宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第207話 そして、彼女の初恋は

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 運命の時の到来の唐突さに、私は慌てた。すぐに湯を浴びて、自分の身だしなみを整えて、外出用の服に悩んだ。少しだけ大人っぽいデザインを選んで、起きたばかりのリサにちょっとだけ外出してくると伝えた。リサは畏まりましたとだけ言ってくれたけど、私の雰囲気から何かを感じ取ってくれたのだと思った。

 そうして準備を整えて、私はゲートの魔法を発動させる。お姉様みたいに大きくないので、通る、ではなくくぐるような大きさのゲート。そこに駆け込んで、ノーザンプションの街へ跳んだ。

 私の魔法の腕は今も成長していて、ゲートの魔法を一度使って疲労で倒れるといったことはない。ただ、やっぱり魔力はごっそり持っていかれるし、喪失感は凄い。移動した後は不味い薬を飲んで魔力を回復させた。それにしても、昔から思っていたけどこの薬は本当に不味い。近いうちにこの回復薬の味の改善に予算を割こうかと思ったくらいだ。

 薬を飲んだことで魔力が回復し、体調を整えた私は誰もいない場所でふー、と息を吐いた。体の調子は元に戻ったけど、胸のドキドキは、つまり緊張はどんどん強くなっていく。今はもうノーザンプションに居て、彼と会った場所に向かえばもう会える。そして私はそこで、告白をする。

「……大丈夫。大丈夫」

 自分の胸に手を当てて、気持ちを落ち着かせる。自分の体のことながら柔らかさを感じて、ほんの少しだけ胸の鼓動を遅くすることが出来た。

「……よし」

 そう呟いて、私は足を進める。彼の待つ場所へ。



 ×××



 まだ早朝ではあるものの、ノーザンプションには人の姿がちらほらと見えた。でも彼との待ち合わせ場所に近づくにつれて、その数はどんどん減ってくる。通りはともかく、一休みするような広場にこんな朝早くから人は居ないようだ。

 そんな私の予想通り、待ち合わせ場所にはただポツリと、人影がひとつあるだけだった。その姿を見て、私は人払いの魔法を周りに掛ける。そしてその背中に近づいて、声をかけた。

「おはよう、ごめんなさいね、こんな早い時間に来てもらっちゃって」

 ベンチの横から回り込むと同時に挨拶をすると、街を見ていた人……私の想い人でもあるノヴァ・フォルスは気づいて顔をこちらに向けてくれた。そしていつもと変わらぬ笑顔を浮かべてくれる。

「おはようオーロラちゃん。ううん、実は今日は早く起きちゃってね。それで剣の訓練も終わらせちゃってたんだ。だから大丈夫だよ」

「……そうだったの」

 なんていう偶然だろうと、そう思った。私は彼の隣に移動して、そしてノーザンプションの街を見た。前に初めて会ったときは夕方だったからぽつぽつと明かりがついていたけど、今は朝。薄い霧が出ていて、前回とは違った景色を見せてくれた。

「…………」

 この場で彼にどんな言葉を告げるのかは何回も考えた。考えて考えて、一番良いと思える告白の流れも頭に叩き込んだ。それは覚えているのに、緊張で言葉が出ない。リサから告白する瞬間は緊張するとは聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかった。

 前にここで出会ったことから話し始めて、話の流れを掴んで、そして。そんな風に考えていたのに。

「……私ね」

 口から出た言葉は、私がそれまで何度も考えたどの告白のパターンとも異なっていたし、当然こう言おうと決めた話の流れの言い出しではなかった。

「私、ノヴァさんの事が好き」

 そんな単純で、何にも前振りがない告白なんて、考えたこともなかった。けど今この場において真っ先に出てきたのがその言葉だった。体が、自然にその言葉を口にしていた。私を見て驚いたように目を見開く彼を見て、私は言葉を続ける。

「ここでノヴァさんに出会った。塔に幽閉されていて、塔を出た後もほとんど女性としか関わってこなかった私が初めて深く関わった男性。それがノヴァさんだった。私は悪い事をして叱ってくれたあなたに、父の面影を見て、兄のように慕った。でも時間が経つにつれて、これは義理の兄に対する感情じゃないと気づいたの。近くに居れば居るほど、あなたの優しさに触れれば触れるほどに、惹かれた」

 自分でも驚くくらいに言いよどむこともなく、言葉が次々と出てくる。そんな魔法あるわけじゃないのに、まるで魔法にかかったみたいだった。でもその全ては私の本心で、今この場で彼に伝えたいことだった。

「義理の兄としてではなく、一人の男性として、ノヴァさんの事が好き」

 言える。彼の事が好きだと、面と向かって、瞳を見て、はっきりとそう言える。

「もちろんノヴァさんがお姉様と結ばれていることは分かっている。二人の間に深く、強い愛があるのも痛いくらい知ってる。でも……それでも私はあなたの事が好き。二番目でも三番目でもいい、側室でいい。……だから私を、傍に置いてください。ずっとお慕いしていました、ノヴァさん」

