宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

文字の大きさ
216 / 237
第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第216話 運命の日

しおりを挟む
 俺がアークゲート家の屋敷に移ってから数日後、運命の日がやってきた。これまでの数日も緊張していたけど、今日は朝から心臓の音が聞こえるくらいだった。魔法を使って判明したシアの出産予定日が今日だから、である。

「もうノヴァさん……緊張しすぎですよ。お医者さんの先生も予定日はあくまでも予定だと言っていたではありませんか」

「そうだけど……でも今日これからかもしれないって思うと心配で心配で……」

「大丈夫ですよ。この後陣痛が起きたとしても、私はしっかりこの子をノヴァさんの腕に届けますから」

「で、でも……」

 シアが安心させるように言ってくれるものの、俺の不安は一向に消えない。そのことに俺自身も気づいて、ごめんと謝った。

「不安なのはシアの方なのに……俺ばっかり……」

「いえ、少し珍しいノヴァさんを見れて私は嬉しいです。最近の逞しく頼りがいのあるノヴァさんも素敵ですが、昔を思い出させる弱気なノヴァさんもこれまた素敵ですから」

「……むぅ」

「ふふっ」

 悪戯に笑う妻に、敵わないなぁ、と思う。彼女とは長く、濃い時間を過ごしてきた。お互いの事はなんとなく分かるし、シア以上に俺の事を分かってくれる人も他に居ないだろうと思う。
 そんなシアは執務机で作業をしているユティさんの方を向いて、不安そうな顔をした。

「……ユティ」

「はい、当主様」

「……無理をしては……いけませんよ?」

「もちろんです」

 シアの言葉にユティさんは満面の笑みで答える。安心させるような穏やかな笑み。けれどシアの表情から不安が消えることはなかった。

「ノヴァさん……お願いがあります」

「……ん?」

 小さな声で呟かれて、俺はシアに耳を近づける。

「もし……っ……オーラ……と……ユテっ」

「シア?」

 小さく囁かれた言葉に、少しずつ苦悶の声が混じり始める。それを聞いて、俺は思わずシアの表情を見た。
 不安の色をかき消すくらいの苦しそうな表情が、視界に映った。

「シア? ……シアっ!? ユティさん! シアが……シアが!」

「落ち着いてくださいノヴァさん! 陣痛ですね……すぐに人の手配を行います! ノヴァさんは当主様の手を握っていてください!」

「は、はい……」

 なにかの魔法を行使しながらすぐに部屋を出るユティさん。彼女に言われたとおりに俺はシアの手を握る。少しでも痛みが和らぐように、願いを込めて。けれど彼女の顔から苦しみが消えることはなかった。

「シア、大丈夫だからね。すぐにお医者さんが来てくれるから」

 語り掛けることしかできないけれど、俺は屋敷のメイドさんやお医者さんが駆けつけるまで、その場でシアの手を握り、言葉をかけ続けた。

「……っ……」

 シアと目が合う。決意が籠ったような強い目を向けられ、彼女の指が動く。それが、彼女が俺に見せたその日最後の力強い動きだった。その動きを終えて、シアはまた苦しみの中へと身を落としていく。

 結局、シアが俺に何を耳打ちしようとしたのかは、この時は聞くことが出来なかった。



 ×××



 それから数分後、俺は屋敷の廊下に設置された椅子に腰かけていた。あの後すぐにユティさんはメイドさん達十数人と何人かの先生を連れて戻ってきて、シアを専用の部屋に移した。今部屋の中ではシアだけでなくターニャを始めとするメイドさん達やお医者さんたちも頑張ってくれている。

 もちろん俺は中に入ることは出来ない。けれどそれ以上に、この場から動くことが出来る程の余裕がなかった。俺は今、椅子に座った状態で手を組み、ひたすらシアの魔力に語り掛けていた。何度も何度も、心の中で語り掛けていた。

「やはり当主様の予想通りでしたね。魔力が落ち着いているように見えます……ノヴァさんが近くで無事を祈ってくれているからでしょう」

 ユティさんの言葉が聞こえるけれど、そちらに目を向けるだけの余裕がない。もしも今別の事に気を割いてしまえば、どうなるか分からないから。

「これだけしか……出来ないなんて……」

 だからなんとか声だけを絞り出して聞こえたことに返す。すると隣から声が聞こえた。

「いえ、魔力の暴走は起こることなのですが、それをノヴァさんの力で制御できています。もしノヴァさんが居なければ、屋敷に被害が出ていたでしょう。もっとも重要な役割です」

 ユティさんが言うように、出産の際にアークゲートの魔力が暴走するのはよくあることらしい。物や、人を傷つけてしまうこともあるそうだ。そしてそれは所持している魔力量が多ければ多いほど暴走も大きくなるらしく。

『それなら歴代で圧倒的な魔力量を誇る自分の出産時には暴走も酷くなるかもしれません。なるべく抑えるように努力はしますが……ノヴァさんにも協力して頂きたいんです』

 そう依頼してきたシアに、俺は快諾した。むしろシアが余分な頑張りをしなくて済むように、今も全身全霊で彼女の魔力に祈っている。落ち着け、落ち着いてくれ、と心の中で何度も、何度も。

 それが功を奏しているらしい。自分でもシアの魔力に語りかけることで、まだ暴走状態にないことは分かる。分かるけれど。

 ――なんだこれ……こんなに大きなものなのか……まるで、頂上の見えない山が目の前にそびえて震えているような

 遥か高みを持ち、そして膨大な大きさを持つ山。その麓に立っているような感覚さえ覚える。こんな大きくて膨大なものがもしも崩れたりしたら、一体どうなるのか。考えるだけでも恐ろしい。

「……ノヴァさん、あと数時間ですが、頑張ってください」

「数……時間……」

 それを聞いてますます不安になる。よくよく考えれば出産がすぐに終わるわけがないのに。こうしてひたすら祈ることは別にいい。けれどこれから数時間、シアは苦しむことになる。それが不安で不安で……その苦しみが数時間もの間続くなんて。

 でも、それこそが俺のしなければならないことだと改めて考えたとき。

「っ……」

「すみません、少し失礼しますね」

 また、シアの魔力の揺らぎを感じた。シアが出産で苦しんでいるからこそ、あるいは心が不安定になってるからこそ発生する魔力の乱れ。彼女の持つ魔力量はあまりにも膨大で、それを抑え込むのもこれまでにないほどの集中力を要する。

 シアの事も心配だが、俺が持つかも大きな問題だった。いや、シアだって頑張ってくれているんだ。俺が頑張らないでどうすると自分に喝を入れる。

 目の前には聳え立つ金色に輝く山。それが揺らぎ、ブレて見えるたびに強く祈る。落ち着け、落ち着け。そう、強く強く思い続ける。

 ……大丈夫だ。まだ形はしっかりとしている。一部が崩れてもいない。

 この金色を、保ち続ける。保ち続けるんだ。

 ――金……金色……そういえば、オーロラちゃんは?

 考えてはいけないのに別の事を考えてしまう。思ったのは今この場にまだ到着していない少女の事。シアが心配していた少女の事。彼女はもうこの屋敷に着いただろうか。

「っ……ユティさん、オーロラちゃんに連絡は……くっ……」

 連絡はユティさんに頼んでいたので彼女に聞く。もしまだ来ていないならなるべく早くこの屋敷に、それもシアの居るこの部屋に近い場所に来てもらわないといけないから。

 しかし、ユティさんからの返答はない。

「……ユティっ……さん?」

 もう一度尋ねてみても答えはない。事前にシアと一緒に決めた筈だ。俺とユティさんはここで彼女の出産が終わるまで待つと。だから側にいる筈なのに、返事がない。

 なるべくシアの魔力からは意識を逸らさずに、目を開けた。そして目線だけで隣を確認。

「ユテ――」

 絶句した。ユティさんは、隣に居なかった。

「!?」

 咄嗟に横を向いて廊下を確認しても、姿が確認できない。
 分からない。声をかけてくれたか? それに気づけなかった? いやそんなことは今は良い。

 なぜ今この場を去ったのか。たまたま忘れ物を取りに行ったとかなら全然良い。けれど。

「まさ……か……」

 もしそれ以外。例えば屋敷を後にするようなことになれば。

「っ……だ、だれ――」

 誰でもいい。誰でもいいからこの場にユティさんを連れ戻してくれ。そうじゃなくてもせめて屋敷の中に。そう誰かに声をかけようとした瞬間。

 意識を割いていた金色の山が、震えた。

「まずっ……」

 すぐに目を瞑り、魔力に祈る。収まれ、収まれと祈り続ける。何度も何度も心を込めて祈り、ようやく山の振動が収まり始める。

「く……そっ……」

 目をつむったままで俺は唇を噛みしめる。俺はこの場から動けない。そしてこの場には、俺しかいない。シアが出産中のこんな状況でここを通りかかるメイドさんも居ないだろう。

 誰にも頼むことが、出来ない。

「まずい……まずいっ……」

 ただ焦るしかないが、それはシアの魔力の山の振動を再開させるきっかけにしかならない事を悟り、再び集中する。今まで何度も俺の、皆の窮地を救ってくれたシアの魔力。

 それが今だけは、俺の足枷になっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

親友に恋人を奪われた俺は、姉の様に思っていた親友の父親の後妻を貰う事にしました。傷ついた二人の恋愛物語

石のやっさん
恋愛
同世代の輪から浮いていた和也は、村の権力者の息子正一より、とうとう、その輪のなから外されてしまった。幼馴染もかっての婚約者芽瑠も全員正一の物ので、そこに居場所が無いと悟った和也はそれを受け入れる事にした。 本来なら絶望的な状況の筈だが……和也の顔は笑っていた。 『勇者からの追放物』を書く時にに集めた資料を基に異世界でなくどこかの日本にありそうな架空な場所での物語を書いてみました。 「25周年アニバーサリーカップ」出展にあたり 主人公の年齢を25歳 ヒロインの年齢を30歳にしました。 カクヨムでカクヨムコン10に応募して中間突破した作品を加筆修正した作品です。 大きく物語は変わりませんが、所々、加筆修正が入ります。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...