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第5話 お茶にしよう
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ちょっぴり不服そうな私に気付いたらしい殿下――あるいは自分の姿が無様だと考えたのかもしれない――は、また誤魔化すように咳払いをした。
「こちらだ」
先ほど殿下が示した場所で、特に何の異質さも無いただの窓とカーテンしか私には見えない。
「少し手を伸ばしてもらえるか」
「はい」
私は何も無い空間にもかかわらず、背後からの指示通りに素直に応えてみせるのだが、殿下はと言うと少し遠巻きに指さしている。
何だか自分だけは危険物かまたは汚物から遠ざかろうとしている姿のように見えて、私としてはもちろん不愉快極まりないのである。
「いや。もう少し下。違う。少し左にずれた。違う。行き過ぎだ」
もう! 指示だけはいちいち細かいのよね!
「そう、そ――っ!」
散々文句をつけていた殿下が、突如言葉を詰まらせたことに不信感を抱いた私は振り返った。
するとなぜか眩しそうに目を細め、食い入るように見つめている殿下の姿が目に入る。
え? 何か起こっているの!?
私は慌てて視線を戻すが、そこは相変わらず何も無い空間が広がるのみ。振り返っている間に何かが終わってしまったのかとがっかりする。仕方なく私は殿下の様子を伺うと、視線に気付いた殿下がこちらを見た。
「君も今のを見たか!? いや、凄いな君は。ああ、でもやっぱり私が推測していた通りだった。これならいける。君もそう思うだろ!?」
興奮した様子で私に何やら尋ねてくるが。
「……ちょっと何言っているか分かりません」
殿下が落ち着いたところで、あらためてソファーで向かい合う。まだ私に取り憑いた獣とやらが殿下に狙いを定めているのか、相変わらず殿下の視線は少し斜め横だが。
「先ほどは取り乱して失礼した」
「いえ。ただ、状況がさっぱり見えませんので、ご説明いただけるとありがたいのですが」
「そうだな。その前にお茶を用意させよう」
お茶などよいのだが……。
と思いつつ次々と運ばれる物を見て、私の目は爛々と輝いた。
芳醇な香りが漂うお茶もさることながら、テーブルに並べられたのは可愛らしく、種類豊富で美味しそうな茶菓子の数々。
「女性なら茶菓子が好きかと思って用意させた。遠慮せ――」
「ありがとうございます! 頂きます!」
殿下が最後まで言い切る前に私の手は既に茶菓子の一つを口に入れていた。
――びっ! 美味でございまーす!
サクサクした食感なのに、じゅわりとコクと甘味が口の中に広がる。最高です!
さっきまでの不機嫌さを瞬く間に消して、満足げな表情を浮かべる私に殿下は呆気に取られつつ、小さく笑った。
「お茶をしながらでいいから聞いてほしい」
私は頷きつつ、二つ目のお菓子を口に入れた。
やばい。何この美味しさ。持って帰りたい。帰り、包んでくれないかしら。後で頼んでみよう。
「先ほども話した通り、私は幼少期から人ならざるものが見えるんだ。見える分には体に支障を来さないが、取り憑かれると体に異変を起こす。できるだけ人ならざるもの、以後、影と呼ぶ、その影に近付かないようにはしているが、私はどうにも引き寄せ体質らしく、他の人に憑いていた影が私に取り憑いたりするんだ」
影がいる場所には近付かないようにすればいいけれど、影が取り憑いた人が近寄ってきた場合、立場上、邪険に追い払うわけにもいかないのだろう。
私は頷きながらお皿へと手を伸ばした。
「取り憑く影の数や強さによって違うが、疲れやすくなったり、起き上がれないほど体調を崩したり、影の精神に引きずられて情緒不安定になったりすることもある。その度に呪術師に祓ってもらっていて、それは今も続いている状態だ」
大変そうな生活だこと。お気の毒様です。
私はまた別のお菓子を口に運ぶ。
「しかし呪術師による影祓いは時間も手間もかかるため、肉体的にも精神的にも消耗が激しい上、祓ってもらった後でもすっきりとはいかず、後遺症が残る。それに最近は人と接する機会が多くなったせいもあって、幼少期と比べてますます憑かれることが増えてきた」
殿下は御年十九歳にもなるという割に婚約者がいるという話を聞かない。周りの貴族は自分の娘を売り込むことに躍起になっているのだろう。私には見えないけれど、野心家の人間には殿下が言う影が好んで取り憑きそうだ。そんな人たちに囲まれての生活となれば、影関係なく、精神的に辛いかもしれない。
私はふむふむと頷きながら、また菓子に手を伸ばす。
「かと言って、頻繁に呪術師を招き入れて良からぬ噂を立てられ、王家への不信感を抱かせるわけにもいかない。それに私の弱みにつけ込んでくる輩が現れないとも限らない。王家の威厳を保つためにもどこかの貴族に必要以上に肩入れしてもいけないし、隙を見せてもいけない」
貴族は敵に回してもいけないし、味方として信頼しすぎてもいけない。ここ、試験に出ますよ!
