりと分かる。
「な、なんだ……送ってみれば、全然じゃない」
そう呟いて、大したことなかったなと不敵に笑ったとき。
便箋に文字が書き込まれる音が、静かな私室に響いた。
「……え」
便箋を見下ろして、思わず呟いてしまう。
『おはようオーロラちゃん、今日はとっても早いね。うん、分かったよ』
声を出してしまったのは、こんな早朝にノヴァお兄様から返信が来たからではない。
『今からでも良いけど、どうする?』
いつか来ると、来させると思っていた時間が、もう目の前まで来ていたからだ。
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