5 / 315
第5話 お茶にしよう
しおりを挟む
ちょっぴり不服そうな私に気付いたらしい殿下――あるいは自分の姿が無様だと考えたのかもしれない――は、また誤魔化すように咳払いをした。
「こちらだ」
先ほど殿下が示した場所で、特に何の異質さも無いただの窓とカーテンしか私には見えない。
「少し手を伸ばしてもらえるか」
「はい」
私は何も無い空間にもかかわらず、背後からの指示通りに素直に応えてみせるのだが、殿下はと言うと少し遠巻きに指さしている。
何だか自分だけは危険物かまたは汚物から遠ざかろうとしている姿のように見えて、私としてはもちろん不愉快極まりないのである。
「いや。もう少し下。違う。少し左にずれた。違う。行き過ぎだ」
もう! 指示だけはいちいち細かいのよね!
「そう、そ――っ!」
散々文句をつけていた殿下が、突如言葉を詰まらせたことに不信感を抱いた私は振り返った。
するとなぜか眩しそうに目を細め、食い入るように見つめている殿下の姿が目に入る。
え? 何か起こっているの!?
私は慌てて視線を戻すが、そこは相変わらず何も無い空間が広がるのみ。振り返っている間に何かが終わってしまったのかとがっかりする。仕方なく私は殿下の様子を伺うと、視線に気付いた殿下がこちらを見た。
「君も今のを見たか!? いや、凄いな君は。ああ、でもやっぱり私が推測していた通りだった。これならいける。君もそう思うだろ!?」
興奮した様子で私に何やら尋ねてくるが。
「……ちょっと何言っているか分かりません」
殿下が落ち着いたところで、あらためてソファーで向かい合う。まだ私に取り憑いた獣とやらが殿下に狙いを定めているのか、相変わらず殿下の視線は少し斜め横だが。
「先ほどは取り乱して失礼した」
「いえ。ただ、状況がさっぱり見えませんので、ご説明いただけるとありがたいのですが」
「そうだな。その前にお茶を用意させよう」
お茶などよいのだが……。
と思いつつ次々と運ばれる物を見て、私の目は爛々と輝いた。
芳醇な香りが漂うお茶もさることながら、テーブルに並べられたのは可愛らしく、種類豊富で美味しそうな茶菓子の数々。
「女性なら茶菓子が好きかと思って用意させた。遠慮せ――」
「ありがとうございます! 頂きます!」
殿下が最後まで言い切る前に私の手は既に茶菓子の一つを口に入れていた。
――びっ! 美味でございまーす!
サクサクした食感なのに、じゅわりとコクと甘味が口の中に広がる。最高です!
さっきまでの不機嫌さを瞬く間に消して、満足げな表情を浮かべる私に殿下は呆気に取られつつ、小さく笑った。
「お茶をしながらでいいから聞いてほしい」
私は頷きつつ、二つ目のお菓子を口に入れた。
やばい。何この美味しさ。持って帰りたい。帰り、包んでくれないかしら。後で頼んでみよう。
「先ほども話した通り、私は幼少期から人ならざるものが見えるんだ。見える分には体に支障を来さないが、取り憑かれると体に異変を起こす。できるだけ人ならざるもの、以後、影と呼ぶ、その影に近付かないようにはしているが、私はどうにも引き寄せ体質らしく、他の人に憑いていた影が私に取り憑いたりするんだ」
影がいる場所には近付かないようにすればいいけれど、影が取り憑いた人が近寄ってきた場合、立場上、邪険に追い払うわけにもいかないのだろう。
私は頷きながらお皿へと手を伸ばした。
「取り憑く影の数や強さによって違うが、疲れやすくなったり、起き上がれないほど体調を崩したり、影の精神に引きずられて情緒不安定になったりすることもある。その度に呪術師に祓ってもらっていて、それは今も続いている状態だ」
大変そうな生活だこと。お気の毒様です。
私はまた別のお菓子を口に運ぶ。
「しかし呪術師による影祓いは時間も手間もかかるため、肉体的にも精神的にも消耗が激しい上、祓ってもらった後でもすっきりとはいかず、後遺症が残る。それに最近は人と接する機会が多くなったせいもあって、幼少期と比べてますます憑かれることが増えてきた」
殿下は御年十九歳にもなるという割に婚約者がいるという話を聞かない。周りの貴族は自分の娘を売り込むことに躍起になっているのだろう。私には見えないけれど、野心家の人間には殿下が言う影が好んで取り憑きそうだ。そんな人たちに囲まれての生活となれば、影関係なく、精神的に辛いかもしれない。
私はふむふむと頷きながら、また菓子に手を伸ばす。
「かと言って、頻繁に呪術師を招き入れて良からぬ噂を立てられ、王家への不信感を抱かせるわけにもいかない。それに私の弱みにつけ込んでくる輩が現れないとも限らない。王家の威厳を保つためにもどこかの貴族に必要以上に肩入れしてもいけないし、隙を見せてもいけない」
貴族は敵に回してもいけないし、味方として信頼しすぎてもいけない。ここ、試験に出ますよ!
