50 / 315
第50話 ユリア・ラドロの過去(終)
しおりを挟む
恐怖に震え、シーツを頭まで被った瞬間。
コンコンッ。
遠慮がちな小さな音を立て、扉がゆっくりと開かれた。
「ユリア、おきている?」
ロザンヌ様の声だ。声を抑えている。
起き上がると、彼女が扉からこっそりと顔を出しているのが見えた。
「何か」
「うーんとね、こわくないかなって」
彼女はそう言いながら側までやって来る。暗闇の中、扉から漏れた光が彼女を照らして枕を抱えた姿を形どった。
この幼女は闇の中でも光をまとうらしい。私には眩しすぎる。
「よるはとくにね、こころがつかれていたり、なれないところにいるとね、ふだんは大人しくしているオバケが、こころのかべをやぶって中からでてくるんだって」
「心の中のオバケ……」
「そう。ユリアもそうかなって」
こんな幼女に図星を指されて私は黙り込む。
「ロザンヌはね、おかあさまがオバケをやっつけてくれるから、あんしんしてねむれるの。だからユリアはロザンヌがまもってあげるね」
「私を、守る?」
人を助けていい人間は、自分とその人を守れるだけの力がある人間だけだ。自分まで巻き込まれるような人では、かえって人の足を引っ張るだけ。こんな年端もいかぬ子に、何の苦労もしたことがない子に闇を抱えた私を守れるとでも言うのか。……笑わせる。
「うん! ロザンヌがユリアをまもるから、あんしんしてね! だってロザンヌはユリアもつかまえちゃう、スーパー女の子だもん」
「――っ!」
自信ありげにえへんと胸を張る彼女に目を見張る。
そうだ。私は確かにこの幼女に捕まってしまった。私をがっちり掴んで離さない強い力に。強い意志に。……きっとあの瞬間、心までも掴まれたのだ。
「私を守ってくれるのですか」
「うん! ぜったいまもってあげる!」
絶対など、あの世界には無かった。約束は破られるものだった。約束など信じていなかった。口にするのも馬鹿らしかった。
けれど。
「ならば、私もまたあなたを守ります。あなたの一番近くにいて、あなたを守ることを私は――約束します。必ず果たします」
これまで私は自分が何のために、何を目的に生きているのか分からなかった。……いや。きっとこの先、何度も同じ事を考える時が来るだろう。しかし今は、この約束を果たすために生きたいと思う。
「うん! やくそくね」
彼女は力強く頷くと、じゃあお邪魔しますと言って枕を置き、私の横に体を滑り込ませる。
「おやすみなさーい」
「おやすみなさい」
幼子の温かい体温を身近に感じて震えが消え、私は自然に目を伏せた。
あれから十年。
いまだ感情を顔に出すことは難しいけれど、心の中はかなり豊かになったと思う。今ではダングルベール子爵家の方々は、些細な言動で私の感情を何となく察してくださっているようだ。
そんな中、ロザンヌ様が王宮に侍女として上がることになった。そこでロザンヌ様は私に懇願してきた。
「ユリア、あのね。王宮に一人寂しかろうと殿下のご配慮で、うちから一人侍女を連れてきていいんだって。それで――」
私はロザンヌ様の一番近くにいて守るとあの日約束した。だから私の答えは当然。
「謹んでお断り申し上げます」
……あれ。
「まだ何も言っ」
「謹んでお断り申し上げます」
おかしい。
「いや、待っ」
「つ・つ・し・ん・で。お断り申し上げます」
私はあの日誓ったはず。ロザンヌ様の一番近くにいて守ると。
「ちょっとぉ! わたくしがユリアを守り、あなたもまたわたくしの一番近くにいて守るっていう約束、忘れたの?」
ロザンヌ様も覚えてくれていたらしい。しかもロザンヌ様が私を守るという約束もまだ継続しているらしい。
「忘れていません。ただ、奥様が嫌なものは嫌だと拒否して良いと」
「えー! ひどーい! ……ねねね。わたくしを助けると思って!」
「嫌です」
そうか。分かった。なぜこんなに拒否してしまうのか。
一つは、自己嫌悪する私の人格を形成したあの街に戻りたくないから。そしてもう一つは。
「お願いよ。ユリアが頷くまで、わたくしは何時間でも粘るからね」
もう一つはロザンヌ様に対する甘噛みだろう。どこまで私のわがままが許されるのか。呆れずに、諦めずに付き合ってくれるのか。
「ふっ。望むところです。さあ、かかっていらっしゃいませ」
きっと意志の強いロザンヌ様が粘り勝ちするに違いない。粘ってでも私を望んでくれるに違いない。それでも私はこの目でその瞬間を確かめてみたい。
「お願いユリア」
「嫌ですロザンヌ様」
「お願いよユリア」
「嫌ですよロザンヌ様」
「お願いお願いお願い!」
「嫌です嫌です嫌です!」
目の前の幸福に怯え、震えている夜があった。けれど今は、この幸福が、この夜が少しでも長く続くことを私は心から願っている。
コンコンッ。
遠慮がちな小さな音を立て、扉がゆっくりと開かれた。
「ユリア、おきている?」
ロザンヌ様の声だ。声を抑えている。
起き上がると、彼女が扉からこっそりと顔を出しているのが見えた。
「何か」
「うーんとね、こわくないかなって」
彼女はそう言いながら側までやって来る。暗闇の中、扉から漏れた光が彼女を照らして枕を抱えた姿を形どった。
この幼女は闇の中でも光をまとうらしい。私には眩しすぎる。
「よるはとくにね、こころがつかれていたり、なれないところにいるとね、ふだんは大人しくしているオバケが、こころのかべをやぶって中からでてくるんだって」
「心の中のオバケ……」
「そう。ユリアもそうかなって」
こんな幼女に図星を指されて私は黙り込む。
「ロザンヌはね、おかあさまがオバケをやっつけてくれるから、あんしんしてねむれるの。だからユリアはロザンヌがまもってあげるね」
「私を、守る?」
人を助けていい人間は、自分とその人を守れるだけの力がある人間だけだ。自分まで巻き込まれるような人では、かえって人の足を引っ張るだけ。こんな年端もいかぬ子に、何の苦労もしたことがない子に闇を抱えた私を守れるとでも言うのか。……笑わせる。
「うん! ロザンヌがユリアをまもるから、あんしんしてね! だってロザンヌはユリアもつかまえちゃう、スーパー女の子だもん」
「――っ!」
自信ありげにえへんと胸を張る彼女に目を見張る。
そうだ。私は確かにこの幼女に捕まってしまった。私をがっちり掴んで離さない強い力に。強い意志に。……きっとあの瞬間、心までも掴まれたのだ。
「私を守ってくれるのですか」
「うん! ぜったいまもってあげる!」
絶対など、あの世界には無かった。約束は破られるものだった。約束など信じていなかった。口にするのも馬鹿らしかった。
けれど。
「ならば、私もまたあなたを守ります。あなたの一番近くにいて、あなたを守ることを私は――約束します。必ず果たします」
これまで私は自分が何のために、何を目的に生きているのか分からなかった。……いや。きっとこの先、何度も同じ事を考える時が来るだろう。しかし今は、この約束を果たすために生きたいと思う。
「うん! やくそくね」
彼女は力強く頷くと、じゃあお邪魔しますと言って枕を置き、私の横に体を滑り込ませる。
「おやすみなさーい」
「おやすみなさい」
幼子の温かい体温を身近に感じて震えが消え、私は自然に目を伏せた。
あれから十年。
いまだ感情を顔に出すことは難しいけれど、心の中はかなり豊かになったと思う。今ではダングルベール子爵家の方々は、些細な言動で私の感情を何となく察してくださっているようだ。
そんな中、ロザンヌ様が王宮に侍女として上がることになった。そこでロザンヌ様は私に懇願してきた。
「ユリア、あのね。王宮に一人寂しかろうと殿下のご配慮で、うちから一人侍女を連れてきていいんだって。それで――」
私はロザンヌ様の一番近くにいて守るとあの日約束した。だから私の答えは当然。
「謹んでお断り申し上げます」
……あれ。
「まだ何も言っ」
「謹んでお断り申し上げます」
おかしい。
「いや、待っ」
「つ・つ・し・ん・で。お断り申し上げます」
私はあの日誓ったはず。ロザンヌ様の一番近くにいて守ると。
「ちょっとぉ! わたくしがユリアを守り、あなたもまたわたくしの一番近くにいて守るっていう約束、忘れたの?」
ロザンヌ様も覚えてくれていたらしい。しかもロザンヌ様が私を守るという約束もまだ継続しているらしい。
「忘れていません。ただ、奥様が嫌なものは嫌だと拒否して良いと」
「えー! ひどーい! ……ねねね。わたくしを助けると思って!」
「嫌です」
そうか。分かった。なぜこんなに拒否してしまうのか。
一つは、自己嫌悪する私の人格を形成したあの街に戻りたくないから。そしてもう一つは。
「お願いよ。ユリアが頷くまで、わたくしは何時間でも粘るからね」
もう一つはロザンヌ様に対する甘噛みだろう。どこまで私のわがままが許されるのか。呆れずに、諦めずに付き合ってくれるのか。
「ふっ。望むところです。さあ、かかっていらっしゃいませ」
きっと意志の強いロザンヌ様が粘り勝ちするに違いない。粘ってでも私を望んでくれるに違いない。それでも私はこの目でその瞬間を確かめてみたい。
「お願いユリア」
「嫌ですロザンヌ様」
「お願いよユリア」
「嫌ですよロザンヌ様」
「お願いお願いお願い!」
「嫌です嫌です嫌です!」
目の前の幸福に怯え、震えている夜があった。けれど今は、この幸福が、この夜が少しでも長く続くことを私は心から願っている。
40
あなたにおすすめの小説
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
悪役令息(冤罪)が婿に来た
花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー
結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!?
王女が婚約破棄した相手は公爵令息?
王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした?
あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。
その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。
彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。
そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。
彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。
その数日後王家から正式な手紙がくる。
ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」
イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。
「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」
心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ!
※ざまぁ要素はあると思います。
※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。
転生貧乏令嬢メイドは見なかった!
seo
恋愛
血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。
いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。
これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。
#逆ハー風なところあり
#他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる