つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第47話 ユリア・ラドロの過去(三)

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「おねえちゃんのおなまえは? ロザンヌはね、ロザンヌっていうんだよ」

 ロザンヌはロザンヌって。
 幼いとは言え、頭の弱そうな少女をしらっとした目で見てしまう。

「ユリア」

 聞かれた名だけ端的に返すと、ユリアユリアユリア、と私の名を口の中で繰り返し、彼女はにこっと笑う。

「ロザンヌはロザンヌってよんでね。また、まようといけないから手をつないでもらってていい?」
「……腕なら持っていい」

 彼女は手を差し出してきたが、彼女の小さくて綺麗な手で私の穢れた手を握らせるわけにはいかない。

「わかったぁ」

 それからは自分の年齢は六才だとか、好きな食べ物とか、今日はお父様と一緒にお母様への贈り物を選びにお出かけだとか、ここまで馬車でやって来たとか、相槌を打つ間もなく一人話し続ける。
 こちらとしては楽でいいが、知らない相手に個人的な事をべらべらと話すべきではないと思う。

「ユリアは? このまちにすんでいるの?」
「……ええ」

 住んでいるというか、ここで生活しているだけだが、彼女に説明しても分からないだろう。

「きょう、ユリアはお一人? おとうさまとか、おかあさまは、いっしょではないの?」
「私に親はいない」

 すると幼い子でも何かを察したのだろう。表情を変えてごめんなさいとしゅんと肩を落とし、口数が一気に減って大人しくなった。
 静かで助かると私は彼女の顔色も窺わず、黙って前を向いて歩いていたら。

「あ! おとうさま! おとうさまだわ! おとうさま、ロザンヌはここよー!」

 彼女が突如、明るい声を上げた。

「ロザンヌ! ロザンヌ!」

 彼女の声で気付いた男性は、前方から焦った様子で走ってこちらにやって来る。
 私は男性の顔を見て、先ほど財布をすった相手だとすぐに分かった。自分の顔を見られないように手際よくやっているが、万一ということもある。気付かれる前にここでお別れだ。

「そう。良かったね。じゃあ」
「おとうさまあぁぁ」

 振り解こうとするが、彼女は私の腕をつかんだまま父親に走り寄る。

「え。ちょ、何して離し――」

 この子、力が強すぎる!
 さっきよりさらに込められた力によって、彼女の父親の元にまで若干引きずられてしまった。

「ああ、良かった。無事だったんだね。本当に良かった」
「ごめんなさい、おとうさま。ロザンヌ、まいごになってしまいました」
「いいんだ。お前が無事だったらいい。それだけでいいんだ」

 跪いて親が子を大切そうに抱きしめる目の前の光景をただ見つめていると、父親が私にふと気づき、彼女を胸から離した。

「おや、君は」

 ……バレたか?

「もしかして迷子のロザンヌと一緒にいてくれたのかい?」

 ああ、バレていなかった。おっとりとした男性みたいだし、娘は迷子で動揺していただろうし、まだ財布を盗られたことにすら気付いていないかもしれない。
 身なりはいいし、娘思いの穏やかそうな人だから手間賃ぐらい出してくれそうだ。しかし、今財布が無いことに気付かれては面倒なので、否定しようとした時。

「ちがいます、おとうさま」

 凛とした声で私より先に否定した。
 え? 今の声はまさか……。

「ん? 違うって何がだい?」
「このかた、ユリアというのですが、おとうさまのおさいふをぬすんだの。だから、ロザンヌはユリアをここまでつれてきたの」
「――っ!」

 まさかこんな年端もいかぬ女の子がそこまで考えて!?
 驚きで咄嗟に彼女に振り返ると、一方の彼女は冷静で私のポケットにすっと手を入れ、財布を取り出した。

「ほら。これです。ね。おとうさまのおさいふでしょう?」
「え? え? え?」

 目の前の男性はとんとん手を当てて自分の胸を探っているが、見つからない様子を見せる。――当然だ。

「本当だ。……無い」

 彼女は父親に確認してもらうために財布を渡す。

「ああ、確かに私の財布だ」
「でしょう。そうでしょうとも」

 ふふんと彼女は得意げに鼻を鳴らす。

「ロザンヌはまいごになるすんぜん、ユリアがおとうさまのむなもとに手を入れるのを、この目でしかと、かくにんいたしました。はんにんは――あなたです!」

 彼女はいまだに私の腕をつかんでいる右手とは逆の手で、びしりと私に人差し指を突きつけた。
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