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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第208話 そして彼女のペンは、澱みなく
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ゲートの魔法を使い、自分の屋敷の執務室へと帰ってくる。魔法薬を飲んで最悪な気分になりながら、長椅子に倒れ込むように横になった。
「……はぁ」
ため息を吐いたのにその声すら涙声で嫌になる。右腕を持ち上げて腕で顔を覆った。
コンコンッとノックの音が響く。答えるつもりもなくて黙っていると、部屋の外から声が聞こえた。
『お嬢様……おかえりなさいませ』
遠慮がちに投げかけられる言葉。リサのものだとはすぐに分かったから、少しだけ気持ちを落ち着かせて、言葉を強く発する。
「一人にして」
声は震えていないし、涙混じりでもない、完璧な返事。そう思ったけど。
ガチャリと音を立てて扉は開く。足音が聞こえ、すぐ傍に人の気配を感じた。リサとの付き合いは長い。どれだけ取り繕っても今の私がどういう状態なのかは知られてしまう。
「……お嬢さま」
「一人にしてって……っ……言ったでしょっ……」
「すみません……ですが……」
そこまで言ったリサの座り込む音が聞こえ、左手が温かく包まれた。
「放っては……おけませんっ」
「…………」
リサの泣きそうな声に、私は上体を起こす。そして椅子に座り直して、彼女とは目を合わせないようにした。目を合わせれば泣きそうなリサに触発されて止まらなくなると思ったから。
「……振られちゃった」
「…………」
「あんなにリサと告白の言葉を一杯考えたのに……私、全く違うことを言っちゃった。でもそれは良いの。思っていたことを、私の言葉をそのままお兄様に伝えられたから。……でも、受け入れては貰えなかった」
でも、もういいやと思った。少しでも話し始めたらもう無理で、気づけば私はリサの方を向いて微笑んでいた。ちゃんと笑えていたかは分からないけど。
「……っ」
すぐにリサに抱きしめられちゃったから、笑えていなかったんだろうね。
彼女の背中に腕を回して、言葉を紡ぐ。
「やっぱりね……ノヴァお兄様にはお姉様しか居ないって……2番目とか側室とかも言ったけど、それもないくらいお姉様を愛しているって……そう言われちゃった……」
「お嬢様……」
「私ね……それを聞いて思ったんだ。あぁ、すごいなって。だってノヴァお兄様はもう大貴族の当主で、側室だって持つことが出来るのに、それでもそれを選ばないんじゃなくて、そもそも無いんだもん。そのくらいお兄様はお姉様を強く愛してる」
それが痛いほど分かったからこそ、思い知らされた。
「私、ノヴァお兄様が好きだった。でもその気持ちが、ノヴァお兄様のお姉様に対する気持ちに勝てないって……っ……そう思っちゃった……」
「そんな……ことは……」
リサの言葉に私は首を横に振った。
「思っちゃったんだよ。……思っちゃったんだ……でもいいの。私はこの気持ちを伝えられた。それだけで私は満足。例え受け入れられなかったとしても、気持ちをずっと抱えたままよりはずっといい。少なくとも私は、そう思ってるから」
後悔はない。私はやるべきことを全てやって、その結果こうなっただけだ。だから後悔なんて、ないけど。
「でも……でもなぁ……」
どうしても考えてしまう。視界が涙で滲み、頬に冷たさを感じる。
「私が……っ……もっとっ……早く生まれてれば……お姉様よりも年上でなくても、出会ったときにもっとお兄様に年が近かったら……変わったのかなぁ……」
ノヴァお兄様と会ったときに私がもしも今くらいの年齢だったなら。
考えても意味がない事なのにどうしても考えてしまう。そうすればここまで告白が遅れることもなかったのだろうか。もっと良いタイミングで告白出来て、受け入れられたのだろうか。
「もっと……っ……もっと早くこの気持ちに気づいていれば……」
会ってすぐに恋心に気づいていれば、もっと早く行動できていれば、ノヴァお兄様の気持ちを射止められていたのか。
「ねえ……っ……リサはどう思う?」
だから私に最も近しい、お姉ちゃんと呼べる人に尋ねた。
「……それ……っ……はっ……」
涙交じりで言葉に詰まるリサ。でも私は彼女に声をかける。意地悪な願いを心に抱いて。
「お願い……っ……言って?」
「…………」
ギュッっと、体が強く抱きしめられた。折れそうなほどに強く、強く、抱きしめられて。
「……もしもの話はもしもの話です……っ……現実にはなりません……だから、お嬢様の初恋は終わりです……っ……終わったん……ですっ」
