宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第231話 今際の際で聞いた声

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 剣を構え、エリザベートと対峙する。俺の体はさっきまでシアの近くに居たからか彼女の魔力の影響を少なからず受けていて、体の奥底から力が湧き出ていた。そんな俺の左手を、誰かの手が掴む。そちらへと目線を向けてみれば、オーロラちゃんがいつもの勝気な目で俺を見ていた。

「全部……あげるから……あの女、倒してよね」

「……ああ、任せて」

 オーロラちゃんから魔力が送られ、体の内側から溢れる力がさらに強くなる。これで準備は整った。あとは、全力でエリザベートと戦うだけ。

 オーロラちゃんの手を離し、視線をエリザベートに再び向ける。俺達は互いににらみ合い、そして。どちらからという事もなく、同時に動き出した。両者揃って前へ。片手に剣を携え、互いの間合いに入った瞬間に剣を振りかぶる。

「ふっ!」

「はっ!」

 力の限りに剣を振り払い、エリザベートの剣にぶつける。シアとオーロラちゃんの魔力で強化された俺が力で負けたことは今までなかった。あの覇気を覚醒させたゼロードを相手にした時だってそうだ。なのに。

 剣は拮抗し、ギリギリと音を立てながら止まった。

 シア達の力を受けた剣が、初めて止められた。それを成しているのがエリザベートの黒い魔力だという事はすぐに分かった。感じ取れる禍々しい魔力。あれをほんの一瞬でもシアのものと勘違いした過去の自分を殴ってやりたいとさえ思ってしまった。

「くっ!」

「逃がさんっ!」

 様子を見ようと後退しようと考えたが、すぐにエリザベートの剣が嵐のように俺に襲い掛かる。その一撃一撃を、特製の剣を使用して弾き続ける。時折隙を見て攻撃を繰り出すものの、それすらも防がれてしまった。

 回避と防御、その二つが動きの中心になってしまうくらいには、押されている。

 ――思った以上に、強い

 シアの母なのだから決して侮っているわけではなかった。怒りは感じていたし、確実に殺めるつもりではあるが、それが容易だとも考えていない。しかし想像以上に、エリザベートは強い。いや、俺が弱い。

 シアから直接力を貰ったのなら圧倒できたかもしれない。けれど俺が今扱えるのはシアの魔力に触れて少しだけ借りた力だ。オーロラちゃんから直接受け取った魔力も力を貸してくれているけれど、シアの魔力に比べるとどうしても親和性が落ちてしまう。

 そしてもう一つ、アークゲートの魔力を纏った戦いにおける経験値が圧倒的に足りていない。エリザベートは魔力を剣に纏わせる今の戦い方に慣れている。一方で俺はまだ、この状態での戦いの経験が少ない。

 圧倒的な力で相手を下した経験があっても、対等な相手と「戦った」経験がない。
 その差が、この劣勢を生み出していた。

「どうした小僧!? このままじゃ私の宣言通りに死んでしまうぞ!?」

「やってみろと……言ってるだろ!」

「安心しろ、すぐに実現してやる」

 邪悪な笑みを張り付けて剣を振るい、俺を殺めんとするエリザベートの剣。黒い魔力に包まれたそれを受けるたびに、腕に痺れが走る。けれど防ぎきれる。そう感じたとき。

「そらいくぞ!」

「くっ」

 突然剣の軌道を変えて繰り出してきた神速ともいえる突きを、ギリギリ剣で防ぐ。衝撃が体を貫いたけれど吹き飛ばされるほどじゃない。ほんの少しだけエリザベートと距離を離されるだけ、と言っても剣がギリギリ当たらなくなる程度の距離だ。

 その距離の先で、エリザベートが体を翻した。

「一」

 嫌な予感がして剣を水平に構える。エリザベートは体を回転させ、剣を勢いよく振り上げた。その切っ先すら届かない位置に俺は居る。だからエリザベートの剣は俺に当たることはない。けれど剣を空ぶりながらも、エリザベートの目は確かに俺を見ていた。

「ぐっ」

 地表から黒い斬撃が沸き水のように飛び出す。予想していたために剣で防ぎつつ軌道を変えたが、逸らしきれずに肩を抉られた。痛みと共に視界に赤が映る。

「お兄様!!」

 オーロラちゃんの声が響くと同時、斬られた肩を温かさが包む。このわずかな時間で回復した魔力で治癒魔法をかけてくれたのだと分かり内心で感謝を述べたが。
 その余裕すら、次の瞬間にはなくなっていた。

「次、二」

 エリザベートの声を耳が拾う。離れた位置に立つ彼女は剣を二振り。一回振るうたびに、地面を黒い光が這うように走る。俺の方に、迫ってくる。だがその軌道は俺の方に向かうが、俺とは交わらない。俺の左右に分かれ時間差で走り抜ける。

 いったい何の攻撃だと思ったとき。

「っ」

 体が勝手に動き、振り返って剣を振るった。頭では反応が遅れても体は察知した。俺を通り過ぎた黒い線が後ろで急速に持ち上がり、背後から俺を襲うのを。

 一つの黒い刃を剣で撃ち落し、もう一つも叩きつけるように剣を振るって斬る。死角からの攻撃には驚いたが、それでも対応は出来たとほんの一瞬安堵するもすぐに追撃を警戒したとき。

「三」

 その必要がない事を知る。咄嗟に振り向けば、剣を片手にエリザベートが地面を蹴っていた。明確な殺意を感じて剣を構え、迎え撃とうとするも。
 駆けるエリザベートの正面から斜め前方、つまり俺側に黒い斬撃が闇のように吹き出し、漆黒の壁となってその体を隠す。突然の光景と音、そしてエリザベートを見失ったことで目を見開いた。

「!?」

 けれどその中で、確かに見た。噴き出した闇の中からエリザが剣を構えて飛び出すのを。繰り出されるのが突きだと見切り、それを正確に剣で防ぐ。速度を乗せ、噴き出した闇を剣に纏った一撃を防ぎきったのも束の間、二撃目が連続で繰り出される。

 けれど、その神速の二撃目すら防ぐ。ギリギリながら間に合った。けど。

「三、と言ったはずだ」

 その直後に再び俺の体を穿とうとするエリザベートの剣を見た。脳が体全体に何度も命令を発し、体がそれに反応して心臓を狙う一突きを防ぐ位置に剣を滑り込ませる。防御のタイミングは問題が無かった。体勢も崩れていなかったけれど、エリザベートの言ったことは三撃目があるという事ではなく、この攻撃の本体が三撃目という意味だった。

 それを、俺はこれまで感じたことのない力を体に受けて気づかされた。
 これは受け止めきれない。

 今までの人生で感じたことのない衝撃が体を突き抜け、視界が急速に切り替わる。その後すぐに感じたのは背中を圧迫し、息が出来なくなるほどの衝撃。そして何かで腕や足を擦る痛み。それらがすべて消えたのは、ひときわ大きな衝撃で体の浮遊感が消え、息を吐くだけで全身に痛みが走ったときだった。

「がっ!」

 内臓がダメージを受けているのか、少量ながら血が口から漏れた。咄嗟に体を確認するも、斬られたり穿たれた様子はない。けれど体全体が痛みに悲鳴を上げている。

 大丈夫だ。かなり痛むけど、まだ戦える。そう思ったとき。

「死」

 声が聞こえた。今までの法則上、次は四なのは明白だった。けれど聞こえた言葉は俺の頭の中で明確に「死」に変換された。そして気づく。恐ろしく膨大で濃密な魔力が、エリザベートから感じられることに。

 まるで怨念のように重く、暗く、どろどろとした魔力が、感じられる。体を曲げ、剣を持っていない左手で地面に手をついてなんとか立ち上がろうとするものの、それでも体が言うことを聞かない。ただ悲鳴を上げて、動けないと応答を返すのみ。

 遠くに居るエリザベートが何をしたのか、俺の目には見えなかった。けれど感じる。きっとあの魔力が俺に襲い掛かってくる。それもこれまでのような斬撃ではなく、きっと俺の体を消滅させる程の攻撃だという確信があった。

 なら防がなければならない。俺はここで命を落とすわけにはいかないのだから。

 ――動け、こんなところで止まるな

 脳から全身に命令。返ってくる応答は、不可能の三文字。

 ――お前がここで負ければすべて終わりだ。シアを、ユティさんを、オーロラちゃんを守るんだろう?

 再び命令。体を動かし、敵の攻撃を防げ。返ってくる応答は変わらない三文字のまま。

 ――未来を考えろ。明るい未来を、輝かしい未来を作るんだろ?

 自分を奮い立たせる言葉を、光景を何度も何度も頭に過ぎらせる。再び命令。動き、敵を倒せ。
 返答、不可能。体が答えを返す。

 精神的な問題で不可能なのではなく、身体的な問題で不可能だと。

 これまでの戦闘で俺の思考よりも先を行っていた体の諦めだった。それならばそれよりも遅れていた俺自身がなんとかできる筈がない。これで詰み。

「ふざ……けるなっ……」

 認められるはずがない。そんなことが、絶対に認められるものか。例え頭で無理だと分かっていようとも、これまで幾度の戦いで最適解を出してきた体が諦めようとも。

 俺だけは、無理だとは思えなかった。

「無理な……訳がっ……」

 これまでの人生で諦めたことは多くある。むしろシアに出会うまでは諦めてきたことしかなかった。けれどこれだけは、絶対に諦められない。

 この体が灰になって消える寸前まで、いや仮に自分が消えてしまったとしても諦めない。

「あるかっ!」

 叫び、迫りくる黒に目を向ける。全てを飲み込む闇。俺をこの世から消そうとする闇が、迫る。

「――」

 その向こうで、ユティさんを見た。遠くて見えない筈なのに、なぜか彼女の表情がよく見えた。迫りくる闇の轟音の中で、声を聞いた。

『負けないで』

 オーロラちゃんの姿を見た。今にも泣きそうで、でも決して俺から目を離さない彼女の強いまっすぐな視線を、鮮明に見た。そして唇が動き、間違いなく彼女の声を聞いた。

『負けないで』

 二つの声が頭に響き、そして。

『信じています。ノヴァさん。私の……私達の大切な人』

 二つの声は、三つになった。
 俺の体が闇に飲み込まれる。その中でも三人の声は全く消えることなく何度も響き渡っていて。

 そして闇の中で、眩いばかりの金色を確かに見た。
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