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第49話 ユリア・ラドロの過去(五)
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わずかしかないが私物を持って馬車に乗りこむと、ロザンヌ様の父親、旦那様はダングルベール子爵であると名乗った。そして私は、今はまだロザンヌ様の遊び相手だが、将来的には教育係兼、侍女にすることを約束してくれた。
「ねえねえ。そういえばユリアは? ユリアのおなまえ、なに?」
「ロザンヌ。全ての人が姓を持っているわけではないんだよ」
「そっか……」
ロザンヌ様は目を閉じてうーんと頭を悩ませると、何かを思いついたのか、ぱっと目を開けてまた明るい表情になった。
「じゃあ、ロザンヌがつけてあげる。ユリア、あなたのおなまえはユリア・ラドロ!」
「うーん。ロザンヌ、それはちょっと良い考えではないかな。泥棒と音が似ているよ」
旦那様はちょっと困った表情で笑う。
確かに体裁が悪い。でも……そう悪くもない。
「えー? だめ?」
「いえ。私はそれで構いません。それでお願いします」
「え。いいのかい? 子供が言うことだよ?」
「いえ。戒めにもなりますので」
そう言うと旦那様は意外そうな顔をした。
「戒めって、その年でよく難しい言葉を知っているね。あ、年はいくつかな?」
「十歳です」
「驚いたな! ……いや。早く大人になる必要があったんだね」
旦那様は拳を顎に当てて深く考え込む。
「本当はね、君みたいな子がこの世に溢れかえっていることは知っている。何とか改善したいと思ってはいるが、大人は駄目だな。色々考えすぎて結局何も動けない。でも子供は素直でとても素早い。誰かが痛がっていれば、治してあげたいと動くのだから。私もロザンヌを見てようやく動けたよ」
娘を見つめる旦那様の瞳は優しい。一方の彼女と言えば、何やらうずうずした様子だ。我慢していたようだが、耐えきれなくなったのか、身を乗り出すと私に近付く。
「あのね、ユリア。ちょっとだけいい? おむねにどんなあながあいているのか、みたいの。みせてくれる?」
「……は?」
「ちょっとだけでいいの。ちょっとだけでいいから、みせて」
「こ、こら。駄目だ。それだけは駄目だ。や、止めなさいロザンヌ!」
真剣な表情で私の服へと手を伸ばそうとする彼女に、旦那様は大慌てで止めた。
屋敷についた私たちだったが、果たしてここの家族の方に受け入れられるのかと不安が起こる間もなく、すぐに受け入れられた。
「ロザンヌには手を焼くぞー。覚悟しておいて」
「あはは。確かにお転婆な所があるから、怪我しないよう気をつけてあげてくれると嬉しいな」
こちらはロザンヌ様のお兄様方。
「ロザンヌにはびしびし厳しくしていいですからね。朝は優しく起こしても起きないから、叩き起こしていいわ。あと、嫌なものは嫌だと拒否していいから。あんまり甘やかしちゃ駄目よ!」
そしてこちらは奥様だ。
「どうぞよろしくお願いいたします」
爵位も持っているし、屋敷も大きいし、他にも三人ほど使用人がいるが、そう裕福でもないらしい。貴族は皆、豪華絢爛な生活をしていると思っていた。それでも家長である旦那様を始め、使用人まで皆が笑顔の空気の中、綺麗な寝床と毎日の食事に困ることのない生活を送ることができることに感謝をしていた。
ただ、夜は冷たくて固い寝床で眠っていた生活だったので、暖かく柔らかなベッドでは眠れそうになかった。
初めてここで過ごす夜は長く、柔らかな感触の上で横になっていると不意に思い出す。
私が切り捨てた彼らは今、どうしているのだろうかと。
彼らを切った瞬間に私は思い出したり、感傷に浸ったりすることなど一度もなかったのに、心にゆとりができたせいなのだろうか。そこからは怒濤のように過去の出来事と思考が流れ込んでくる。
これまで自分が手に染めてきた悪事の数々や仲間を切り捨てた非情さ。切り捨てた事に対して何の後悔も後ろめたさも感じなかった自分。そんな私がこんなキラキラした所でぬくぬくと生活していいのか、それを知った彼らが恨んで何か手を出して来ないか、その結果、ここの家族に私は見捨てられやしないかと。
一度手に入れたものを失うことは、それを手に入れる前よりももっとつらく、酷い苦しみを味わうのは間違いない。
怖い。――幸せになるのが怖い。
これまでに感じたことがない、そんな恐怖が襲ってきた。
「ねえねえ。そういえばユリアは? ユリアのおなまえ、なに?」
「ロザンヌ。全ての人が姓を持っているわけではないんだよ」
「そっか……」
ロザンヌ様は目を閉じてうーんと頭を悩ませると、何かを思いついたのか、ぱっと目を開けてまた明るい表情になった。
「じゃあ、ロザンヌがつけてあげる。ユリア、あなたのおなまえはユリア・ラドロ!」
「うーん。ロザンヌ、それはちょっと良い考えではないかな。泥棒と音が似ているよ」
旦那様はちょっと困った表情で笑う。
確かに体裁が悪い。でも……そう悪くもない。
「えー? だめ?」
「いえ。私はそれで構いません。それでお願いします」
「え。いいのかい? 子供が言うことだよ?」
「いえ。戒めにもなりますので」
そう言うと旦那様は意外そうな顔をした。
「戒めって、その年でよく難しい言葉を知っているね。あ、年はいくつかな?」
「十歳です」
「驚いたな! ……いや。早く大人になる必要があったんだね」
旦那様は拳を顎に当てて深く考え込む。
「本当はね、君みたいな子がこの世に溢れかえっていることは知っている。何とか改善したいと思ってはいるが、大人は駄目だな。色々考えすぎて結局何も動けない。でも子供は素直でとても素早い。誰かが痛がっていれば、治してあげたいと動くのだから。私もロザンヌを見てようやく動けたよ」
娘を見つめる旦那様の瞳は優しい。一方の彼女と言えば、何やらうずうずした様子だ。我慢していたようだが、耐えきれなくなったのか、身を乗り出すと私に近付く。
「あのね、ユリア。ちょっとだけいい? おむねにどんなあながあいているのか、みたいの。みせてくれる?」
「……は?」
「ちょっとだけでいいの。ちょっとだけでいいから、みせて」
「こ、こら。駄目だ。それだけは駄目だ。や、止めなさいロザンヌ!」
真剣な表情で私の服へと手を伸ばそうとする彼女に、旦那様は大慌てで止めた。
屋敷についた私たちだったが、果たしてここの家族の方に受け入れられるのかと不安が起こる間もなく、すぐに受け入れられた。
「ロザンヌには手を焼くぞー。覚悟しておいて」
「あはは。確かにお転婆な所があるから、怪我しないよう気をつけてあげてくれると嬉しいな」
こちらはロザンヌ様のお兄様方。
「ロザンヌにはびしびし厳しくしていいですからね。朝は優しく起こしても起きないから、叩き起こしていいわ。あと、嫌なものは嫌だと拒否していいから。あんまり甘やかしちゃ駄目よ!」
そしてこちらは奥様だ。
「どうぞよろしくお願いいたします」
爵位も持っているし、屋敷も大きいし、他にも三人ほど使用人がいるが、そう裕福でもないらしい。貴族は皆、豪華絢爛な生活をしていると思っていた。それでも家長である旦那様を始め、使用人まで皆が笑顔の空気の中、綺麗な寝床と毎日の食事に困ることのない生活を送ることができることに感謝をしていた。
ただ、夜は冷たくて固い寝床で眠っていた生活だったので、暖かく柔らかなベッドでは眠れそうになかった。
初めてここで過ごす夜は長く、柔らかな感触の上で横になっていると不意に思い出す。
私が切り捨てた彼らは今、どうしているのだろうかと。
彼らを切った瞬間に私は思い出したり、感傷に浸ったりすることなど一度もなかったのに、心にゆとりができたせいなのだろうか。そこからは怒濤のように過去の出来事と思考が流れ込んでくる。
これまで自分が手に染めてきた悪事の数々や仲間を切り捨てた非情さ。切り捨てた事に対して何の後悔も後ろめたさも感じなかった自分。そんな私がこんなキラキラした所でぬくぬくと生活していいのか、それを知った彼らが恨んで何か手を出して来ないか、その結果、ここの家族に私は見捨てられやしないかと。
一度手に入れたものを失うことは、それを手に入れる前よりももっとつらく、酷い苦しみを味わうのは間違いない。
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これまでに感じたことがない、そんな恐怖が襲ってきた。
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