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第32話 ベールは身を守るためのもの
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「この部屋の構造についてだが、私のデスクの横にある左の扉は警備官長室だ、右の扉が副官長室だ」
殿下は視線を左右に流した。
なるほど。執務室はジェラルドさんがいらっしゃる官長室と副官長室に挟まれているのね。何かあった時にすぐ駆けつけられるからだろうか。
「君のデスクのすぐ横にある扉は給仕室に続く部屋だ」
「給仕室ですか。では、わたくしはそちらに待機でもよろしいのですが」
むしろそちらで待機していたい。たとえどんなに狭い部屋であったとしてもだ。
「先ほども言ったが、来客の顔を見ておいてもらいたいからな。ここにいてくれ。憑かれたらすぐに対応できるしな」
そう言えばそうでした。
「はい。かしこまりました」
「それと」
殿下は一度言葉を切って表情を真剣なものにした。場の仕切り直しのようだ。
「君に厳守してもらいたいことがある。まず、ここでの会話は一切外に漏らさないこと」
「はい。もちろんです」
万が一漏らしたらどうなるか、それぐらいの事が分からないほど愚かでも子供でもない。
「それともう一つ。君を知る人物、クロエやジェラルドを始め、警備官員以外の来客の際には基本、口を開かないでもらいたい」
「ご挨拶をしなくてよろしいのでしょうか」
お偉い方々が入ってくるのに、マナーに反するのではないだろうか。
「ああ。来客の際には立ち上がって礼を取るだけでいい」
「承知いたしました」
何かお考えがあってのことだろう。私は素直に頷いた。
「また、君には侍女の服に着替えた後はこれを身につけてもらう」
用意されていた物を手渡され、しずしずと受け取り、許可を得て広げてみる。一つは侍女の服だけれども、もう一つは。
「これは……ベールでしょうか」
とは言っても、結婚式に使われるような白色の薄くて美しいレース編みのものではない。黒とはまではいかないが深い色で透け感がほとんどなく、後頭部は肩までの長さとなっていて、前は目が隠れるくらいの長さのものだ。
「君の素顔を隠す物となる。そして――君の身を守るための物でもある」
後半は脅しのような言葉に、私はベールに落としていた視線を上げて殿下に向ける。さっきまでの冗談めかした表情はそこにない。
「君の素性が知れ渡れば、この場所で知り得た情報を持つ君に接近してくる者が間違いなく現れるだろう。いいように利用され、君の身に、いや、君の家族に危険が及ぶかもしれない」
あるいは私がこのベールを外せば、王家の叛逆者として捕らえるぞという警告も含んでいるかもしれない。
刺すようにこちらを見つめてくる殿下に、私はベールをぎゅっと握りしめると目を逸らすことなく、真っ直ぐに見つめ返した。
「重々承知しております」
「……そうか。ではよろしく頼む」
怯むことのない私の目に、殿下は瞳の強さを和らげて唇を薄く引いた。
「殿下、いかがでしょうか」
給仕室で早速、侍女服とベールを身につけた私は殿下にお披露目をした。
こちらからは相手の顔が見えるようになっている。ただし、おそらく相手からはベールで影を落とし、顔が分からなくなっているはずだ。
「馬子にも黒魔術師だな」
「……それは結局のところ、一体何が言いたいのでしょうか」
少なくともお褒めの言葉ではないことは分かるが。
「いや、悪い。つい本音が出た」
余計に質が悪いわ!
膨れっ面になる私に殿下はいつもの仕返しだと声を立てて笑う。
「まあ。外観はともかく、素性はこれで隠せるだろう」
「外観はともかくって、わたくしはこれでも花の乙女なのですよ。殿下とは言え、本来なら若い女性から麗しさを奪うこんな仕打ち、許されるわけではないのですからね」
「分かった分かった。その内、詫びを入れる」
軽くいなされてさらに抗議しようとした時、ノックの音が聞こえて、はっと緊張感が走りドアの方へと目をやる。
「バルド副大臣がお見えになっております」
振り返った私に殿下は頷き、準備が整ったところで入室許可を出した。
「失礼いたします。殿下。――ん?」
入室を許されたバルド副大臣(とやら)は足を踏み入れるなり、すぐ部屋の配置の違和感に気付いたらしい。そしてそのまま視線を辿り、私に到達する。
明らかに怪しい風体の女(私のことだ)に彼は眉をひそめた。……ひそめているのは分かるけれど、ベールの深い色が邪魔をして顔色までは分からない。良し悪しだ。
「殿下、こちらの胡散く、あ、いえ。こちらは」
「彼女は今日から私に付く侍女だ」
「そ、そうですか」
あらためてじろじろと不作法に私を見てくるけれど、殿下の言われた通り、私は無言で礼を取った。
私からの挨拶が無かったのが気に食わなかったのか、さらに眉根を寄せた。
「殿下。侍女をご入り用でしたならば、私に言ってくださればもっと良い人材を用意させましたが」
もっと良い人材って、あなた、初対面にしてよくそんな事を口にできますね。まあ、有能な侍女ではないところは当たっていますが。
「君の気持ちには感謝する。しかし、彼女で大丈夫だ」
「ですが」
「それより用事があるのだろう、掛けてくれ」
「……はあ。では侍女に退席のご指示を」
渋々といった様子で副大臣は答え、私を追い出そうとした。
「ああ、心配ない。彼女は耳を患っているんだ」
「耳を? ……そうでしたか」
大臣は納得した様子だったけれど、私としては初耳でびっくりだ。
え!? そうだったの!? そういう設定だったの? それならそうと、最初からちゃんと言っておいてくださいよ!
私は殿下をベールの下から思いっきり睨み付けた。
殿下は視線を左右に流した。
なるほど。執務室はジェラルドさんがいらっしゃる官長室と副官長室に挟まれているのね。何かあった時にすぐ駆けつけられるからだろうか。
「君のデスクのすぐ横にある扉は給仕室に続く部屋だ」
「給仕室ですか。では、わたくしはそちらに待機でもよろしいのですが」
むしろそちらで待機していたい。たとえどんなに狭い部屋であったとしてもだ。
「先ほども言ったが、来客の顔を見ておいてもらいたいからな。ここにいてくれ。憑かれたらすぐに対応できるしな」
そう言えばそうでした。
「はい。かしこまりました」
「それと」
殿下は一度言葉を切って表情を真剣なものにした。場の仕切り直しのようだ。
「君に厳守してもらいたいことがある。まず、ここでの会話は一切外に漏らさないこと」
「はい。もちろんです」
万が一漏らしたらどうなるか、それぐらいの事が分からないほど愚かでも子供でもない。
「それともう一つ。君を知る人物、クロエやジェラルドを始め、警備官員以外の来客の際には基本、口を開かないでもらいたい」
「ご挨拶をしなくてよろしいのでしょうか」
お偉い方々が入ってくるのに、マナーに反するのではないだろうか。
「ああ。来客の際には立ち上がって礼を取るだけでいい」
「承知いたしました」
何かお考えがあってのことだろう。私は素直に頷いた。
「また、君には侍女の服に着替えた後はこれを身につけてもらう」
用意されていた物を手渡され、しずしずと受け取り、許可を得て広げてみる。一つは侍女の服だけれども、もう一つは。
「これは……ベールでしょうか」
とは言っても、結婚式に使われるような白色の薄くて美しいレース編みのものではない。黒とはまではいかないが深い色で透け感がほとんどなく、後頭部は肩までの長さとなっていて、前は目が隠れるくらいの長さのものだ。
「君の素顔を隠す物となる。そして――君の身を守るための物でもある」
後半は脅しのような言葉に、私はベールに落としていた視線を上げて殿下に向ける。さっきまでの冗談めかした表情はそこにない。
「君の素性が知れ渡れば、この場所で知り得た情報を持つ君に接近してくる者が間違いなく現れるだろう。いいように利用され、君の身に、いや、君の家族に危険が及ぶかもしれない」
あるいは私がこのベールを外せば、王家の叛逆者として捕らえるぞという警告も含んでいるかもしれない。
刺すようにこちらを見つめてくる殿下に、私はベールをぎゅっと握りしめると目を逸らすことなく、真っ直ぐに見つめ返した。
「重々承知しております」
「……そうか。ではよろしく頼む」
怯むことのない私の目に、殿下は瞳の強さを和らげて唇を薄く引いた。
「殿下、いかがでしょうか」
給仕室で早速、侍女服とベールを身につけた私は殿下にお披露目をした。
こちらからは相手の顔が見えるようになっている。ただし、おそらく相手からはベールで影を落とし、顔が分からなくなっているはずだ。
「馬子にも黒魔術師だな」
「……それは結局のところ、一体何が言いたいのでしょうか」
少なくともお褒めの言葉ではないことは分かるが。
「いや、悪い。つい本音が出た」
余計に質が悪いわ!
膨れっ面になる私に殿下はいつもの仕返しだと声を立てて笑う。
「まあ。外観はともかく、素性はこれで隠せるだろう」
「外観はともかくって、わたくしはこれでも花の乙女なのですよ。殿下とは言え、本来なら若い女性から麗しさを奪うこんな仕打ち、許されるわけではないのですからね」
「分かった分かった。その内、詫びを入れる」
軽くいなされてさらに抗議しようとした時、ノックの音が聞こえて、はっと緊張感が走りドアの方へと目をやる。
「バルド副大臣がお見えになっております」
振り返った私に殿下は頷き、準備が整ったところで入室許可を出した。
「失礼いたします。殿下。――ん?」
入室を許されたバルド副大臣(とやら)は足を踏み入れるなり、すぐ部屋の配置の違和感に気付いたらしい。そしてそのまま視線を辿り、私に到達する。
明らかに怪しい風体の女(私のことだ)に彼は眉をひそめた。……ひそめているのは分かるけれど、ベールの深い色が邪魔をして顔色までは分からない。良し悪しだ。
「殿下、こちらの胡散く、あ、いえ。こちらは」
「彼女は今日から私に付く侍女だ」
「そ、そうですか」
あらためてじろじろと不作法に私を見てくるけれど、殿下の言われた通り、私は無言で礼を取った。
私からの挨拶が無かったのが気に食わなかったのか、さらに眉根を寄せた。
「殿下。侍女をご入り用でしたならば、私に言ってくださればもっと良い人材を用意させましたが」
もっと良い人材って、あなた、初対面にしてよくそんな事を口にできますね。まあ、有能な侍女ではないところは当たっていますが。
「君の気持ちには感謝する。しかし、彼女で大丈夫だ」
「ですが」
「それより用事があるのだろう、掛けてくれ」
「……はあ。では侍女に退席のご指示を」
渋々といった様子で副大臣は答え、私を追い出そうとした。
「ああ、心配ない。彼女は耳を患っているんだ」
「耳を? ……そうでしたか」
大臣は納得した様子だったけれど、私としては初耳でびっくりだ。
え!? そうだったの!? そういう設定だったの? それならそうと、最初からちゃんと言っておいてくださいよ!
私は殿下をベールの下から思いっきり睨み付けた。
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