「ははっ……酷いなぁ、リサは」
ありがとう。本当にありがとうリサ。私が心から思っていることを代わりに言ってくれて、ありがとう。そしてごめんね、こんなこと言わせて、本当にごめん。
でももう、大丈夫だから。
「そっかぁ……終わり……かぁ……そうだよね」
「申し訳……っ……ありません」
「ううん、私の方こそごめんね……いろいろ相談に乗ってもらったのに……」
「そんな……っ……ことは……」
リサを、お姉ちゃんを強く強く抱きしめる。ありがとうと心を込めて、抱きしめる。
そして告げる。私はもう前を向けたよと、彼女に伝わるように。
「リサ、私幸せになる。いつかノヴァお兄様以上の人を見つけて、その人と絶対に幸せになる」
「はい……っ……はいっ」
「だからその時は……ううん、そのときも力を貸してね?」
「はいっ……もちろんです。どこまでも、お供します」
「……ありがとう」
ありがとう、お姉ちゃん。決して口には出来ないけれど、私はリサに心の中でそう言った。
そうして私達は、互いに泣き止むまで抱き合ったままで涙を流し続けた。時間というのは時に残酷で、時に優しい。しばらく経てば私達の心は落ち着いて、どちらからという事もなく離れた。
「……ふぅ」
いっぱい泣いてすっきりした私はリサの顔を見る。泣き腫らして真っ赤な目をしたリサが目に入って、私もきっと同じなんだろうと思った。
「さあリサ、今日も今日とて頑張るわよ。仕事よ仕事!」
「……はいっ! 頑張りましょう!」
お互いに頷いて、私は自分の机へ、リサは執務室の出口へと向かう。椅子に座る頃にはリサは心配そうにこっちを見ていたけど、私と目が合うと頷いて部屋を出ていった。出ていくときの彼女の顔が、もう大丈夫、と言っているように思えた。
「早く終わらせて、午後はゆっくりしちゃおうかな」
独り言を呟いて、私は引き出しを開ける。
「あっ……」
いつも使っているペンを取り出そうとして、あるものが目に入った。
お姉様とユティお姉様と一緒にノヴァお兄様にサリアの街を案内されたときに贈られたペン。勿体ないからと丁寧に包装されたままのそれが、大事に透明な箱に収められていた。
「…………」
透明な箱から袋を取り出し、それを破ってペンを取り出す。シンプルながら高級そうな見た目をした、持ちやすく書きやすいペン。それを用いて適当な紙に走らせれば、綺麗な黒い線が走った。ペンを持ったままで机の引き出しを閉めて、私は頷く。
「よしっ」
そして私は、また日常へと戻っていく。
大切な義兄から貰ったペンは、澱みなく動いていた。
「……はぁ」
ため息を吐いたのにその声すら涙声で嫌になる。右腕を持ち上げて腕で顔を覆った。
コンコンッとノックの音が響く。答えるつもりもなくて黙っていると、部屋の外から声が聞こえた。
『お嬢様……おかえりなさいませ』
遠慮がちに投げかけられる言葉。リサのものだとはすぐに分かったから、少しだけ気持ちを落ち着かせて、言葉を強く発する。
「一人にして」
声は震えていないし、涙混じりでもない、完璧な返事。そう思ったけど。
ガチャリと音を立てて扉は開く。足音が聞こえ、すぐ傍に人の気配を感じた。リサとの付き合いは長い。どれだけ取り繕っても今の私がどういう状態なのかは知られてしまう。
「……お嬢さま」
「一人にしてって……っ……言ったでしょっ……」
「すみません……ですが……」
そこまで言ったリサの座り込む音が聞こえ、左手が温かく包まれた。
「放っては……おけませんっ」
「…………」
リサの泣きそうな声に、私は上体を起こす。そして椅子に座り直して、彼女とは目を合わせないようにした。目を合わせれば泣きそうなリサに触発されて止まらなくなると思ったから。
「……振られちゃった」
「…………」
「あんなにリサと告白の言葉を一杯考えたのに……私、全く違うことを言っちゃった。でもそれは良いの。思っていたことを、私の言葉をそのままお兄様に伝えられたから。……でも、受け入れては貰えなかった」
でも、もういいやと思った。少しでも話し始めたらもう無理で、気づけば私はリサの方を向いて微笑んでいた。ちゃんと笑えていたかは分からないけど。
「……っ」
すぐにリサに抱きしめられちゃったから、笑えていなかったんだろうね。
彼女の背中に腕を回して、言葉を紡ぐ。
「やっぱりね……ノヴァお兄様にはお姉様しか居ないって……2番目とか側室とかも言ったけど、それもないくらいお姉様を愛しているって……そう言われちゃった……」
「お嬢様……」
「私ね……それを聞いて思ったんだ。あぁ、すごいなって。だってノヴァお兄様はもう大貴族の当主で、側室だって持つことが出来るのに、それでもそれを選ばないんじゃなくて、そもそも無いんだもん。そのくらいお兄様はお姉様を強く愛してる」
