宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第227話 カイラスの人生で一番大きな戦いは終わる

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「ぐっ……」

 覇気の防御を破り、深く深く突き刺さる短剣。フォルスの覇気とアークゲートの魔力が、ライラックの体を確実に破壊するのを感じた。苦悶の声を絞り出したライラックは体を僅かに振るわせ、そして私の耳は剣が地面に落ちる音を聞いた。私の剣は既に弾かれているから、それがライラックのものであることはすぐに分かった。

 短剣から手を離し、私はゆっくりとライラックから離れる。
 ライラックは、未だに信じられないと言った表情で目を見開いていた。

「馬鹿な……そんな……馬鹿な……」

 自分に突き刺さる短剣を見て唖然と呟く。自身が終わろうとしていることをライラックは理解し、ゆっくりと体を傾けて仰向けに倒れた。やけに重々しい音が、短い時間だけ聞こえた。

「はっ……はっ……」

 短い呼吸を繰り返すライラック。その命が、消えようとしている。

「トラ……ヴィス……俺は……」

 彼に何が見えているのかは彼にしか分からない。けれどライラックは空にある太陽に手を伸ばして。

「俺は……フォルスを……」

 伸ばした手は、力なく地面へと落ちた。短剣の刺さった傷口からは流れる血が止まることはなく、大地を染めていく。広がる赤の中で、太陽の日差しの下で、ライラック・フォルスはついに動かなくなった。

「……ああ」

 膝を突き、地面に両手をついて肩で息をする。思ったよりもギリギリの戦いで、疲労困憊だった。

「勝った……のですね……」

 声を聞いて首だけを向ければ、システィ殿がこちらへと歩いてきていた。しかし右手で左腕を押さえていて、足取りはおぼつかない。彼女もまたボロボロの状態なのは間違いなかった。しかしその口元は柔らかい。

「咄嗟に思いついてやりましたが、使って頂けるとは思いませんでした」

「私もどうして思いついたのか疑問なくらいです。ですが助かりました。ありがとうございました」

 あの瞬間、私は頭よりも先に体が動いた。あれはきっと、フォルス家で剣を学んできた体が選んだのだろう。アークゲートの力を借りてもライラックを倒すことを。

「フォルスの直系が……アークゲートの力を借りる……か」

「気に入りませんか?」

 悪戯っぽく尋ねてくるシスティ殿に、私は首を横に振った。

「いや……悪くはありませんでした」

 正直に感想を述べれば、システィ殿はそうですか、と告げる。彼女は振り返り、この場を去ろうとした。

「行くのですか?」

「はい……お嬢様が心配ですので。武器は砕かれてしまいましたが、何かできることがあるでしょう……あなたは……いえ、なんでもありません」

「…………」

 システィ殿は、では、と言い残して場を去っていった。きっと続きを口にしなかったのは私への思いやりだろう。ライラックの体から短剣を回収しなかったことも、きっとそうだ。

 伯父という親族を失った、私に対して気遣いをさせてしまったようだ。

 ライラックの伯父上へと近づき、その開いた瞼をゆっくりと閉じる。伯父上の最期の表情は微笑んでいるようにも見えた。今まで見たことのないものだった。

「……伯父上」

 こうするしかなかった。彼を殺めることでしか止められなかった。あの戦いで彼を生かしたまま無力化など出来るわけもなかった。だがこの手には、確かに伯父を殺めた感覚が残っている。

 幼い頃から剣を教えてくれた伯父を、良くしてくれた伯父を、手にかけた。最後はもうどうしようもないところまで堕ちていたが、それでも私のたった一人の伯父だった。フォルス家を守ると共に心に決めた同志でもあったはずだ。その結末が……これか。

「もしもエリザベートに会わなければ……いつかはノヴァと心を通わせることだって、出来たのかもしれないのに」

 仮定の話をしても仕方がない。しかもそれが実現する可能性が無い仮定ならば、意味などないだろう。それでも、そう呟かざるを得なかった。そんな最良な未来が、いつかは訪れたのではないかと思ってしまった。

 伯父の側に座り、空を見上げる。先ほどの戦いの時は集中しすぎて見ている暇などなかった。もう一人、ティアラの方は大丈夫だろうか。それにエリザベートもいる。彼らは、脅威を退けることが出来るだろうか。

「……いずれにせよ、私はもう満足に戦える状態ではないか」

 そう呟き、いつもと変わらぬ雲のある青空をじっと見る。私に出来ることは全てやった。あとは事前に情報を伝えたノヴァとレティシア様がなんとかするだろうと、そう信じて。

 再び伯父上に視線を向ける。その安らかな表情を見て、語り掛けた。

「……これから迎える未来は、伯父上にとっては受け入れられなかった未来かもしれません。ですがそれでも私達は進んでいきます。そして必ず、より良いものへとしていきます」

 死闘を行った。反逆者として粛清した。けれど私の中には彼をまだ伯父と慕うだけの気持ちもあって、死した彼に対して恨み言を言うことはどうしてもできなかった。

 だから、その屍を越えていくことを彼に誓って。

 こうして私の人生における一つの大きな戦いは、終わりを告げた。肉親の死を受けて少し胸が痛みつつも終わったのである。
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