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第53話 理解などされたくない
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本日の殿下付きの侍女としての職務を終えると、私は部屋に戻った。
「あ、お帰りなさ――」
扉の音にユリアが振り返るや否や、私は彼女に飛びつくように抱きついた。
「ロザンヌ様? どうされたのです」
「ごめんね。ユリア。ごめんなさい、ごめんなさいユリア」
「……ロザンヌ様?」
私は彼女の細い身体をぎゅっと強く抱きしめる。
「殿下からお話を聞いたの。路上生活者の現実を」
それも殿下が知り得た現実のひと欠片に過ぎない。きっと現状はもっともっと過酷であり、残酷な世界なのだろう。
「わたくしはあなたを理解しているつもりだった。全てを知っている気持ちでいた。でも本当はあなたの真の苦しみを、境遇を全然理解なんてできていなかった」
「…………」
「ごめんね。ごめんね」
これまでもそしてこれからも、自分がユリアの立場にならない限りは彼女を本当の意味で理解したとは言えないだろう。きっと彼女の苦しみを自分のものとして分け合うことはできない。それが悔しくて悲しくて、つらい。いや、もしかしたらこんな気持ちさえ傲慢なのかもしれない。
「そうですね。ロザンヌ様には私の境遇など分からない。理解などされたくない」
「――っ」
感情を含まないユリアの声には慣れているはずなのに、思わず身を固くしてしまう。けれど次の瞬間、彼女はふわりと抱きしめ返してくれた。
「私の気持ちなど理解しなくていい。理解してほしくない。私のような境遇に遭ってほしくない。永遠に知らないでいてほしい。ただ、あなたが幸せであってほしい。笑顔で溢れる毎日であってほしい。あなたは私の――光なのだから。暗闇の中にいた私を照らすただ一つの光だったのだから」
「っ、ユリア」
顔は感情に乏しく声は平坦で、でもいつもよりも饒舌に胸中を打ち明けてくれるユリアの言葉に涙が溢れてきた。
私は涙をぎゅっと強く拭って尋ねる。
「それで本当にいいの? そんなわたくしでもユリアの側にいていいの? これからも側にいてくれるの?」
ユリアはわずかに笑んで静かに頷く。
「ロザンヌ様のすぐ側でお支えすることが、私の一番望んでいることなのです」
「――ユリア!」
再びユリアに抱きつき、彼女の胸に顔を埋めて泣き出した私を優しく受け止めてくれた。
「……疲れた」
すっかり泣き疲れた私はふらふらと近くのソファーへと倒れ込む。
私以上に、付き合わされたユリアの方が精神的に疲れたかもしれない。それにこれまで出したことのない自分の心の内をさらけ出して、気まずさとか照れがあるかもしれない。
そう考えていると、ユリアは膝をついて横から私の顔を覗き込んだ。
「ロザンヌ様。泣き腫らして二目と見られないほど、お顔が酷いことになっていますよ」
心配ご無用。気まずさなんて、照れなんて、一切ありませんでした。ええ、ええ。力一杯元気で、力一杯いつもと同じ塩対応でした。
「言葉の暴力! もう少し言葉を優しく包んで!?」
ユリアは少し黙り込む。何やら言葉を選んでくれているらしい。しかしすぐに何かを思いついたようで口を開いた。
「つぶらな瞳がさらに小さくなっています、よ?」
「余計に悪化しているから!」
ユリアはまた一瞬黙ったが、面倒になったのか立ち上がった。
「冷やす物を用意してきます」
「こら待てーいっ! 諦めが早い!」
身を起こして手を伸ばすけれど、ユリアは既に離れていて手は空中をかすめた。
私は奥へと歩いて行く彼女の背を見ながら思う。
……良かった。ユリアの気持ちを知ることができて良かった。変わらぬ関係を望んでくれて本当に良かった。殿下は、ユリアが私に助けられているに違いないとおっしゃったけど、本当は私の方が何倍も助けてもらっている。必要としているのは私の方だ。
「ユリア、ありがとう。わたくしもあなたを必要としています。あなたが幸せであってほしいと願っています。……そして、これからもどうぞよろしくお願いします」
背中に声をかけると彼女は一瞬立ち止まった。しかしそこからは、急に足取りを変えてそそくさと部屋の奥へと消えてしまった。
奥の部屋に入る直前に一瞬だけ見えた彼女のわずかに赤く染まった耳に、私はやっぱり素直じゃないなあと一人笑った。
「あ、お帰りなさ――」
扉の音にユリアが振り返るや否や、私は彼女に飛びつくように抱きついた。
「ロザンヌ様? どうされたのです」
「ごめんね。ユリア。ごめんなさい、ごめんなさいユリア」
「……ロザンヌ様?」
私は彼女の細い身体をぎゅっと強く抱きしめる。
「殿下からお話を聞いたの。路上生活者の現実を」
それも殿下が知り得た現実のひと欠片に過ぎない。きっと現状はもっともっと過酷であり、残酷な世界なのだろう。
「わたくしはあなたを理解しているつもりだった。全てを知っている気持ちでいた。でも本当はあなたの真の苦しみを、境遇を全然理解なんてできていなかった」
「…………」
「ごめんね。ごめんね」
これまでもそしてこれからも、自分がユリアの立場にならない限りは彼女を本当の意味で理解したとは言えないだろう。きっと彼女の苦しみを自分のものとして分け合うことはできない。それが悔しくて悲しくて、つらい。いや、もしかしたらこんな気持ちさえ傲慢なのかもしれない。
「そうですね。ロザンヌ様には私の境遇など分からない。理解などされたくない」
「――っ」
感情を含まないユリアの声には慣れているはずなのに、思わず身を固くしてしまう。けれど次の瞬間、彼女はふわりと抱きしめ返してくれた。
「私の気持ちなど理解しなくていい。理解してほしくない。私のような境遇に遭ってほしくない。永遠に知らないでいてほしい。ただ、あなたが幸せであってほしい。笑顔で溢れる毎日であってほしい。あなたは私の――光なのだから。暗闇の中にいた私を照らすただ一つの光だったのだから」
「っ、ユリア」
顔は感情に乏しく声は平坦で、でもいつもよりも饒舌に胸中を打ち明けてくれるユリアの言葉に涙が溢れてきた。
私は涙をぎゅっと強く拭って尋ねる。
「それで本当にいいの? そんなわたくしでもユリアの側にいていいの? これからも側にいてくれるの?」
ユリアはわずかに笑んで静かに頷く。
「ロザンヌ様のすぐ側でお支えすることが、私の一番望んでいることなのです」
「――ユリア!」
再びユリアに抱きつき、彼女の胸に顔を埋めて泣き出した私を優しく受け止めてくれた。
「……疲れた」
すっかり泣き疲れた私はふらふらと近くのソファーへと倒れ込む。
私以上に、付き合わされたユリアの方が精神的に疲れたかもしれない。それにこれまで出したことのない自分の心の内をさらけ出して、気まずさとか照れがあるかもしれない。
そう考えていると、ユリアは膝をついて横から私の顔を覗き込んだ。
「ロザンヌ様。泣き腫らして二目と見られないほど、お顔が酷いことになっていますよ」
心配ご無用。気まずさなんて、照れなんて、一切ありませんでした。ええ、ええ。力一杯元気で、力一杯いつもと同じ塩対応でした。
「言葉の暴力! もう少し言葉を優しく包んで!?」
ユリアは少し黙り込む。何やら言葉を選んでくれているらしい。しかしすぐに何かを思いついたようで口を開いた。
「つぶらな瞳がさらに小さくなっています、よ?」
「余計に悪化しているから!」
ユリアはまた一瞬黙ったが、面倒になったのか立ち上がった。
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「こら待てーいっ! 諦めが早い!」
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……良かった。ユリアの気持ちを知ることができて良かった。変わらぬ関係を望んでくれて本当に良かった。殿下は、ユリアが私に助けられているに違いないとおっしゃったけど、本当は私の方が何倍も助けてもらっている。必要としているのは私の方だ。
「ユリア、ありがとう。わたくしもあなたを必要としています。あなたが幸せであってほしいと願っています。……そして、これからもどうぞよろしくお願いします」
背中に声をかけると彼女は一瞬立ち止まった。しかしそこからは、急に足取りを変えてそそくさと部屋の奥へと消えてしまった。
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