それが痛いほど分かったからこそ、思い知らされた。
「私、ノヴァお兄様が好きだった。でもその気持ちが、ノヴァお兄様のお姉様に対する気持ちに勝てないって……っ……そう思っちゃった……」
「そんな……ことは……」
リサの言葉に私は首を横に振った。
「思っちゃったんだよ。……思っちゃったんだ……でもいいの。私はこの気持ちを伝えられた。それだけで私は満足。例え受け入れられなかったとしても、気持ちをずっと抱えたままよりはずっといい。少なくとも私は、そう思ってるから」
後悔はない。私はやるべきことを全てやって、その結果こうなっただけだ。だから後悔なんて、ないけど。
「でも……でもなぁ……」
どうしても考えてしまう。視界が涙で滲み、頬に冷たさを感じる。
「私が……っ……もっとっ……早く生まれてれば……お姉様よりも年上でなくても、出会ったときにもっとお兄様に年が近かったら……変わったのかなぁ……」
ノヴァお兄様と会ったときに私がもしも今くらいの年齢だったなら。
考えても意味がない事なのにどうしても考えてしまう。そうすればここまで告白が遅れることもなかったのだろうか。もっと良いタイミングで告白出来て、受け入れられたのだろうか。
「もっと……っ……もっと早くこの気持ちに気づいていれば……」
会ってすぐに恋心に気づいていれば、もっと早く行動できていれば、ノヴァお兄様の気持ちを射止められていたのか。
「ねえ……っ……リサはどう思う?」
だから私に最も近しい、お姉ちゃんと呼べる人に尋ねた。
「……それ……っ……はっ……」
涙交じりで言葉に詰まるリサ。でも私は彼女に声をかける。意地悪な願いを心に抱いて。
「お願い……っ……言って?」
「…………」
ギュッっと、体が強く抱きしめられた。折れそうなほどに強く、強く、抱きしめられて。
「……もしもの話はもしもの話です……っ……現実にはなりません……だから、お嬢様の初恋は終わりです……っ……終わったん……ですっ」
「ははっ……酷いなぁ、リサは」
ありがとう。本当にありがとうリサ。私が心から思っていることを代わりに言ってくれて、ありがとう。そしてごめんね、こんなこと言わせて、本当にごめん。
でももう、大丈夫だから。
「そっかぁ……終わり……かぁ……そうだよね」
「申し訳……っ……ありません」
「ううん、私の方こそごめんね……いろいろ相談に乗ってもらったのに……」
「そんな……っ……ことは……」
リサを、お姉ちゃんを強く強く抱きしめる。ありがとうと心を込めて、抱きしめる。
そして告げる。私はもう前を向けたよと、彼女に伝わるように。
「リサ、私幸せになる。いつかノヴァお兄様以上の人を見つけて、その人と絶対に幸せになる」
「はい……っ……はいっ」
「だからその時は……ううん、そのときも力を貸してね?」
「はいっ……もちろんです。どこまでも、お供します」
「……ありがとう」
ありがとう、お姉ちゃん。決して口には出来ないけれど、私はリサに心の中でそう言った。
そうして私達は、互いに泣き止むまで抱き合ったままで涙を流し続けた。時間というのは時に残酷で、時に優しい。しばらく経てば私達の心は落ち着いて、どちらからという事もなく離れた。
「……ふぅ」
いっぱい泣いてすっきりした私はリサの顔を見る。泣き腫らして真っ赤な目をしたリサが目に入って、私もきっと同じなんだろうと思った。
「さあリサ、今日も今日とて頑張るわよ。仕事よ仕事!」
「……はいっ! 頑張りましょう!」
お互いに頷いて、私は自分の机へ、リサは執務室の出口へと向かう。椅子に座る頃にはリサは心配そうにこっちを見ていたけど、私と目が合うと頷いて部屋を出ていった。出ていくときの彼女の顔が、もう大丈夫、と言っているように思えた。
「早く終わらせて、午後はゆっくりしちゃおうかな」
独り言を呟いて、私は引き出しを開ける。
「あっ……」
いつも使っているペンを取り出そうとして、あるものが目に入った。
お姉様とユティお姉様と一緒にノヴァお兄様にサリアの街を案内されたときに贈られたペン。勿体ないからと丁寧に包装されたままのそれが、大事に透明な箱に収められていた。
「…………」
透明な箱から袋を取り出し、それを破ってペンを取り出す。シンプルながら高級そうな見た目をした、持ちやすく書きやすいペン。それを用いて適当な紙に走らせれば、綺麗な黒い線が走った。ペンを持ったままで机の引き出しを閉めて、私は頷く。
「よしっ」
そして私は、また日常へと戻っていく。
大切な義兄から貰ったペンは、澱みなく動いていた。
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