つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
6 / 315

第6話 実験してみた

しおりを挟む
「ロザンヌ嬢、私の話、聞いているかな?」
「あ! は、はい! もちろん美味しく頂いております! ――い、いえ。大丈夫です。ちゃんとこの耳でしっかりと聞き流しておりましたから、お話を続けてください」

 不意に話を振られて私は全力で頷くと、殿下はしっかりと聞き流しねと苦笑した。

「本当に大丈夫なのか。……まあ、いい。話を続ける。さっき君に窓際に立って手を伸ばしてもらったことについてだ」

 そうそう。殿下には何かが見えていたらしいけれど、私には何も見えなかったから状況がさっぱりなのでした。

「昨日、君の獣が私に近付いてこようとしたから手で振り払ったが、その勢いで君に少し触れてしまった。その後、私は気分が悪いと言って失礼したが」
「そうですね。殿下が一人去った後、殿下に拒絶された女として、皆から好奇の目で眺められましたから、しかと。しかと覚えております」

 今になってふつふつと静かな怒りが再燃してきて、私は口元だけほほほと笑った。

「ああ。……それは申し訳がなかった」

 頭が痛そうに表情を歪め、額を押さえて謝罪する殿下だけれども、私の方が頭を抱えたかったです!

「初めての社交界でしたのに。これでもらい手が無くなったら殿下のせいですからね」
「悪かった」
「謝罪だけでは済みませんよ」

 この国の第一王子だからって、謝って許されると思うなー。女の恨み妬みは怖いんだぞ!

「分かった分かった。何らかのフォローは入れる」
「本当ですか? 絶対ですよ!」
「ああ。フォンテーヌの名に誓って約束する。約束するから話を続けてもいいか?」

 私は腕を組んで仕方なさそうにため息をついた。

「どうぞ」
「ありがとう。それで失礼したわけだが、あの日、そもそも私には前日から一体の影が憑いていて体が重だるかったんだ」

 確かに無理な笑顔を貼り付けているなとは思っていた。体調が万全でない時に社交界は大変だっただろうと、少しくらいは労ってみようか。ほんの少しくらいはね。

「ところが君に触れた瞬間、その影がなぜか消失したんだ。正確にはあの場を立ち去って、一人になった後に気付いたわけだが。本来なら影に触れた後はさらに取り憑かれて体調が悪化するのにもかかわらず、昨日は違った。さらに取り憑かれるどころか、私に憑いていた影すらいなくなった。呪術師の影祓いとは違い、後遺症も無くて体が軽やかだった」
「そうですか。良かったですね」

 さっきは無言でお菓子にがっついていたので、少し反省して合いの手を入れてみたのに、なぜか殿下は呆れ顔だ。

「いや。確かに良かったんだが、そうではなくて、なぜ消失したかということを言及したく」

 ふむ。なるほどなるほど。
 心の中で相槌を打ち、私はまた無意識にお皿の上のお菓子に手を伸ばしたところ、不意に男性らしい骨張った大きな手が重ねられた。

 え!?
 驚いて顔を上げると同時に、殿下は一気に手を引き、気だるそうにソファーにもたれかかった。

「で、殿下!? お顔の色が! だ、誰か誰か呼びます!」
「……大丈夫だ。事を大きくするな。少し目眩がしただけで、すぐに良くなる」

 慌てて立ち上がった私に殿下が牽制する。

 殿下としての立場もあるので、私が勝手に判断していいことではない。でも……。
 そう逡巡していると殿下が目を伏せてニ、三回呼吸を整えると、言葉通り、体調は元に戻ったようだった。目を開けると、未だ立ちっぱなしで動揺している私に対して気遣うように微笑した。

「悪い。驚かせたな。もう大丈夫だから座ってくれ」
「は、はい」

 私が座ったところを見計らって殿下は口を開く。視線は右横だが。

「今の試みで分かった事がある」
「試みって」

 わざと試したのですかと続けようとする私の言葉を殿下は手の平で遮ったので、大人しく聞くことにする。

「まずは昨日と窓際での事から考えるに、君の獣は影を消失させる力があるということ。人に憑いている影のみならず、部屋にいた影も跡形もなく一掃させ、淀んでいた部屋の空気も清浄になった」
「はい」

 あるのかないのか私には分からないけれど、とりあえず頷いた。

「次に君の獣は私には憑かないということだ。ただし、君に触れると今のように体調を崩すのは普通の影と一緒ということ。そしてそんな力がある獣なのに君は一切その影響を受けていないということだ」
「よく分からないのですが、わたくしが影を認知できないからではないでしょうか」
「いや。影に憑かれている人間は気付いていなくても、その影響を少なからず受けているものだ」

 影に憑かれている人間は体調不良だったり、感情の起伏が激しかったりするそうだ。酷いと気狂いになって廃人になったりすることもあるとか。

「一体、君は何者なんだ?」

 殿下は視線を私へと真っ直ぐに向けてきた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】髪は女の命と言いますが、それよりも大事なものがある〜年下天才魔法使いの愛には応えられません〜

大森 樹
恋愛
髪は女の命。しかし、レベッカの髪は切ったら二度と伸びない。 みんなには秘密だが、レベッカの髪には魔法が宿っている。長い髪を切って、昔助けた男の子レオンが天才魔法使いとなって目の前に現れた。 「あなたを愛しています!絶対に絶対に幸せにするので、俺と結婚してください!よろしくお願いします!!」 婚約破棄されてから、一人で生きていくために真面目に魔法省の事務員として働いていたレベッカ。天才魔法使いとして入団してきた新人レオンに急に告白されるが、それを拒否する。しかし彼は全く諦める気配はない。 「レベッカさん!レベッカさん!」とまとわりつくレオンを迷惑に思いながらも、ストレートに愛を伝えてくる彼に次第に心惹かれていく…….。しかし、レベッカはレオンの気持ちに答えられないある理由があった。 年上訳あり真面目ヒロイン×年下可愛い系一途なヒーローの年の差ラブストーリーです。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

処理中です...