宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

文字の大きさ
206 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第206話 オーロラは踏み出す

しおりを挟む
 夜遅く。私は自分の屋敷の私室のベッドで横になっていた。時間が時間だからもう服はゆったりとした寝間着に着替えているし、部屋の明かりも消してある。けれど、眠る気にはなれなかった。

「…………」

 天蓋を見上げ、右腕を持ち上げて頭へ。そして再び考える、ノヴァお兄様のこと、お姉様のこと、二人の未来に私の未来のことも。二人には幸せになって欲しいとはもちろん思う。でもその一方で、私はノヴァお兄様の隣に立ちたい。

 なのにその光景が、まるで夢うつつのようにぼやけてしか見えない。

「……ダメ。弱気になってる」

 タイミングを失った。近いうちにノヴァお兄様に思いを打ち明けるつもりだった。でもその時にはノヴァお兄様はフォルス家とアークゲート家を一つにしようと考えていた。それも他ならぬ、お姉様との子供のために、だ。

 忙しくなるのは目に見えていたし、実際その通りだった。私が声をかけるのも遠慮してしまうほど、ノヴァお兄様は頑張っていた。だからもう少し落ち着いてからと思っていたけど。

 今度は、お姉様の妊娠が発覚した。

 これ自体はとても良い事だし、私としても嬉しい事だ。アークゲート家で最年少だった私にとって、甥か姪が出来るというのは喜ばしい事で、めいっぱい可愛がって、愛してあげたいってそう思う。私がお姉様やノヴァお兄様から貰ったくらいの……ううん、それ以上のものをあげたいって思う。

 でも同時に、その妊娠をきっかけに私は完全にタイミングを失った。お兄様はお姉様に当然だけど付きっきりで、ユティお姉様や私もお姉様の執務を手伝っている。お姉様の妊娠が分かってから数か月経つけど、とてもじゃないけど告白できるような雰囲気じゃなかった。

「でも……そうやって今じゃない……今じゃないってやっても……」

 ううん、そうは思ったけど、そんなのはきっと言い訳。状況に甘えて、この思いを打ち明けることが怖くて、無意識に避けていたんだと思う。でもその結果、この気持ちは長いこと引きずることになって、そしてもう一つ新たな不安が生まれつつある。

「このまま……思いを告げなかったら……」

 この後、ノヴァお兄様とお姉様の間には子供が生まれる。きっと今お腹の中に居る子だけじゃなくて、もっとたくさんの子にも恵まれるだろう。その子たちがノヴァお兄様とお姉様の周りに溢れれば溢れる程、彼らは、そして私も含めて皆が幸せになる。

 想像するだけで笑みがこぼれてしまいそうな、幸福過ぎる未来。だけどその時、私はこの思いを告げることが出来なくなると思う。今でもこんなに怖いのに、そうなったら出来る筈がない。

 そうしたら私は、この思いを胸に閉じ込めたまま生きていくのか。

「……それだけは、嫌」

 無理だと思った。そんなこと、私には出来ないと。
 ベッドから起き上がり、窓へと近づく。今日は月が出ていないのか、外は暗い。窓に手を置いて、真っ黒な空を見上げた。

「……明日」

 そう、もう心を決めた方が良いに決まっている。するなら今しかない。お姉様の妊娠が分かってから少し経って、ノヴァお兄様もお兄様の周りも落ち着きつつある。逆にこれ以上時間が経ったら、それこそお姉様の出産と当たってしまう。そこから先に、きっと心を決められる機会はない。

 だから、心を決めろ、私。

「……明日、ノヴァお兄様に連絡をする……そ、それで……明後日に?……」

 頭を横に振って、弱気な私を追い出す。自分から先延ばしにしちゃダメだ。心を決めるの。
 大きく息を吸って、そして吐いて。私はもう一度空を見上げた。

「明日、朝一でノヴァお兄様に手紙を出そう。なるべく早く、会いたいって」

 思いを伝える場所はもう決めてある。伝えるべき言葉も、もうずっと前に考えてある。準備はもう出来ていて、出来ていないのは私の心だけだった。でもそれも、もう出来た。

 明日、私はノヴァお兄様に……ううん、ノヴァさんに告白する。自分の気持ちを正直に、まっすぐに彼にぶつける。ぶつけるんだ。

 月は見えず、星しか見えない夜空を見つめて、はっきりと頷く。窓に置いた右の手のひらに力を込めて、指で窓を押した。
 踵を返して、私はベッドへと向かう。明日は運命の一日になるだろう。だから今日は早く寝るべきだ。そう思って、ベッドに入った。

 結局、なかなか寝付けなくて、寝たのはそれから随分経った後だった。



 ×××



「…………」

 翌朝、日が登ってすぐに起きた私は少し眠気眼のままで私室の机に向かっていた。目の前には桃色の便箋。そしてそこには、私が書いた文字がある。

『ノヴァお兄様、少し話したいことがあるの。ノーザンプションの私達がお菓子を分け合った場所を覚えているかしら。あそこで待ち合わせしたいのだけど、いつが空いている?』

 どこからどう見ても一般的な文章。でもその文章を書いてからしばらくの時間が経っていた。便箋に刻印された家紋を押せばもう送られるのに、まだ送れない。
 朝だし、迷惑になるとか、そんな色々な言い訳を考えていたけど。

「……送るだけだから、大きな音が出るわけじゃない。押す……押すのよ……」

 ふー、と息を吐いて、そして目をつぶって。
 私は指を素早く動かし、文章を送信した。

「…………」

 送信、できた。恐る恐る目を開けば、送れたことがはっきりと分かる。

「な、なんだ……送ってみれば、全然じゃない」

 そう呟いて、大したことなかったなと不敵に笑ったとき。
 便箋に文字が書き込まれる音が、静かな私室に響いた。

「……え」

 便箋を見下ろして、思わず呟いてしまう。

『おはようオーロラちゃん、今日はとっても早いね。うん、分かったよ』

 声を出してしまったのは、こんな早朝にノヴァお兄様から返信が来たからではない。

『今からでも良いけど、どうする?』

 いつか来ると、来させると思っていた時間が、もう目の前まで来ていたからだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...