私はティーカップを手に取り、こくんと一口お茶で喉を潤す。
「これまでは何とか隠し通してきたんだが、こう頻繁に増えると」
殿下はため息と共に付け加えた。
王家の人間として産まれた者は恵まれた環境で人生を始め、何一つ苦労することなく、華やかな人生のまま終わるのだろうと勝手に思っていた。
殿下の場合は特殊なんだろうけれども、王家は王家で悩み所があって、思いの外大変なんだなと、私はまた口に放り込んだ菓子の甘さに頬を緩ませた。
「こちらだ」
先ほど殿下が示した場所で、特に何の異質さも無いただの窓とカーテンしか私には見えない。
「少し手を伸ばしてもらえるか」
「はい」
私は何も無い空間にもかかわらず、背後からの指示通りに素直に応えてみせるのだが、殿下はと言うと少し遠巻きに指さしている。
何だか自分だけは危険物かまたは汚物から遠ざかろうとしている姿のように見えて、私としてはもちろん不愉快極まりないのである。
「いや。もう少し下。違う。少し左にずれた。違う。行き過ぎだ」
もう! 指示だけはいちいち細かいのよね!
「そう、そ――っ!」
散々文句をつけていた殿下が、突如言葉を詰まらせたことに不信感を抱いた私は振り返った。
するとなぜか眩しそうに目を細め、食い入るように見つめている殿下の姿が目に入る。
え? 何か起こっているの!?
私は慌てて視線を戻すが、そこは相変わらず何も無い空間が広がるのみ。振り返っている間に何かが終わってしまったのかとがっかりする。仕方なく私は殿下の様子を伺うと、視線に気付いた殿下がこちらを見た。
「君も今のを見たか!? いや、凄いな君は。ああ、でもやっぱり私が推測していた通りだった。これならいける。君もそう思うだろ!?」
興奮した様子で私に何やら尋ねてくるが。
「……ちょっと何言っているか分かりません」
殿下が落ち着いたところで、あらためてソファーで向かい合う。まだ私に取り憑いた獣とやらが殿下に狙いを定めているのか、相変わらず殿下の視線は少し斜め横だが。
「先ほどは取り乱して失礼した」
「いえ。ただ、状況がさっぱり見えませんので、ご説明いただけるとありがたいのですが」
「そうだな。その前にお茶を用意させよう」
お茶などよいのだが……。
と思いつつ次々と運ばれる物を見て、私の目は爛々と輝いた。
芳醇な香りが漂うお茶もさることながら、テーブルに並べられたのは可愛らしく、種類豊富で美味しそうな茶菓子の数々。
「女性なら茶菓子が好きかと思って用意させた。遠慮せ――」
「ありがとうございます! 頂きます!」
殿下が最後まで言い切る前に私の手は既に茶菓子の一つを口に入れていた。
――びっ! 美味でございまーす!
サクサクした食感なのに、じゅわりとコクと甘味が口の中に広がる。最高です!
さっきまでの不機嫌さを瞬く間に消して、満足げな表情を浮かべる私に殿下は呆気に取られつつ、小さく笑った。
「お茶をしながらでいいから聞いてほしい」
私は頷きつつ、二つ目のお菓子を口に入れた。
やばい。何この美味しさ。持って帰りたい。帰り、包んでくれないかしら。後で頼んでみよう。
「先ほども話した通り、私は幼少期から人ならざるものが見えるんだ。見える分には体に支障を来さないが、取り憑かれると体に異変を起こす。できるだけ人ならざるもの、以後、影と呼ぶ、その影に近付かないようにはしているが、私はどうにも引き寄せ体質らしく、他の人に憑いていた影が私に取り憑いたりするんだ」
影がいる場所には近付かないようにすればいいけれど、影が取り憑いた人が近寄ってきた場合、立場上、邪険に追い払うわけにもいかないのだろう。
私は頷きながらお皿へと手を伸ばした。
「取り憑く影の数や強さによって違うが、疲れやすくなったり、起き上がれないほど体調を崩したり、影の精神に引きずられて情緒不安定になったりすることもある。その度に呪術師に祓ってもらっていて、それは今も続いている状態だ」
大変そうな生活だこと。お気の毒様です。
私はまた別のお菓子を口に運ぶ。
「しかし呪術師による影祓いは時間も手間もかかるため、肉体的にも精神的にも消耗が激しい上、祓ってもらった後でもすっきりとはいかず、後遺症が残る。それに最近は人と接する機会が多くなったせいもあって、幼少期と比べてますます憑かれることが増えてきた」
殿下は御年十九歳にもなるという割に婚約者がいるという話を聞かない。周りの貴族は自分の娘を売り込むことに躍起になっているのだろう。私には見えないけれど、野心家の人間には殿下が言う影が好んで取り憑きそうだ。そんな人たちに囲まれての生活となれば、影関係なく、精神的に辛いかもしれない。
私はふむふむと頷きながら、また菓子に手を伸ばす。
「かと言って、頻繁に呪術師を招き入れて良からぬ噂を立てられ、王家への不信感を抱かせるわけにもいかない。それに私の弱みにつけ込んでくる輩が現れないとも限らない。王家の威厳を保つためにもどこかの貴族に必要以上に肩入れしてもいけないし、隙を見せてもいけない」
貴族は敵に回してもいけないし、味方として信頼しすぎてもいけない。ここ、試験に出ますよ!
私はティーカップを手に取り、こくんと一口お茶で喉を潤す。
「これまでは何とか隠し通してきたんだが、こう頻繁に増えると」
殿下はため息と共に付け加えた。
王家の人間として産まれた者は恵まれた環境で人生を始め、何一つ苦労することなく、華やかな人生のまま終わるのだろうと勝手に思っていた。
殿下の場合は特殊なんだろうけれども、王家は王家で悩み所があって、思いの外大変なんだなと、私はまた口に放り込んだ菓子の甘さに頬を緩ませた。
59
あなたにおすすめの小説
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる