47 / 315
第47話 ユリア・ラドロの過去(三)
しおりを挟む
「おねえちゃんのおなまえは? ロザンヌはね、ロザンヌっていうんだよ」
ロザンヌはロザンヌって。
幼いとは言え、頭の弱そうな少女をしらっとした目で見てしまう。
「ユリア」
聞かれた名だけ端的に返すと、ユリアユリアユリア、と私の名を口の中で繰り返し、彼女はにこっと笑う。
「ロザンヌはロザンヌってよんでね。また、まようといけないから手をつないでもらってていい?」
「……腕なら持っていい」
彼女は手を差し出してきたが、彼女の小さくて綺麗な手で私の穢れた手を握らせるわけにはいかない。
「わかったぁ」
それからは自分の年齢は六才だとか、好きな食べ物とか、今日はお父様と一緒にお母様への贈り物を選びにお出かけだとか、ここまで馬車でやって来たとか、相槌を打つ間もなく一人話し続ける。
こちらとしては楽でいいが、知らない相手に個人的な事をべらべらと話すべきではないと思う。
「ユリアは? このまちにすんでいるの?」
「……ええ」
住んでいるというか、ここで生活しているだけだが、彼女に説明しても分からないだろう。
「きょう、ユリアはお一人? おとうさまとか、おかあさまは、いっしょではないの?」
「私に親はいない」
すると幼い子でも何かを察したのだろう。表情を変えてごめんなさいとしゅんと肩を落とし、口数が一気に減って大人しくなった。
静かで助かると私は彼女の顔色も窺わず、黙って前を向いて歩いていたら。
「あ! おとうさま! おとうさまだわ! おとうさま、ロザンヌはここよー!」
彼女が突如、明るい声を上げた。
「ロザンヌ! ロザンヌ!」
彼女の声で気付いた男性は、前方から焦った様子で走ってこちらにやって来る。
私は男性の顔を見て、先ほど財布をすった相手だとすぐに分かった。自分の顔を見られないように手際よくやっているが、万一ということもある。気付かれる前にここでお別れだ。
「そう。良かったね。じゃあ」
「おとうさまあぁぁ」
振り解こうとするが、彼女は私の腕をつかんだまま父親に走り寄る。
「え。ちょ、何して離し――」
この子、力が強すぎる!
さっきよりさらに込められた力によって、彼女の父親の元にまで若干引きずられてしまった。
「ああ、良かった。無事だったんだね。本当に良かった」
「ごめんなさい、おとうさま。ロザンヌ、まいごになってしまいました」
「いいんだ。お前が無事だったらいい。それだけでいいんだ」
跪いて親が子を大切そうに抱きしめる目の前の光景をただ見つめていると、父親が私にふと気づき、彼女を胸から離した。
「おや、君は」
……バレたか?
「もしかして迷子のロザンヌと一緒にいてくれたのかい?」
ああ、バレていなかった。おっとりとした男性みたいだし、娘は迷子で動揺していただろうし、まだ財布を盗られたことにすら気付いていないかもしれない。
身なりはいいし、娘思いの穏やかそうな人だから手間賃ぐらい出してくれそうだ。しかし、今財布が無いことに気付かれては面倒なので、否定しようとした時。
「ちがいます、おとうさま」
凛とした声で私より先に否定した。
え? 今の声はまさか……。
「ん? 違うって何がだい?」
「このかた、ユリアというのですが、おとうさまのおさいふをぬすんだの。だから、ロザンヌはユリアをここまでつれてきたの」
「――っ!」
まさかこんな年端もいかぬ女の子がそこまで考えて!?
