人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻

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番外編

苦悩する兄

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小さな頃は「にーた、にーた」と言ってよちよち着いてくるのが可愛くて仕方がなかった。

真ん丸で大きな菫色の瞳をキラキラ輝かせ花や虫を追いかける姿に癒された。

彼女は僕が守ってやらなければと強く思った。



三歳年下の妹、リリアンヌはいつも家族の中心だった。人を思いやれる性格で、困った人がいたら自分を投げうってでも助けようとするお人好し。
そんな妹が自慢で可愛かった。

小さな頃も美少女だったけど、年頃のリリアンヌは目を奪われるほど美しく成長した。

我が家は貴族とは名ばかりでほぼ平民だったから、平民の友達も多かった。数いる女の子の中でもリリアンヌは特別モテた。
美しい上に優しいのだから当たり前だ。
何時からだろう。リリアンヌに近寄る男たちに嫉妬しだしたのは。


兄妹なのだからこれは許されぬ想いだと、心に蓋をして数年。両親に呼ばれた僕はリリアンヌと僕が本当の兄妹ではないことを知った。

ある高位貴族の娘で双子であったから引き取ったと。僕とリリアンヌで結婚したらどうかと。
僕は歓喜した。リリアンヌが実妹でないことは勿論だが、結婚までできるなんて。
僕の人生で一番幸せだったのはきっとこの時だろう。



それから数年後、突然先触れもなくガードン公爵の使いがやってきた。嫌な予感がした僕は、応接室で話す両親と使者の言葉を扉越しに聞いた。

リリアンヌが妹のクロエと入れ替わる?
王太子の子を産む?
一体何を言っているんだ?

すぐにリリアンヌは両親に呼び出され事情を説明されたようだった。その時のリリアンヌの顔色は真っ青で、何を問いかけても返答がなかった。


数日経った時、また公爵家からの使者が来た。
今度は僕も同席させられ、聞かされた話しに絶句した。

「受け入れていただけない場合は命の保証はできかねます」

今まで放っておいた娘を今更なんだと叫びたくなるのをぐっと堪え、どうにか逃げる算段を立てるつもりだった。
しかし、リリアンヌはその場で「わかった」と了承してしまった。

なぜ。

次の日には公爵家から派遣された使用人たちがやってきた。僕たちを敬ってはいるけど、ただの監視だろう。
そしてリリアンヌも王宮へと旅立ってしまった。

両親は毎日泣いていた。
僕にもっと力があれば彼女も両親も守ってやることができたのにーー

今でも王宮へ向かう時のリリアンヌの顔が忘れられない。


リリアンヌと入れ替わりで我が家に来たのはクロエという女性だった。確かに見た目はよく似ている。
しかし笑いもしない、口も聞かない。僕たちを汚いものでも見るような目で見てくる彼女は、ただの似た女でしたなかった。

結局クロエは数日で部屋から出てくることがなくなった。
食事も運んでやらなければ食べない。
一人だけ連れてきた侍女もクロエから離れようとしないので、仕方なく毎日僕が運んだ。
そんなある日、クロエが口を開いた。

「わたくし・・・いつ王宮に戻れるのかしら・・・」
「え・・・?」
「知らなかったの?今回のことは一時的に、なのよ。ヴァーデン様はわたくしを愛しているわ。子が二人も産まれればまた入れ替わることになるでしょう」
「じゃあ・・・リリアンヌはまたここに戻ってくるのか?」
「えぇそうよ。ヴァーデン様は必ず迎えに行くと言っていたもの」

その言葉に僕は縋った。
子供を二人産みさえすればリリアンヌは帰ってくる。
早く、早くその時が来てほしい。
戻ってきたら求婚して、辛かったであろうリリアンヌを慰めてあげたいと。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


あれから四年。いまだにその時は訪れていない。
リリアンヌは三人目を出産し、近々その子供のお披露目があるという。

風の噂でガードン公爵は亡くなったと聞いた。

子供も産み、脅してきた公爵はもういないのになぜリリアンヌは戻ってこないのか。
ここ二年ほどでクロエもげっそりと窶れ、目の焦点が合っていない。派遣された使用人と相談し、離れを作りそこに住まわせているがいつ発狂するかわからない状態だ。

そんな時一通の封書が届いた。
赤い封に黄色の獅子の蝋封ーー王家からの手紙だ。
震える手で開封し、読み進める。
リリアンヌのことは書いていなかった。ただ、お披露目に来いとだけ書いてあった。

両親は高齢で王都まで行くのは骨が折れるだろうから、家を代表して僕が行くことになった。

王宮はとても立派で圧倒されたが、ここにリリアンヌが囚われていると思うと不快だった。

たくさんの貴族に囲まれ第三王子の登場を待っていると、国王陛下と王妃殿下が先に入場してきた。一斉に皆が頭を下げる。許しを得、頭を上げるとそこには子供を抱いたリリアンヌがいた。

国王陛下が何か喋っていたが、僕の耳には全く入ってこなかった。

リリアンヌは我が子を幸せそうに抱き、横にいる忌々しい奴ーー王太子殿下は蕩ける瞳でそのリリアンヌを見つめている。

王太子殿下が愛しているのはクロエじゃない。
直感で思った。

殿下はリリアンヌの腰に手をやり抱き寄せ、何か耳元で囁いた。するとリリアンヌの頬が朱に染った。その反応に殿下は嬉しそうな顔で笑顔を見せた。
二人はどう見ても幸せそうな夫婦にしか見えなかった。

リリアンヌも・・・殿下を愛しているのか?
だから帰ってこないのか?

その後どう過ごしたのか記憶にない。



家に帰り殿下のことをクロエに聞かれたが、言えることは何もなかった。「幸せそうだった」なんて、僕だって認めたくないんだ。



それから暫く僕は塞ぎ込んだ。
今まで心の支えにしていたものが、あの日音を立てて崩れてしまったから。

そんな僕を気遣い、心配そうにしてくれる人がいた。
五年ほど前に近くに引っ越してきた平民のアリア。明るくて屈託なく笑ういい子だ。
四年前に一度告白されたが、あの時はリリアンヌのことでそれどころではないと断った。それに僕の心にはリリアンヌがいたから。

それでも何かできればといつも僕を気にしてくれていたアリア。

「アリア・・・なぜ君はそこまで・・・?」

想いを返してくれないのに優しくするのは・・・待つのは辛いだろう?

「だって・・・私貴方が好きだから・・・しつこくてごめんなさい。貴方には忘れられない人がいるってわかってるし。でも・・・好きでいさせてもらってもいい・・・?」

なぜか僕は涙が出た。
アリアは僕だ。
報われなくて辛い。
だけどこの想いを捨てることがどうしてもできないんだ。


・・・・・・リリアンヌは幸せそうだった。
リリアンヌも「絶対幸せになって」と言っていた。
もう、いいんじゃないか?この想いを解放してあげたい。


僕はアリアをぎゅっと抱きしめた。

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