 最後はまっすぐに、真剣な表情で、そして丁寧な口調で。気持ちが伝わるように、そして伝わってくれと祈って、言葉を彼に投げかけた。

「……オーロラちゃん」

 そしてそれは、間違いなく彼の心に届いた。驚いて見開きながらも揺れる瞳がそれを物語っていた。やがて彼は少しだけ沈黙し、私の言ったことを心に留めるように目を瞑り、一度だけ胸を押さえた。その行動で、私の言葉を自分の中に落としこんでくれているのを感じた。

 目を開いた彼は、笑顔を浮かべて私を見てくれた。

「……ありがとうオーロラちゃん。今君の気持ちを聞いて、とても嬉しく思うよ。義理の兄として君が俺の事を好いてくれているのはもちろん分かっていたし、そこに異性に対しての感情があるかもしれないとも思っていた。もちろん、確信は持てなかったけどね」

 けれどその笑顔は、どこか悲しくて、心からの笑顔ではなくて。それでも、私の事をじっと見てくれていて。

「でも、ごめん」

 そしてその言葉が、やけに大きく耳に響いた。

「俺、オーロラちゃんの事は好きだし、大切だよ。一緒にいると皆を笑顔にしてくれるし、話をしていてとても楽しい。それは他の誰にもできない、オーロラちゃんだけの特技って言っていいと思う。……でも、それはやっぱり義理の妹としてなんだ」

 なぜだろう、とても悲しい事を言われているのに、私は笑顔を続けられた。胸の奥は激しく痛むけど、そこまで荒れてはいなかった。こうなることが、どこかで分かっていたのかもしれない。

「俺は……どうしてもシアとオーロラちゃんを同じように愛せない」

 お姉様には決して勝てないことを。それはお姉様に魔法や人として勝てないんじゃない。彼の中に居るレティシアに、決して敵わないのではないかと。

「なら二番目で、側室でって君は言うかもしれないけど、それは違うんだ。残酷なことを言うけど、俺の中にはそもそも二番目がないんだ」

 ああ、と私は不思議と納得した。彼の言う通り残酷なことを言われているけれど、驚くほどにすっと胸に落ちてきた。これが彼なんだ、これがノヴァ・フォルスなんだと。
 そのくらい彼は、ただレティシア・アークゲートという存在のみを……彼の世界にしているんだ、と。

「だから……ごめん」

 頭を下げる彼を見て、全く怒りは湧いてこない、悲しみも沸いてこない。ただ、聞けて良かったと思った。振られるにしても、自分よりももっと大きくて強い感情を見せられて振られるなら、納得がいくから。

「なんとなく……分かってたわ。きっとノヴァお兄様は私の言葉をしっかりと考えてくれるけど、受け入れてくれることはないって。真摯に向き合ってくれるけど、最後には振られるんだろうなって」

「……オーロラちゃん」

 顔をゆっくりと上げたノヴァお兄様は、バツの悪そうな顔をした。そんな顔、しなくていいのに。

「そんな顔しないでよお兄様。私、振られちゃったけど、告白して良かった。私の思いを告げて、そして聞いてもらって良かった。お兄様の気持ちを聞けて、お兄様の中にはやっぱりお姉様しか居ないって知れて、良かった」

 そう、本当に良かった。……良かった。

「だからありがとう」

「……どう……いたしまして」

 ノヴァお兄様は無言で、なんて言っていいか分からない顔をしていたけど、やがてそう返してくれた。すこし寂しげに、微笑んでくれた。

「……私は次に進むわ。もっと魅力的になって、もっと素敵になる。ノヴァお兄様が私を振ったことを後悔する程に、なってやるんだから」

 少し強がってそう言うと、ノヴァお兄様は首を横に振った。

「この選択を、後悔したくはないかな」

 そう言ったお兄様は、まっすぐに私を見る。

「でも、この選択をしたことで、オーロラちゃんにはもっと幸せになって欲しい。無責任な言い方だけど、将来的に君には俺たち以上に幸せになって欲しいと、心からそう思うよ」

「……ありがとう。……はぁー、本当、とんでもない人を好きになっていたものね。お兄様以上の人を捕まえて、今のお兄様やお姉様以上に幸せになるって……」

 本当、どんな無理難題だ、と思ってしまう。思ってしまうけど。

「ほんと、どの口が言うんだか」

 呆れたように返しつつも、実にお兄様らしい言葉だと思った。
 踵を返し、彼を見ないようにして、歩き出す前に口を開く。

「私、屋敷に戻るわ。今日はありがとう。お兄様とこうして話せて、本当に良かった」

「うん、俺も……良かったよ」

 最後に振り向いて、お兄様に……彼に微笑みを向けた。
 ちゃんと笑えていたに違いないと、そう思った。

 その後は言葉を交わすこともなく、私はその場を歩き去った。
 登り始めた太陽が、光を私の体に押し付けてくる。日の光が、私を温めてくれる。燦然と輝く太陽を見上げ、その明るさに手で遮る。

 屋敷に帰ったら、きっと泣く。今日はもう、何もしない。ただただ、泣いてやる。
 でもそれは今日だけ、明日になったらいつも通り。ううん、昨日までよりも強い私になる。

 こうして私の初恋は終わりを告げた。それは悲しい結末だったけど、納得のいく……少なくとも告白して良かったと全く後悔しない選択だった。
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