私はティーカップを手に取り、こくんと一口お茶で喉を潤す。
「これまでは何とか隠し通してきたんだが、こう頻繁に増えると」
殿下はため息と共に付け加えた。
王家の人間として産まれた者は恵まれた環境で人生を始め、何一つ苦労することなく、華やかな人生のまま終わるのだろうと勝手に思っていた。
殿下の場合は特殊なんだろうけれども、王家は王家で悩み所があって、思いの外大変なんだなと、私はまた口に放り込んだ菓子の甘さに頬を緩ませた。
「こちらだ」
先ほど殿下が示した場所で、特に何の異質さも無いただの窓とカーテンしか私には見えない。
「少し手を伸ばしてもらえるか」
「はい」
私は何も無い空間にもかかわらず、背後からの指示通りに素直に応えてみせるのだが、殿下はと言うと少し遠巻きに指さしている。
何だか自分だけは危険物かまたは汚物から遠ざかろうとしている姿のように見えて、私としてはもちろん不愉快極まりないのである。
「いや。もう少し下。違う。少し左にずれた。違う。行き過ぎだ」
もう! 指示だけはいちいち細かいのよね!
「そう、そ――っ!」
散々文句をつけていた殿下が、突如言葉を詰まらせたことに不信感を抱いた私は振り返った。
するとなぜか眩しそうに目を細め、食い入るように見つめている殿下の姿が目に入る。
え? 何か起こっているの!?
私は慌てて視線を戻すが、そこは相変わらず何も無い空間が広がるのみ。振り返っている間に何かが終わってしまったのかとがっかりする。仕方なく私は殿下の様子を伺うと、視線に気付いた殿下がこちらを見た。
「君も今のを見たか!? いや、凄いな君は。ああ、でもやっぱり私が推測していた通りだった。これならいける。君もそう思うだろ!?」
興奮した様子で私に何やら尋ねてくるが。
「……ちょっと何言っているか分かりません」
殿下が落ち着いたところで、あらためてソファーで向かい合う。まだ私に取り憑いた獣とやらが殿下に狙いを定めているのか、相変わらず殿下の視線は少し斜め横だが。
「先ほどは取り乱して失礼した」
「いえ。ただ、状況がさっぱり見えませんので、ご説明いただけるとありがたいのですが」
「そうだな。その前にお茶を用意させよう」
お茶などよいのだが……。
と思いつつ次々と運ばれる物を見て、私の目は爛々と輝いた。
芳醇な香りが漂うお茶もさることながら、テーブルに並べられたのは可愛らしく、種類豊富で美味しそうな茶菓子の数々。
「女性なら茶菓子が好きかと思って用意させた。遠慮せ――」
「ありがとうございます! 頂きます!」
殿下が最後まで言い切る前に私の手は既に茶菓子の一つを口に入れていた。
――びっ! 美味でございまーす!
サクサクした食感なのに、じゅわりとコクと甘味が口の中に広がる。最高です!
さっきまでの不機嫌さを瞬く間に消して、満足げな表情を浮かべる私に殿下は呆気に取られつつ、小さく笑った。
「お茶をしながらでいいから聞いてほしい」
私は頷きつつ、二つ目のお菓子を口に入れた。
やばい。何この美味しさ。持って帰りたい。帰り、包んでくれないかしら。後で頼んでみよう。
「先ほども話した通り、私は幼少期から人ならざるものが見えるんだ。見える分には体に支障を来さないが、取り憑かれると体に異変を起こす。できるだけ人ならざるもの、以後、影と呼ぶ、その影に近付かないようにはしているが、私はどうにも引き寄せ体質らしく、他の人に憑いていた影が私に取り憑いたりするんだ」
影がいる場所には近付かないようにすればいいけれど、影が取り憑いた人が近寄ってきた場合、立場上、邪険に追い払うわけにもいかないのだろう。
私は頷きながらお皿へと手を伸ばした。
「取り憑く影の数や強さによって違うが、疲れやすくなったり、起き上がれないほど体調を崩したり、影の精神に引きずられて情緒不安定になったりすることもある。その度に呪術師に祓ってもらっていて、それは今も続いている状態だ」
大変そうな生活だこと。お気の毒様です。
私はまた別のお菓子を口に運ぶ。
「しかし呪術師による影祓いは時間も手間もかかるため、肉体的にも精神的にも消耗が激しい上、祓ってもらった後でもすっきりとはいかず、後遺症が残る。それに最近は人と接する機会が多くなったせいもあって、幼少期と比べてますます憑かれることが増えてきた」
殿下は御年十九歳にもなるという割に婚約者がいるという話を聞かない。周りの貴族は自分の娘を売り込むことに躍起になっているのだろう。私には見えないけれど、野心家の人間には殿下が言う影が好んで取り憑きそうだ。そんな人たちに囲まれての生活となれば、影関係なく、精神的に辛いかもしれない。
私はふむふむと頷きながら、また菓子に手を伸ばす。
「かと言って、頻繁に呪術師を招き入れて良からぬ噂を立てられ、王家への不信感を抱かせるわけにもいかない。それに私の弱みにつけ込んでくる輩が現れないとも限らない。王家の威厳を保つためにもどこかの貴族に必要以上に肩入れしてもいけないし、隙を見せてもいけない」
貴族は敵に回してもいけないし、味方として信頼しすぎてもいけない。ここ、試験に出ますよ!
私はティーカップを手に取り、こくんと一口お茶で喉を潤す。
「これまでは何とか隠し通してきたんだが、こう頻繁に増えると」
殿下はため息と共に付け加えた。
王家の人間として産まれた者は恵まれた環境で人生を始め、何一つ苦労することなく、華やかな人生のまま終わるのだろうと勝手に思っていた。
殿下の場合は特殊なんだろうけれども、王家は王家で悩み所があって、思いの外大変なんだなと、私はまた口に放り込んだ菓子の甘さに頬を緩ませた。
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