つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第57話 人に憑く影と場所に憑く影

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「それでさっきの話だが」

 殿下は運ばれた料理に舌鼓を打ちながら話を切り出した。

 確かに尋ねたのは私ですが、お食事の際はもっと楽しい会話がふさわしいかと……。
 少し呆れながらそれでも殿下の言葉を待つ。

「今回は人から引き寄せたわけではない。ある会議室に入ることがあったのだが、そこで憑かれた」
「そういえば最初、殿下から影についての告白があった時も、人ではなく場所に居憑いている影でしたね。影は人と場所に憑くのですね」
「ああ、そうだな。その説明はしなかったな」

 殿下はお言葉が足りないことが多いですね。まあ、お忙しいからなのかもしれませんが。
 私はぱくりとお肉を口にして、その言葉と共に飲み込んだ。

「君の言う通り、影は人と場所に憑くようだ」
「人に憑く影は何となく分かったのですが、場所に居憑いている影とは一体何なのでしょう」
「そうだな。おそらく亡くなった時にいた場所や思い入れのある場所で、その思念が強く残っているのかもしれない」

 ということは、影は昔の王族関係者か、王宮に出入りしたことがある人間の思念なのかな。王宮では色んな人間が出入りしていて、そこには陰謀も裏切りも渦巻いていて、恨み辛みもまた人の数ほどあるのだろう。

「場所に居憑いている影も、人に取り憑くことがあるのですね」

 引き寄せ体質とは言え、現に殿下に取り憑いているし。

「そうだな。元々、影は人の思いが主だから、結局は人にも取り憑きやすいのかもしれない」
「ですが、場所に居憑く影もある程度の距離を取っていれば、取り憑かれることはないのですよね」
「ああ」
「でしたら、人とお会いするのはお立場上、避けられないとしても、場所は避けられるのではないのですか」
「もちろんできるだけ避けるようにはしているが、不意に出くわした時は避けられないこともある」

 不意に? 不意に出くわす? あれ? 今何か引っかかった。
 私は今の言葉を疑問に思って顔をしかめているのに、殿下は目を半ば伏せて上品にお茶を飲んでいる。
 呑気そうだなあと呆れるけれど、私も殿下に倣って頭を気分を一掃するためにデザートを取ることにした。

「ユリア、デザートをお願い」
「かしこまりました」

 今日のデザートはカスタードプティングだ。甘くて優しい舌触りで大好物である。頬を緩ませながら口の中で溶け行く感覚を楽しんでいると、さっき引っかかった事が急にはっと脳裏に浮かぶ。

 思い出すにしても、もうちょっと後で思い出したかった。
 しかしプリンの感触とともに思考も溶け行く前に尋ねることにした。

「殿下、初めてお目にかかったお部屋ですが、影祓いしてからはいかがですか。また影が居憑いたりしていますか」
「いや。おかげであの部屋は綺麗になった」

 となると、一度払った影が復活するわけでも、すぐに何かが取り憑くわけでもないということ。殿下のお話では場所・・に執着しているわけだから、当然の話かもしれない。

「先ほど不意に出くわしたとおっしゃいましたね。つまり今日憑かれた影は、以前からその場所に居なかったということですか」
「え? ああ、そうだな。最近までは見なかった」

 お茶を楽しんでいた殿下もまた現実に引き戻されたようだ。

「影は人間や動物の強い思念が長く地に留まってできるものだとおっしゃっていましたよね。殿下は憑かれることはあっても影祓いできないのならば、誰かが祓ってでもいない限り、そこにずっと前から存在していてもおかしくないのでは」
「確かに。人ならともかく場所に、私が不意に・・・出くわすというのはおかしいな」

 殿下は眉をひそめると、ティーカップを静かに置いて小さく頷いた。

「ええ、その通りです。それに普通の会議室に昨日今日の思い入れだけで影が出来上がるとも思わないのですが、仮にそれが可能だったとしましょう。けれど出来上がったばかりで、殿下が膝をつくほど強烈な影にはなり得ますか? それにこれは偏見ですが、人に取り憑く恨みや妬みの感情でできた影の方が、場所に居憑く影よりも強いと思うのですが」

 確かな回答を殿下が持っているわけではないけれど尋ねてみると、殿下もおかしいと納得する部分があったようだ。

「なるほど。そうだな。君の言う通りだ。だが、つまり君は何が言いたい?」
「つまり……」
「ああ。つまり?」

 殿下は真剣な表情を浮かべ、身を乗り出してくる。

「つまり」

 私もまた硬い表情でこくんと息を呑むと言った。

「正直、それ以上は分かりません」
「…………ああ、うん。正直にありがとう」

 殿下は呟くと身を引いて椅子の背にどさりと身を任せた。
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