驚きで咄嗟に彼女に振り返ると、一方の彼女は冷静で私のポケットにすっと手を入れ、財布を取り出した。
「ほら。これです。ね。おとうさまのおさいふでしょう?」
「え? え? え?」
目の前の男性はとんとん手を当てて自分の胸を探っているが、見つからない様子を見せる。――当然だ。
「本当だ。……無い」
彼女は父親に確認してもらうために財布を渡す。
「ああ、確かに私の財布だ」
「でしょう。そうでしょうとも」
ふふんと彼女は得意げに鼻を鳴らす。
「ロザンヌはまいごになるすんぜん、ユリアがおとうさまのむなもとに手を入れるのを、この目でしかと、かくにんいたしました。はんにんは――あなたです!」
彼女はいまだに私の腕をつかんでいる右手とは逆の手で、びしりと私に人差し指を突きつけた。
ロザンヌはロザンヌって。
幼いとは言え、頭の弱そうな少女をしらっとした目で見てしまう。
「ユリア」
聞かれた名だけ端的に返すと、ユリアユリアユリア、と私の名を口の中で繰り返し、彼女はにこっと笑う。
「ロザンヌはロザンヌってよんでね。また、まようといけないから手をつないでもらってていい?」
「……腕なら持っていい」
彼女は手を差し出してきたが、彼女の小さくて綺麗な手で私の穢れた手を握らせるわけにはいかない。
「わかったぁ」
それからは自分の年齢は六才だとか、好きな食べ物とか、今日はお父様と一緒にお母様への贈り物を選びにお出かけだとか、ここまで馬車でやって来たとか、相槌を打つ間もなく一人話し続ける。
こちらとしては楽でいいが、知らない相手に個人的な事をべらべらと話すべきではないと思う。
「ユリアは? このまちにすんでいるの?」
「……ええ」
住んでいるというか、ここで生活しているだけだが、彼女に説明しても分からないだろう。
「きょう、ユリアはお一人? おとうさまとか、おかあさまは、いっしょではないの?」
「私に親はいない」
すると幼い子でも何かを察したのだろう。表情を変えてごめんなさいとしゅんと肩を落とし、口数が一気に減って大人しくなった。
静かで助かると私は彼女の顔色も窺わず、黙って前を向いて歩いていたら。
「あ! おとうさま! おとうさまだわ! おとうさま、ロザンヌはここよー!」
彼女が突如、明るい声を上げた。
「ロザンヌ! ロザンヌ!」
彼女の声で気付いた男性は、前方から焦った様子で走ってこちらにやって来る。
私は男性の顔を見て、先ほど財布をすった相手だとすぐに分かった。自分の顔を見られないように手際よくやっているが、万一ということもある。気付かれる前にここでお別れだ。
「そう。良かったね。じゃあ」
「おとうさまあぁぁ」
振り解こうとするが、彼女は私の腕をつかんだまま父親に走り寄る。
「え。ちょ、何して離し――」
この子、力が強すぎる!
さっきよりさらに込められた力によって、彼女の父親の元にまで若干引きずられてしまった。
「ああ、良かった。無事だったんだね。本当に良かった」
「ごめんなさい、おとうさま。ロザンヌ、まいごになってしまいました」
「いいんだ。お前が無事だったらいい。それだけでいいんだ」
跪いて親が子を大切そうに抱きしめる目の前の光景をただ見つめていると、父親が私にふと気づき、彼女を胸から離した。
「おや、君は」
……バレたか?
「もしかして迷子のロザンヌと一緒にいてくれたのかい?」
ああ、バレていなかった。おっとりとした男性みたいだし、娘は迷子で動揺していただろうし、まだ財布を盗られたことにすら気付いていないかもしれない。
身なりはいいし、娘思いの穏やかそうな人だから手間賃ぐらい出してくれそうだ。しかし、今財布が無いことに気付かれては面倒なので、否定しようとした時。
「ちがいます、おとうさま」
凛とした声で私より先に否定した。
え? 今の声はまさか……。
「ん? 違うって何がだい?」
「このかた、ユリアというのですが、おとうさまのおさいふをぬすんだの。だから、ロザンヌはユリアをここまでつれてきたの」
「――っ!」
まさかこんな年端もいかぬ女の子がそこまで考えて!?
驚きで咄嗟に彼女に振り返ると、一方の彼女は冷静で私のポケットにすっと手を入れ、財布を取り出した。
「ほら。これです。ね。おとうさまのおさいふでしょう?」
「え? え? え?」
目の前の男性はとんとん手を当てて自分の胸を探っているが、見つからない様子を見せる。――当然だ。
「本当だ。……無い」
彼女は父親に確認してもらうために財布を渡す。
「ああ、確かに私の財布だ」
「でしょう。そうでしょうとも」
ふふんと彼女は得意げに鼻を鳴らす。
「ロザンヌはまいごになるすんぜん、ユリアがおとうさまのむなもとに手を入れるのを、この目でしかと、かくにんいたしました。はんにんは――あなたです!」
彼女はいまだに私の腕をつかんでいる右手とは逆の手で、びしりと私に人差し指を突きつけた。
47
あなたにおすすめの小説
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる