つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第38話 誤解されやすいユリア

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「とにかくだ」

 殿下は殿下は一つ咳払いする。

「ロザンヌ嬢は確かにダングルベール子爵殿からお預かりした大切なお嬢さんだが、この部屋に配置したのは特別な意味はない。君も妙な勘ぐりをしたり、噂を広めたりしないように」
「しょ、承知いたしました!」

 アレオン護衛官は再び姿勢を正す。殿下はそれを見届けると、今度はこちらに冷たい視線を向けた。

「それと君たち。いつまでそのままでいる。もう体調は戻っただろう? 特にロザンヌ嬢。この辺りは人通りがないとは言え、年頃のご令嬢が若い男と抱き合っているのを誰かに見られたりでもしたら何と思われる」

 ……別に。王族居住区ですから、王族の方か口の堅い側近や侍女以外の方は立ち入ることができませんし、そもそも今は侍女服ですから。いえ、私服を着ていても誰も私を令嬢などと思いもしないことでしょうよ。
 と自虐していたけれど。

「失礼いたしました、ロザンヌ様」

 ジェラルドさんが謝罪してきたので、いいえこちらこそありがとうございますと返して離れた。そして彼はアレオン護衛官に向き直る。

「アレオン護衛官」
「は、はい!」
「君はひとまず護衛官室に戻り、ロナルド副官の指示に従うように」
「しょ、承知いたしました!」

 敬礼を取るとアレオン護衛官は一度だけ私に頭を下げ、逃げるように去って行った。

 はぁ。何だか疲れた。
 ほっと息を吐いていると、部屋に戻ってきたユリアが私に気付いた。

「ロザンヌ様?」

 足早に私に寄ってくると殿下に礼を取り、ジェラルドさんを目にも入れないですぐに私に向き直った。

「ロザンヌ様、腕はどうなさったのです」
「あ、こ、これはね。大したことはなく――」

 説明しようとするも、ユリアは顔を上げるとジェラルドさんをいつもよりももっと感情を抑えた表情で見た。
 これは彼女が怒っている兆候だ。

「あなたが付いていながらこのザマですか」

 感情任せの怒鳴り声ではなく、淡々としていながらもその声は酷く冷たい。

「あなたのおっしゃる通りです。申し訳ございません」
「ジェ、ジェラルド様! 謝罪なさらないでください。ジェラルド様は何も悪くございません。――あ、あのね。ユリア、違うのよ! これはね、応急措置を施してくださっただけで、ジェラルド様には何の落ち度もないのよ。ないんだってば、ユリア!」

 いまだにジェラルドさんの顔を見据え続けるユリアの腕をつかんで揺らす。するとようやく彼から視線を外して私を見た。

「お怪我の程は?」
「た、大したことはないの。ほんのちょっと赤くなっただけよ」

 ようやく私を見てくれたユリアにほっとする。

「ロザンヌ様の手当てをいたします」
「そうね。そうしてくれる? じゃあ、先に入って準備しておいてちょうだい」

 私はユリアを部屋へと押し込んで背中で扉を閉めると、ジェラルドさんに向いた。

「ユリアが事情も知らず大変失礼な事を申し上げました。どうぞお許しくださいませ。彼女はああ見えて、とても心配性なのです。わたくしの腕が目に入って動揺したのだと思います。ユリアにはこれから一から説明いたしますので」
「いいえ。ロザンヌ様がお気になさることではございません」

 穏やかに微笑するジェラルドさんが今日は辛い。

「あらためてご挨拶に伺いますので、本日はここで失礼いた――」

 そこまで言って、さっきからずっと黙りこくって殿下が空気と化していることに気付いた。
 まずいまずい。この方にも一応挨拶しておかなければ。

「殿下、お見苦しい所をお見せして申し訳ございません」
「……あ、いや」

 謝罪すると殿下ははっと我に返ったように私と目を合わせた。

「どうかされました?」
「いや。君は早く手当てをしてもらうといい」
「……はい。それでは殿下、ジェラルド様。ここでお先に失礼いたします」

 礼を取ると私もまた部屋へと入っていった。


「ユリアぁぁ」

 無言のまま手当してくれるユリアに私は声をかける。

「いつまでも怒っていないで、口きいてよぅ。本当にジェラルド様が悪いのではないのよ」

 ユリアが無言でいても、こんこんと今回の事を説明していた。

「怒っておりません。それは理解いたしました。悪いのは私だということも」

 手当を終えたユリアが治療道具を直しながらようやく口を開く。

「なぜあなたが悪いのよ?」
「私がロザンヌ様がお帰りになるまでに部屋に戻って来ていましたら、こんな事は起こりませんでした」
「それは結果論だわ。色々な偶然が重なって起こっただけだもの。あなたのせいじゃないわ」
「偶然ですか」
「ええ。まず、わたくしが自分を証明するものを持って出なかったことでしょう。そして執務室からの帰りに侍女服で戻ったことでしょう。若い護衛官がわたくしを令嬢と認めなかったことでしょう」

 私は指折り、上げていく。

「ユリアの事はそれらの原因の一つに含まれるだけ。もしどれか一つでもなかったら、きっとこんな事は起こらなかったわ。でも全部揃ってしまった。それだけ!」

 そう言うとユリアはまた黙った。

「つまり、ユリアが悪いわけではないからわたくしに謝る必要もないし、ジェラルド様が悪いわけでもないから彼がわたくしに謝る必要もない。――そうよね?」
「はい」

 ユリアは素直に頷いてくれる。
 人から誤解されやすい質だけれども、本当はとても心優しい人間なのだ。

「ユリアが気遣いのできる性格で、わたくしの身を案じてくれたことは十二分に分かっているわ。だからこそわたくしはあなたを人から誤解されたくないの。分かってくれるわね?」
「はい」
「ありがとう。じゃあ明日、ジェラルド様に謝罪してくれるわよね」
「いいえ」

 ……うーん。手強い。
 今夜も長い戦いとなりそうだ。
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