つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第18話 私の獣はネロ

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 熱くて大きな手で握りしめられて咄嗟に手を引こうしたが、相手は殿下。それに私には見えないのだから、殿下のタイミングに任せるのが一番でしょう。
 そう思い直して私は張っていた肩の力を抜いた。

 殿下は私の手を取ったまま目を伏せている。
 どれくらいで消えるのだろうと思っていたが、一瞬びくりと震えると想像以上に早く手を離された。そして殿下はため息一つついてソファーに身を任せた。
 もう終わったのだろうか。

「殿下? 影はもう消えたのでしょうか」
「ああ。ありがとう。おかげさまで三体とも消えたよ。身体が軽くなった。でもタイミングを少し失敗した。消えた後にも君に触れていたから、君の影に影響を受けた」
「……そうですか。ともかく消えたみたいで良かったです」

 何というか。もっと、こう影がぐわぁぁっと断末魔を上げる(語彙力)とか、さあぁぁっと光が辺り一面に満たされて(語彙力)影が消去するような演出はないものかな。私としてはただ手を握られただけで、お掃除完了という実感が全くないのだけれど。
 まあ、影が見えたら見えたで怖そうだし、殿下だけが分かっていればいいとも言える。

 とりあえず任務を終えた私は立ち上がり、元にいた殿下の向かいのソファーへと戻る。
 すると身を起こした殿下と座った私の目が丁度ぶつかった。

「やっぱり君の獣は凄い力だな。すぐに動ける」
「そうですか」

 君の獣、君の獣って。もうそれは決定事項なのですね。ならば、いっそうのこと名前をつけてしまおうか。

「私の影は、黒い動物の影でしたよね」
「ああ」
「では、ネロにいたします」

 ふと思いついた名前を口にした。

「え?」
「ネロです、ネロ。この辺りにいる私の獣の名前はネロにいたします。これからお世話になるわけですから名前ぐらいつけてあげなきゃ」

 君の獣、などと言うと人が聞いたら何事かと思われてしまうし、名前がある方が何かと便利だろう。
 私は肩の辺りの何もない空間に手をやって、さっさと動かす。すると殿下は目を見開いた。

「どうかされましたか」
「驚いたな。まるで喜んでいるようだ。君の手に顔をすり寄せ、長い尻尾を緩やかに振って腕に絡ませている。こうして見ると黒猫のようだな」
「え……」

 それってまるで本当に懐いた動物の行動みたいね。ふさふさ感が感じられないのが残念だけれど。

「そう言えば影を掃除した後のネロの様子はいかがですか? 先日は大きくなったように見えたとおっしゃっていましたが」
「ああ。やはり大きくなったように見える。ただ、懐くような仕草を取っているところを見ると、君に危害を加えるようには思えないな。でもまだ何も分からないから、これからも経過は見ていこう」
「はい。お願いいたします」

 私は何気なく殿下の机の上の書類に視線をやる。

「お仕事、大変そうですね」
「ああ。仕事が立て込んでいて、君のことが遅れて申し訳ない」

 まだ私が恨み節を言っていると思ったのか、殿下はまた謝罪する。
 わたくしとて、殿下がお忙しい御身だということは多少は分かっているし、そこまで心が狭いわけではない。……はず。

「君のことは一日も早く段取りをつけたかったのだが、情けないことに一度寝込んでしまった」
「え!? もしかして影のせいですか?」
「ああ。君に今日祓ってもらう前に、大きなエネルギーを持った影に取り憑かれたんだ。君を再び呼んでもらおうとも考えたが、手順を踏まないわけにもいかなかったし、仕方がなく急遽呪術師を呼んでもらった。その人物は代々王室付きの呪術師で、後々分かってくるから言うが、それなりの爵位も持っている貴族だ」

 おかげで時間も体力も余計に削られたと殿下は疲労の見える顔で言った。

「その後、また三体取り憑いてしまったのですか?」
「ああ。元々その影祓いした後はひどく身体と精神が消耗するから、取り憑かれやすい状態になっている。その結果三体取り憑いてしまったが、個々のエネルギーが弱いと動くには動ける」

 いわゆる病み上がりにまた違う病気にかかるようなものかな。それは大変だな。

「……何というか、悪循環なのですね」
「そうだな。でも君のおかげでそういう事が無くなりそうだ。これからよろしく頼む」
「はい。承知いたしました」

 笑顔で頼られて気分はそう悪くない。私はお澄まし顔で応えた。
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